【閑話:そこに育まれたもの】
アウレリアに了承してからレギオトゥニスはこの部屋にこもり続けている。
赤子を見せられた王妃の寝室だ。
赤子は変わらずベビーベッドにいるが、アウレリアには関係がないよう。
「レヴァントゥスさまぁ‥‥」
寝室にはベビーベッド以外には王妃のベッドしか無く、そしてレギオトゥニスはそこに留められている。
いやアウレリアという魔に捕らわれているのだ。
アウレリアの白い腕がレギオトゥニスを包み込む。
美しいアウレリアの魔毒に侵され続けている。
レギオトゥニスはただ動くことも出来ずに翻弄され続けていた。
アウレリアの望みは一つだけで、それは叶えられないものだったが、妻の命には代えられない。
ゆるして貰おうとは思わないが、他に手立てもなかった。
あるにはあるのだが、それは自分を否定し存続を許さない手段となる。
それは結果として妻に全てを失わせるだろう。
アウレリアの熱がレギオトゥニスを溶かし始める。
あれから何度も溶かされたのだった。
なによりアウレリアは過去の力を全て持っているようだ。
6王と言われる神にも等しい存在が生きた時代の技を。
それは何者も抗うことの出来ない、圧倒的力でもある。
アウレリアが吐息とともにもらす。
「あぁ‥‥わかる‥‥ついに叶いましたわ‥‥わたくし達の悲願が‥‥」
アウレリアの宣言は彼女の望みがかなったという意味。
アウレリアの白く輝くような全身を、足元から黒い影が覆っていく。
白く美しい身体が漆黒のゆらぐ影に覆われていく。
ゆっくりと立ち上がったアウレリアはすでに揺らぐ影の獣と化している。
振り返りレギオトゥニスを見る瞳は赤光をはなつ丸い穴になっていた。
「レギオトゥニスさま‥‥お慕い申し上げております‥‥」
声には静かで甘やかな想いが乗っていた。
その恐るべき姿でアウレリアはベビーベッドに向かう。
気付いた赤子が泣き叫ぶことはない。
なぜならば、この部屋はすべてアウレリアの支配下にあるのだから。
アウレリアは時の支配者であった。
レギオトゥニスには今が捕らわれた直後なのか、数千年の後なのかすら解らない。
時の流れはすべてアウレリアの制御下にあるのだ。
何者も阻むことの敵わない暗殺者でもある。
アウレリアは時を越えて命を狩るのだから。
それはレギオトゥニスをして、従うしか道がないほどの魔なのだ。
凍りついたように動かない赤子を、愛おしげに押し抱くアウレリア。
揺らぐ黒い影に赤子の頭が押し付けられる。
アウレリアの許しがあるのか、赤子はちゅうちゅうと何かを吸い上げている。
「うふふ」
アウレリアの声には変化はなく美しいままだ。
赤子を胸にだく姿は母の姿勢。
授乳させているのだ。
じゅうじゅうと吸う力が増え、恐ろしい気配が増す。
レギオトゥニスからはアウレリアの影になり見えないが、赤子だったものの気配が膨れ上がる。
ゴウと魔風が吹き付ける。
嵐のような影の竜巻からアウレリアの声だけが響いてくる。
「あはは‥‥はは‥‥」
アウレリアは楽しそうに笑いをこぼした。
それは太古の草原で追い、捕まえたアウレリアのもらした、本当の笑いのようにレギオトゥニスの耳に届いた。
「あはははは!」
楽しそうにのけぞるアウレリアは少しづつ気配を薄くしていく。
そうして吹き出す赤子だったものの気配がレギオトゥニスをして怯むほどになる。
影をまとう魔風がおさまった。
そこにはアウレリアは見当たらない。
影をまとう人影は残っているが、それはアウレリアではない。
あの赤子の育った姿なのだ。
黒い闇が全身を覆う姿はアウレリアの姿に同じだが、性差がある。
そこに立つものは成人男性の形を取っていた。
影が少しづつ薄れていく。
その男が影を吸い込んでいるから。
そうして全ての影がなくなると、すっくと立っているのは美しい青年だった。
レギオトゥニスの着ていた黒絹のチュニックに似たものを着込み、長い真紅の裏打ちがついたマントが肩から流れ落ちている。
上腕はおぞましい獣のような爪と外殻を持ち、つやつやと黒く光を反射する。
瞳をとざす端正な顔は白くコントラストを成す。
腰のうしろから身長ほども続く太い尾があり、先端は腕と同じ様に黒く濡れ光っている。
よくみれば二の腕や肩にもトゲがあり、破壊の意思を宿している。
上向いた赤い唇は美しいバランスの上配置されている。
血のようなルビーを散りばめた、漆黒の王冠から燃えるように波打ち長い黄金の髪が背に流れる。
微動だにせぬその姿はおぞましくも美しく、一幅の名画のようだ。
透かした先の闇に映える魔人。
ゆっくりと天を仰いだまま瞳が現れる。
赤光をにじませたその瞳がゆれ動き、レギオトゥニスを捉えた。
「ここはどこであろう」
声もまたバリトンの豊かな響きをはなつ。
レギオトゥニスとアウレリアの交わった闇を食らいつくし‥‥
原初の魔王と原初の巫女がこしらえた真なる魔王の胚から育てられたもの。
それは新しい魔王の誕生であった。
寿ぐように、この漆黒の城をすべて包む砂嵐がごうごうと鳴り響き巻き上がる。
新たな王の誕生を祝うように。
まだアウレリアの魔毒で動けぬ身で、ただ震えるレギオトゥニス。
彼をして跪かせる程の何かがそこにはあるのだった。
静かな深い知性をたたえたアイスブルーの瞳に。




