【第34話:じゅんびをすること】
ルメリナは辺境奥地にある文明の端にあたる。
この街をこえると小さな町や村しかなく、ほとんどは魔物はびこる魔境だ。
街から離れるほど強い魔物もいるので、ルメリナで外遊びといえばスリックデン方面か、ノルヴァルド方面の街道沿いとなる。
そちらは互いの街からも巡回の兵やハンターがいるので、ほとんど魔物はでない。
今日は天気がいいので、ノアがイーリス達姉妹と遊びに行くと出かけていった。
ユア達も今日は依頼もお休みにして、ゆっくりする予定だったが、天気もいいので遊びに行ってきてとラウマに後押しされた。
アミュアとカーニャは街に買い物に行っていて、一緒にいこうと言われたのに断り、今日は珍しく一人のユア。
先日買い物に行ってから元気がないラウマと、一緒にいたいなとユアは思っていたのだ。
そのラウマがユアに出かけてこいと、エイシスを押し付けた。
「エイシスはあまりルメリナの周りを知らないのですよぉ。ユアが案内してあげてね」
そういってエイシスをぐいぐいと押し付けてきた。
仕方ないのでエイシスの肩を抱いて、話すユア。
「えと‥‥じゃあちょっとお散歩してこようか?エイシス」
ぽっと頬を染めるエイシス。
「‥‥はいぃ」
ふるふると震えながら目を伏せて返事をしたエイシスだった。
(ふ‥‥二人っきりで‥‥)
とても意識してしまうエイシスだった。
なだらかな丘陵の果てに黒々と森が広がっている。
ルメリナの周りは基本的にそういった風景になる。
地形のうねりは大きく、あまり遠くまで見通せないが、丘の上まででると一気に眺望が広がり、果てしない平原が見える。
夜霧にまたがり、横すわりのエイシスを抱えたユアが、このあたりで一番高い丘に足を止めた。
そっとエイシスを下ろすと、ぽんと飛び降り夜霧を抱きしめる。
「またあとでね夜霧」
頬ずりすると、嬉しそうに夜霧も全身をユアに擦り付けてから、影に沈み消える。
初めて見るその美しい景色にエイシスは感動に打ち震える。
(すごい‥‥‥‥どこまでも緑が連なっている‥‥すこしづつ違う色が重なって‥なんて美しいの)
今日は初夏の中、天気は快晴で水色から青にグラデーションして遠景を成す。
エイシスの見る北側には遥かに霞んで雪月山脈がのぞむ。
その夏でも山頂に雪を残す白い霞を背景に、果てしなく折り重なる緑の丘陵が続いているのだった。
ぽんっと肩に手が置かれてユアが話しかけてくる。
すぐ近くでにっこり笑うユア。
お日様の下で見るユアのひまわりスマイルは、とても美しく可愛らしいのだった。
(ユアねえさまも‥‥きれいな瞳‥‥)
「どう?綺麗でしょ?このあたりだと、ここが好きなんだあたし」
そういって離れると、背負ってきた背嚢からテーブルセットを出し組み立て始めた。
エイシスもあわてて手伝って、二人でお茶の準備をするのだった。
今日はあたしがするよ、と言ってユアは火を起こした。
そこいらから薪を集め、持ってきた組み立てコンロで火を起こす。
風よけのついた簡易コンロの下には小さな焚き火が出来上がる。
ふたりでしゃがんで並び、お湯が湧くのを待つのだった。
「えへへ、エイシス達魔法士からしたら面倒で、手間がかかるでしょ?」
思っていた事をそのまま言われたエイシスはすぐ真っ赤になる。
「そ‥‥そんなことないです」
にっこり笑うユア。
「この時間はね‥‥エイシスのための時間なの」
ドキっとまた鼓動がはねるエイシス。
火の加減をみながら小枝でつつくユア。
パチと火種がはぜた。
「エイシスに美味しいお茶を飲ませたいなと、心をこめる時間なのよ」
