【第58話:ゆるがない想い】
翌朝、起きてこないエリセラを心配するエイシスがアミュアに相談する。
ちょうど朝最初に来たのがアミュアだった。
「奥様が‥‥ご気分が悪いので休んでいたいと‥‥わたしスープだけでもとお持ちしたんだけど‥‥」
クスンと泣いているエイシスをよしよしと撫でるアミュア。
「起きてはいるのね?」
「はい‥‥」
「わかった、わたしも一度話してみるね。エイシスはご飯にするといいよ。ちゃんと食べるのよ?」
「はいねえさま‥‥」
ニコと笑いエリセラの寝室にノックをするアミュアを見送るエイシス。
両手をもみ絞り心配そうに見守る。
返事があったのか、すっと入室したアミュアにそっとお辞儀をするエイシス。
(アミュアねえさま‥‥お願いします)
エイシスは自分の無力を嘆くのであった。
こういった時に何を言ってあげれば良いのかエイシスは知らなかった。
誰かに同じ様に言葉をもらったことがなかったから。
「エリセラさん‥‥少しだけお話を‥‥」
「アミュアさん‥‥どうぞ」
エリセラの答えはアミュアが思った以上に弱々しい。
カーテンも開けていない部屋は薄暗いままだった。
エイシスが座っていたのか、エリセラの横には椅子が一脚。
アミュアは微笑みのまま座り、そっと両手でエリセラの手を取る。
「エリセラさん、心中お察しいたします‥‥‥‥どうかアミュアのお話を聞いて下さい」
すっと表情を消し告げるアミュアの真剣な眼差しに、エリセラもうなずいた。
「ユアのおかあさまのお話をして差し上げたいのです」
「まぁ‥‥とても興味深いわ」
エリセラは言葉ほど顔色がかわらない。
「そして‥‥これはここの所わたしを悩ませるお話でも有るのです‥‥」
アミュアの表情が沈み瞳に迷いが生まれる。
「ユアのお母様は、お腹にユアがいる時にお父様を見送りました」
アミュアの瞳はどんどん悲しみの色を濃くしていく。
「それは魔王との決戦の日でした‥‥かならず死ぬと知っていて送り出したのです」
なんども繰り返し見て、なにも解らないアミュアはただ泣くことしか出来なかった。
そして今もまた涙をこぼすことしか出来ない。
それでも伝えたかった。
その勇気と覚悟を。
「‥‥とても‥‥お強い方だったのですね‥‥ユアさんのお母様は」
「はい‥‥‥‥アミュアはとても同じことが出来ないと思い、悲しくなるのです」
ぽろぽろと涙が落ちるアミュア。
嗚咽は漏らさないと決めてきたのでこらえる。
「もし‥‥ユアを失うのならわたしも生きる事をやめようと思いました」
ぎゅっとエリセラの手が強く握り返す。
「どうしたら‥ユアのおかあさまのように出来るのでしょう‥‥たった一人‥愛する人を失い‥‥ユアを育てた‥‥」
身体を起こしたエリセラがアミュアをそっと抱き寄せる。
「わたくしにはユアさんのお母様のお気持ちが少し解りますよ‥‥きっとお父様より、自分よりもユアさんが大切だったのです‥‥」
そこに至りエリセラの心になにかが蘇る。
(そうです‥‥嘆いているときではありません。誓ったでは有りませんか‥‥カーニャとミーナの‥‥いいえ‥娘たちすべての為に出来ることをしようと)
エリセラの瞳にも身体にも力が戻る。
「そう‥わかるのですよ‥‥‥‥ありがとうアミュアさん」
微笑みをとりもどしたエリセラが、アミュアを見つめ伝える。
「娘が泣いているのを見るのは、自分が悲しくて泣く何倍も苦しいのです‥‥どうかもう泣かないでアミュア」
そういってそっと抱きしめるエリセラに、涙は止まらなかったが微笑みを取り戻すアミュア。
自分を娘だと何度も言ってくれるエリセラに、届いてほしいとそっと言葉に気持ちを添えるのであった。
「おかあさま‥‥ありがとう‥‥」
うなだれたものがもう一人いた。
カーニャもまたベッドから起き上がれず、涙をこぼす。
部屋はエリセラの部屋と同じように、カーテンを引いたまま薄暗かった。
ユアはそっと隣にすわり、手を握っていた。
涙のまま表情を消すカーニャが話し始める。
「ユア‥‥皆には話していないことがあるの‥‥」
「うん、どうしたの?」
ユアの声は優しく迷いがない。
何を聞いても揺るがないよ、そう言われた気がして勇気をもらうカーニャ。
「私達姉妹を作った時‥‥受精卵が必要だったの‥‥魔王になる胚を成長させるのに‥‥巫女の胚が必要だったのだと七星賢者のエルヴァニスは言ったわ」
カーニャは自分の生い立ちにはもう揺るがない。
「お母様は自分では知らないけど‥‥巫女なの‥‥エイリスと同じ巫女なのよ」
「うん‥‥カーニャにもその血があると聞いたよ」
カーニャは真っ直ぐユアの瞳を見る。
「本当は違うと信じたかったの‥‥ただ愛と偶然に父母が結ばれたのだと思いたかった」
信じたいと強く願うのだ。
「昨日納得してしまう自分もいたのよ‥‥」
ユアが揺るがないことを。
「巫女は‥‥魔王とその眷属‥‥そして影獣の王としか子を成せないのよ」
ユアの瞳にも理解の色が広がる。
そして揺るがなかった。
「そうか‥‥レオニスさんは‥‥影獣の王である必要があった?」
カーニャは涙をこぼす。
微笑みとともに。
「そう‥‥ユア、珍しく理解が早いわ‥‥」
「えへへ」
ぱっと身体を起こすカーニャ。
涙は溢れたが、とても嬉しい気持ちでいっぱいだった。
ぎゅうっと力いっぱいユアを抱きしめるカーニャ。
カーニャは恐れていた。
ユアの愛する両親を奪った魔王と影獣。
その双方の血をもつ自分をもう愛することはないのではと。
自分も半分は影獣で魔王なのだと知られても、ユアの心に変わりはないと知って。
揺るがないユアの想いに、カーニャの心はやっと晴れ渡るのだった。
「私が影獣でも愛してくれる?」
カーニャは確信を持って尋ねる。
「もちろんだよ。愛しているカーニャ」
そういってキスをくれると信じられたのだった。




