【第44話:近づけないと、近づかなくとも】
ユアはアミュアの視線を追い、声をかけた。
「どしたの?アミュア‥‥何かある?」
アミュアは山手を何度も見るのだった。
ふるふると首をふるアミュアは、不安そうな顔で答える。
「ううん‥なんかちょっと気になるの。イヤな感じがする‥‥何があるの?山の向こうは?」
ユアもじっと山側に視線を送る。
「‥‥特に何も感じないけど。影獣の気配?」
アミュアは皆の中で影獣の気配に一番敏感だった。
地図を確認したアミュアが、顔を上げる。
「影獣の気配ではないの‥‥嫌だと感じる‥‥地図には砂漠としか描いていないけど‥‥」
アミュアの不安はなくならないようで、またチラと視線を送る。
ユアは夜霧を呼び出す。
GURUと唸りながら影からするっと出て来た夜霧がユアの手を舐める。
「アミュアちょっと上行ってみよう!」
にっこり笑顔のユアがアミュアを手招きで呼ぶ。
「たいした高さじゃないし、直接見たら何か判るかも?」
夜霧に跨るユアは手を伸ばしアミュアを引き上げる。
身軽に跨るアミュアをぎゅっと一度抱きしめ、微笑むユア。
アミュアも両手でユアの腕を抱き胸に押し付けた。
目線が合えばにっこりとなる2人。
(ユアがいっしょなら平気だ‥‥何も怖くなくなる)
アミュアの微笑みにはもう影はなかった。
とんっとんっと身軽な夜霧は、2人の体重など感じないかのように跳ね、あっという間に山頂に出る。
山の上から眺め回せば、二人ともに異常に気づいた。
山はゆるい円弧を描いていた。
非常に緩やかなカーブは、外からでは直線に見えた。
そして正面方向に巨大な砂色の筒が見える。
天まで届きそうなそれは、見上げる高さまで伸びていた。
山頂よりも高く、上空の雲まで届いている。
砂嵐を伴う竜巻だ。
かなり距離があるので、スケールが判らないが、小さくはないと2人には解る。
風の音もなく、ゆっくり回っているようにここからは見えた。
とても遠くに有るのだ。
そしてこの大きさに見える。
想像も出来ない状況を目にして思考が止まる。
言葉が出ないユアは、キリリと険しい表情。
「アミュア‥‥あれなんだろう?」
尋ねてからユアは気付いた。
アミュアがカタカタと震えている。
慌ててぎゅっと抱くユア。
「アミュア?大丈夫?」
そっと耳元に声を置く。
ふるふると首をふるアミュア。
「わ、わからない‥とても恐ろしい‥」
身体を捻り横座りになるアミュアがユアに抱きつく。
「ユア‥‥あれは近付いてはダメ‥‥」
震えるアミュアを抱きしめたまま、夜霧の鐙をうつユアは、先程の村方向に降りていく。
夜霧も何か感じたのか、緊張を高める気配。
(いったいアレはなんだろう?)
ユアも不安を高め、強くアミュアを抱きしめた。
公都に戻るユア達は、途上でドラゴンが繁殖している谷を通る。
入り口でアミュアが隠蔽ディテクトを詠唱発動。
まだ二人とも騎乗したままだ。
「大きいのが2小さいのが4居る‥‥きっと家族なんだわ」
アミュアはさみしそうに告げる。
見るからに乗り気ではない。
ユアもしんみりした表情。
「うう‥‥そう言われると、狩れないよぉ‥‥今日は辞めようか?」
アミュアもにこっと笑う。
「ユアが決めていいよ。ごめん、余計なこと言った」
ユアもニコと笑う。
「きっとあたしも気付くよ、接敵すれば。よし、あきらめて帰ろう今日は!」
アミュアは内心ホッとしてうなずく。
今日は命を奪いたくない気分だったのだ。
襲いかかって来るなら別だが、こちらから狩りをする気分ではなかった。
また横座りになり、ユアの首を抱くアミュア。
こうすると、沢山ユアの気配に包まれて癒されるのだ。
子育てをするドラゴンは自分から人間を襲うことは稀だ。
ドラゴンも人間を強敵だと認識しているので、子が成長するまで戦いたく無いのだった。
人里を離れた先程のような谷などに潜み、弱い魔物を狩り子育てするのだと言う。
人里を襲うならアミュアも容赦はしないだろう。
そうして駆け戻ったユア達は夕方に公都にたどり着いた。
日が傾いてからは全力で駆け抜けてきた。
晩御飯前にハンターオフィスにより、緊急依頼の報告をする。
村長らしき家から、村の決済印を回収してきていた。
依頼にそう指定があったのだ。
受付た時の幹部らしき男が少し話したいと、個室に通された。
「先ずはお疲れ様。助かったよ。とんでもなく速かったから、すまんが疑ってしまったよ」
ユアはすまなそうにする男ににっこり笑う。
「騎獣が居るの。アビスパンターよ」
男は納得顔。
「なるほど‥いずれ助かったよ。‥‥全滅か、逃げられたか‥‥どっちと見た?」
男は表情を引き締め尋ねる。
「直感では全滅。‥‥状況からでは確定出来ない。死体は‥‥一つもなかった。影獣一体だけね」
影獣がどうやら人間を食べて増えていると、最近では定説になっている。
似たような事案が多いのだった。
ユアの報告から状況を想像できた男は、頷いて聴取を終わった。
宿に戻りつつ噴水広場に出ていた出店で、晩御飯を済ます2人。
噴水の横にある鉄製ベンチで、穀物の生地にラップされた葉物と肉の軽食だ。
もぐもぐ美味しそうに2人で食べる。
アミュアはユアが美味しそうに食べるので、嬉しくなりにっこりする。
ユアはアミュアがにっこりするので、幸せになりにっこりした。
そうして可笑しくなりクスクス笑う2人は、大分元気を取り戻した。
ユアはいっしょに買ったエールをくいと飲む。
お腹に熱が来て、元気が増えた気がした。
アミュアは果実水をストローで飲んでいた。
昔は会話が途切れることがないほどおしゃべりした2人が、今は静かに微笑みを交わし、言葉の要らない時間を愉しむようになった。
にぎやかさは薄れたが、心の距離はより近付いていた。
抱き合う事すらなく温度を伝え、互いを癒す事も出来るのであった。
心に届き合った手は、もう解かれることは無いのだから。