エイシスは未だに人の中で生きる常識にかけている。
こういった思いやりを受け取ったことがないのだ。
ティーポットにスプーンで計った茶葉が落とされる。
乾燥した茶葉でもふわりと香りが流れてきた。
(あぁ‥‥前にもいただいたミルディス公国のお茶だわ‥‥)
以前にも食卓で振る舞われたことがあった。
この辺りの紅茶より深い紅に染まる香り高いお茶だ。
「ちょっと残り少なくなったからね、特別な時だけ淹れるんだ」
ちょっと頬をそめたユアがはにかむ。
じーんと感動しているとさらりとユアは続ける。
「おかあさんがくれたお茶なんだ‥‥」
ズキとすこし胸がいたんだエイシス。
「そんな‥‥大事な物なのでわ?もったいないです‥‥」
ちょっと泣きそうにまでなるエイシス。
ふるふると首をふり笑顔を崩さないユア。
「今日はね‥‥エイシスに伝えたいことがあるの‥‥だからこのお茶なの」
エイシスは意味がよく解らず、ただもったいないなと思い続けた。
ふわりと広がった香りは、深くやわらかく鼻腔をくすぐった。
両手でもったカップは大きなものではないが、ほんのり甘さとしぶさを香りでも伝えてくる。
「この最初の時間が好きなんだ‥‥みんな笑顔になってくれる」
じっと微笑みで見つめてくるユア。
すっと香りとともに口を付ける。
甘い香りは有るのに、舌を通した刺激は渋みと苦さ。
喉を過ぎてからまた甘い香りが戻るのだった。
(もったいないと思うと、味わってしまいます‥‥)
ユアも静かに飲み、カップを見つめる。
「あのね‥‥ラウマにもこれは伝えているんだけど‥‥今あたしは少し駆け足で生きているのだと思う」
ユアが話しだした内容が、意味は解っても理由が解らないエイシス。
カップをゆるゆると回すユア。
「色々なことがあってね‥‥ゆっくり進めなかったのよ」
「はい‥‥」
エイシスは話の先が解ってきた。
「アミュアはとても苦しそうだったの‥‥あたしが居なくなったカーニャを求めたから」
くいっとカップを開けるユア。
ふんわり微笑んで続ける。
「そしてやっと取り返したカーニャはとても傷ついていた‥‥」
(そうか‥‥駆け足とはそういう意味なんですね)
エイシスは理解できたが胸が痛くなる。
「本当はもっといっぱい時間をかけて仲良くなって‥‥そして愛したいと思ったの」
(そうできないくらいアミュアねえさまも、カーニャねえさまも傷ついた‥‥)
「ごめんね‥‥分かりづらいよね?」
ふるふるとエイシスは首をふる。
じっとユアは見つめている。
「あたしはアミュアが好き‥‥カーニャも好き‥‥」
ずきっと思いがけず痛みが強くなり、エイシスは無意識の涙が溢れる。
「もちろんラウマもノアも好き‥‥」
エイシスの涙はぽろぽろと流れ出す。
(いや‥‥いわないで‥‥)
ユアは目を逸らさない。
「エイシスの事も好きよ‥‥」
うっと声が漏れてしまうエイシス。
すっとユアの目が伏せられた。
「ずっと‥‥これからも一緒にいようよ‥ゆっくり歩いていこう‥」
ユアの伝えたいことが正確にエイシスに伝わる。
両手で顔を覆うエイシスは、声を押さえずに嗚咽をもらした。
ユアは立ち上がり十分離れて背を向けた。
エイシスは思う存分泣くことができた。
(そうか‥‥だからラウマ姉さまは、これでいいと言うのだわ)
涙は苦しくて痛かったが、確かにエイシスは自分の心と向き合えたのだった。
そしてその為にこの時間を準備してくれたのだと理解する。
そうして自分の心を理解する。
やっぱりユア姉さまが好きだなと。




