【第62話:二人の里帰り】
眼の前の女神像が瞬時に女神そのものになる。
最近の召喚時はこの手順が定着してきた。
やわらかな黄金の世界に包まれる。
にっこりと微笑んだ女神ラウマは手を繋ぐ二人に声をかける。
『ふたりともよく来ましたね』
アミュアもラウマもにっこり微笑み返す。
「はい‥‥ラウマさま‥‥」
そっとアミュアが離れて、先にラウマが抱きしめてもらう。
(あぁ‥‥おかあさまぁ‥‥ラウマはたくさんの幸せの中生きています‥‥ありがとうございます)
ラウマの心はいつも以上の感謝で満たされる。
女神ラウマはそう呼ばないでと言うが、やはりラウマの中では母と思ってしまう。
そしてそう呼んで抱きしめてもらいたい欲求があるのだった。
名残惜しいが離れるラウマ。
妹に我慢させるわけにはいかないなと思い直すのだ。
女神は何も語らず微笑みを深めた。
『ラウマ‥‥こころのままに』
その言葉はラウマを最も安らがせるのだった。
アミュアに微笑んで交替する。
ぎゅうとアミュアは強い力を込める。
「ただいまです‥‥」
アミュアは少し涙を流していたので、やさしく髪をなでる女神ラウマ。
(おかあさま‥‥エリセラさんを母と呼んでごめんなさい‥‥何かをしてあげたいと思ってしまったの。あの方に何かをお返ししたいとおもったの)
それは自分を作ってくれた女神ラウマに失礼だと、ずっと心を痛めていたアミュア。
『アミュア‥‥こころの求めに従いなさい』
女神の瞳にはアミュアへの思いやりだけがあった。
アミュアははにかむように笑い離れる。
今の包容で二人とも一杯になるほどのエネルギーを分け与えられた。
これは戻ったら今日来なかったノアにも分け与えるものだと、二人は考えている。
「女神ラウマさま。先日の影獣の動きはご覧になれましたか?」
ラウマがまずあの砂嵐について聞いた。
『いいえ‥‥あの場所にはわたくしの眼は届かないのです。今貴女達の記憶で知りました』
接続してエネルギーをもらいながら、女神ラウマは娘たちから記憶をもらう。
普段は神の視点で観たことに補強されるように記憶をもらうのだが、今日は見えなかった部分の情報をもらい、表情を引き締めた。
『あの嵐はただの現象ではなく、とある術に由来します‥‥あれは古の6王たちの技――世界がまだ、神と技を分け隔てぬ時代のものです』
女神の顔色はすぐれない。
『あの近辺に目を向けようとすると、とても強い禁と忌みを感じるのです。出来るのならば近づかないように‥‥』
めずらしく女神は口が重い雰囲気を二人は感じる。
「そういえば‥‥ユアに頼まれたのです。先日一度おなかの封印が光っていて暖かかったと。すぐに戻り今は見えないそうです。大丈夫かと気にしていました」
女神は微笑みを崩さないが、返答に遅れが有る。
『ユアに施した封印は、わたくしとノア・ペルクールと三者の業なので、はっきりと言えませんが今のところ正常ですし気にすることはないと思います。また何かあったらユアも来るようにとお伝えなさい』
そういって最後はまた笑顔を見せる。
女神ラウマもユアの名前をだすと、嬉しそうにするのだった。
アミュアがそろそろ戻りますと言おうとしていた時、世界がグワンと激震に見舞われる。
瞬時に女神ラウマが何かを周囲に展開し、二人を抱きかかえる。
女神の胸に抱かれながら、二人は激震のなか青ざめ震える。
「い‥いったいなにが!?」
「せ‥‥世界が‥痛がっているの?」
アミュアもラウマも混乱が収まらない。
ラウマにはその震えが痛みを堪えるかのように感じた。
彼方に目を向ける女神ラウマも口を引き結び、厳しい表情。
これほど強く抱きしめられた記憶のない二人は、そのことにも怯える。
女神を慌てさせる程のなにかがあったのかと。
かなり長い時間に感じたが、どれくらいの時が過ぎたか二人には判断がつかない。
そっと手を緩めた女神から離れがたい二人はぶるぶると震えながらすがっていた。
『魔王が目覚めているようです‥‥あの禁忌の土地です』
女神の向く先にそこがあるのか、アミュアが初めて見るほどの厳しい表情だった。
『‥‥この気配‥‥そんな‥‥』
この揺るぐことは無いと信じていた母なる女神が震えていた。
ゴウと世界がまた揺れる。
先ほどを超えるような振動に空間そのものが悲鳴をあげる。
『は?!いけない戻せなくなるわ!行くのです二人とも、ユアを助けなさい!!』
パリンと空間が割れる感触があり、女神が空間ごと砕け散った。
ラウマとアミュアも一瞬のそのショックで失神してしまった。
長い時間だったのか、一瞬なのか判断がつかなかったが、アミュアは目覚めぷるぷるしながら半身を起こした。
薄暗いオレンジの照明だけが、辺りを照らす。
直ぐ側にラウマが倒れていて、そっと押して起こす。
「ラウマ、ラウマ、起きてください」
暖色のあわい照明の下でさえ青ざめた、ラウマの目は閉ざされたままだ。
アミュアも体中に軽いしびれを感じるが、動けない程ではないと見渡してみる。
「ここは‥‥深淵の井戸‥‥ダウスレムの城だわ‥‥」
冷たい石材の感触と、周りをめぐり境をしめす石たち。
アミュアは激動の旅の中、何度もこの場所を訪れていた。
「女神ラウマさまの空間から直接放り出された?!」
その異常性に気付いたアミュアは、じわりと汗が全身に滲むのを感じた。
(おかあさま?!ご無事ですか?おねがい!こたえてぇ!!おかあさまああ!!!)
一瞬で瞑想に近い状態に移行したアミュアは心で叫びをあげた。
(‥‥ザザ‥‥行きなさ‥ユアを‥‥ガガ‥‥)
何かをひっかくような生理的嫌悪を感じるノイズの中で、女神の悲鳴を聞いた気がしたアミュアは、恐ろしさにふるえ涙がこぼれる。
(おかあさまぁ!?女神ラウマさまあぁ!?!)
(‥‥ザザ‥ギィ‥‥‥)
今度は断片すら声はなく、ただノイズだけが返ってきた。
アミュアは恐ろしさに震え、無意識にすぐそばのラウマにすがる。
「あぁ‥‥起きてラウマぁこわいよぉ‥‥」
ふるふると震えながらラウマにすがるアミュアは幼子のように頼りない心でふるえていた。
そんなはずは無いと何度も思考が否定するが、心が女神ラウマの喪失を恐れて泣くのだった。
「あぁ‥‥あぁあぁぁ‥‥」
ラウマの背に顔を埋めアミュアは震え続けた。
静かな薄暗がりの中で。




