【閑話:アウレリアの望み】
砂漠に囲まれた大きな盆地。
高い山々にぐるりと囲まれている。
遥か上空まであがり見下ろせば、真円を描く外輪山が見えるだろう。
ここにはかつて世界をも滅ぼすほどの何かがあり、この地形を描いたのだった。
中央に忽然と城が立っている。
いくつもの尖塔を抱き高々と組み上がる姿は、見るものに畏敬の念を抱かせるであろう。
漆黒のレンガを組み積み上げ形作られたそれは、ヴァルデン王国の王城にも、ミルディス公国の城にも劣らぬ異様。
知るものとていないが、かつて6王と呼ばれた王の居城であった。
内装も漆黒を基準に真紅のビロードと黄金の装飾が配され、この世にはあらざる豪華さであった。
天蓋のある大きなベッドがおかれた一室。
王妃の寝室であった。
そこに男女が一組。
城にふさわしい豪奢な衣服に包まれる。
王と王妃に見える黒服の二人だ。
同じ生地から作るのか、似た色を備える。
つややかな黒い生地が豪華な仕立てで金のボタンとモールで飾られ、豪奢な夜を描くチュニック。
王妃をかざるのは豊かなひだを床まで引く、闇を織り込んだ絹地のイブニングドレスだ。
首元の大粒エメラルドを、今日は黄金の連なりが閉じ込める。
レギオトゥニスは理解してしまう。
その能力のほとんどを封印していても、22年前に一度封印を解いた余波であったか、感じ取ってしまった。
「アウレリア姫‥‥どこでこの赤子を?」
赤子は美しい金髪をはやし、愛らしいアイスブルーの瞳をレギオトゥニスに向け、小さな手をにぎにぎと動かして笑っている。
「‥‥とある者が半年前に預けにまいりました」
アウレリアはレギオトゥニスと目を合わせない。
やましいところがあるから。
この場所には似つかわしくない、木製の愛らしいベビーベッドに、赤子はつややかな白い産着に包まれ置かれている。
なんの不安も感じないのか、にこにこと笑い、レギオトゥニスとアウレリアを交互に見る。
目があったのか赤子が笑い、微笑んだアウレリアは腕を伸ばし抱き上げる。
そっと胸に抱くと、小さな手がアウレリアの胸を握りしめ黒い布地が歪む。
アウレリアも笑顔になりあやすように抱いている。
「アウレリア‥‥それが何だか解っているのか?」
レギオトゥニスは表情を替えないが、心のなかでは荒れ狂う感情を制御していた。
まずは怒りが有る。
そのものから愛する娘の気配を感じたから。
娘は今、本来の居場所で愛されているのに。
次に恐れを抱く。
そのものから自分を超える影の気配を感じたから。
自分を超えるのは神か、今は女神と言われているあのもの達か。
‥‥あとは魔王しかいないのだ。
最後に悲しみを見出す。
そのものから自分自身の気配を濃厚に感じ取ったから。
この赤子には間違いなく自分の血が流れ継承されていると。
我が子たる娘たちからは感じなかった気配だ。
アウレリアはそっと赤子をベッドに戻す。
あうあうと声も出す赤子に笑いかけて手を放した。
大丈夫よと口が動く。
「レギオトゥニス様‥‥この子を抱く時、わたくしは温かい愛と‥‥」
俯いたアウレリアが顔をあげ初めてレギオトゥニスを見る。
「おぞましい嫉妬の心を覚えるのです‥‥ご理解いただけますか?」
気配は変わらない。
表情も微笑みのままで。
言葉にしたたる毒針が仕込まれた。
「あの‥‥巫女を生かしておくには、努力がいりますわ‥‥わたくしの心を抑える努力です」
アウレリアが答えを求める気配。
どうしますか?と。
レギオトゥニスから押さえられない怒りが一瞬だけ漏れた。
「ふああぁあ!ふああぁあん!」
赤子が怯え、泣き始める。
アウレリアがそっと動き抱き上げあやす。
目線を切られた瞬間にレギオトゥニスは落ち着きを取り戻す。
背を向け立ち去ろうとするレギオトゥニスに声が届く。
「あと3日の内にお答えをいただきとう存じます」
期日を切る理由はわからないが、レギオトゥニスはアウレリアをよく知っている。
「一応お伝えすると‥‥あの巫女の寿命でしてよ‥‥3日は」
最後まで気配を替えないアウレリアの言葉は確信を与える。
レギオトゥニスは3日かけずに答えた。
「わかった‥‥」
アウレリアの目に初めて変化が訪れる。
それは大きなエメラルドの瞳を潤ませこぼれ落ちる。
満面の笑みと。
喜びだった。




