【第45話:それはしあわせの円環】
無事公都エルガドールにて合流した一行。
エリセラは休むこと無く娘たちに知識を授けた。
それはもしかしたら夫をおもう不安を紛らわす行為だったかもしれない。
どちらにしても指導をもらった全ての娘たちはエリセラの温かな心を与えられた。
そのお礼ではないが、長旅と心労のエリセラを少し休ませたいと、午後早く着いたが明日まで自由時間とした。
エリセラの側にはエイシスが残り、お世話をすると言い張る。
「大丈夫ですよ、あなたも遊んでいらっしゃい」
エリセラは微笑みそう言うが、エイシスはお側にいたいのです、と控えめに希望を告げた。
スリックデンからの長い旅の中、エイシスは無意識に求めていた母性をエリセラに溢れんばかり与えられ、すっかり覚えてしまった。
その甘やかな幸せを。
「カーニャ姉さま‥‥こちらはお任せいただいて大丈夫ですよ」
そう笑顔で告げて、カーニャも納得した。
「ありがとう‥‥じゃあちょっとだけお願いね」
そう言ってカーニャも、ユア達と出かけることとした。
強がっていたが、さすがに長旅でエリセラは弱っており、ちょっと横になるわといって寝入ってしまう。
簡素ながら下手の良い夜着とガウンをはおり、ソファでうたた寝のエリセラをそっと支えるエイシスは、嬉しそうに微笑んでいる。
(あぁ‥‥奥様‥‥本当に娘のように扱ってくださる‥‥カーニャ姉さまと同じ様にわたしを呼んでくださる‥‥なんという幸せなのだろう)
エイシスは不思議な運命を、振り返り噛みしめる。
(もしかしたら‥‥これまでの事も、ユア姉さまに救われる前のことさえ‥‥私に必要だったのかもしれない)
今の幸せを感じる自分を、全て肯定できる気がするエイシス。
不遇だった幼い頃も、おかしくされた身体ですら、慈しんでもらう為にあったのではと考えるほど。
エイシスはそれほどの幸せを感じるのであった。
乾ききったからこそ、味わえる甘露なのではと。
そっとエリセラの手を両手で包み、よりかかる肩に感じるほほの温もりも味わう。
ふるえる唇が吐息となり言葉をもらした。
「お‥おかあさま‥‥」
ささやいてみて、ぽっと真っ赤になるエイシス。
『エイシス、よかったら私のことを母と思い甘えなさいな。母と呼んでもいいのよ‥‥貴女にはきっとそれが必要だわ』
生い立ちを伝えたわけでもなく、秘密を話したわけでもないのに、エリセラはエイシスの心の傷を感じ取る。
傷ついているのよと、自分ですらわからない痛みに涙してくれた。
『おそれおおいです‥‥』
その時はそう答えたエイシスだったが、今そっと言葉に出してみたくなったのだ。
エリセラが答えるわけでも、伝わったわけでもないのに、エイシスの心にふんわりと温かさが広がった。
(あぁ‥‥感謝を‥‥全てに感謝をしたい‥‥)
エイシスは初めて心が満たされあふれることを知った。
あふれた想いは感謝という祈りになるのだと。
ほんの少し目を閉じるだけのつもりが、随分と時間が経っていた。
エリセラは日が落ちて、少し暗くなった室内を見渡す。
娘たちは新しい街でまだ楽しんでいるだろうかと、やわらかい微笑みが浮かんだ。
そして自分のひざに頭を載せ、一緒に寝てしまった最も年下の娘を慈しみ優しく髪を撫でた。
下の実娘ミーナとさして変わらない年の娘だ。
エイシスは母を持たず育てられたとマルタスに聞いていた。
そのエイシスの母エイリスもまた幸せを得ること無く、犠牲にされたとも聞いた。
どうしてもエイシスを見ると、それらが思い浮かび憐れと思ってしまう。
この幸薄い少女に心を開き安らぐ事を教えてあげたいと、そう思うのだ。
「私はとても欲張りなのですね‥‥」
そっとエイシスの頭を撫で下ろす。
エリセラは若き日より、子を望み得ることがなかった。
もうこの腕に我が子を抱くことはないのだと、諦めた日々もあった。
そうして悪魔のささやきか、天の恵みか、許されざる技術の果にカーニャとミーナを得たのだ。
(だから罰を受けたのだわ‥‥ミーナもカーニャも私が不幸にしたのだわ)
それはエリセラの胸をいつでもえぐり血を流す耐え難い慚愧。
決して言葉にすることは許されないと、秘めた罪の意識だ。
そんな想いで心痛めたエリセラを癒やしたのもまた娘たちだった。
「いいえ‥‥わたしはとても恵まれているのだわ」
今この脚に熱を伝える娘も、実子たるミーナもカーニャも、全てユア達が救い出した。
エリセラはそこに勇者と言う言葉を自然に感じた。
人の力及ばぬ事を覆し、しあわせを蒔く者。
(ユアさんのお父様も勇者と聞きましたが‥‥ユアさんはきっとそんなこと関係なく勇者なのだわ‥‥幸せの勇者‥‥)
自分の考えにクスリと笑うエリセラ。
(ほら‥‥こうして自責に苦しむ私を笑顔にしてしまう‥‥)
光を操り奇跡を成し、影を払う。
それもまた素晴らしき勇者の資質では有ると思う。
ユアの本質はそこではないとエリセラは感じる。
救うことをあきらめない強さ。
あきらめさせない思いやりこそが、ユアの勇者たる証と感じるのだった。
「エイシス‥‥あなたもわたしも等しく救われたものなのよ。幸せになる義務がある‥‥」
そっとなでる手に心を込める。
(もしも幸せを感じられたなら、その種を育て咲かせなさい‥‥それが勇者ユアの望みなのだから)
エリセラは正確にユアの想いを受け取っていた。
そして伝えようと心に秘める。
エイシスだけではなく、全ての救われた者たちにこの想いを伝えようと。
これからも救われていくだろう者たちに。
(幸せになること‥‥それが私達救われた者の成すべき事なのだわ)
8年ぶりとなる長女カーニャの帰還は、全てに感謝を捧げても足りないほどの喜びをエリセラに与えてくれた。
(私もあきらめず伝えよう。この心のあたたかさを)
そっと最後にエイシスの頭を抱きしめる。
この温度を伝えるのだと。
部屋を夕闇が覆う中、エリセラの心には灯火が灯る。
ユアが諦めずともしてくれた火が。
こうしてユアの開いた幸せの円が、大きく広がり閉じていくのだった。
つつみこむ幸せの円環として。




