【第33話:思い出すこと、うべなうこと】
ひまわりハウスの居間には左右にロフトがある。
居間の左右1/3ずつが半二階のロフトになっていて、手すりだけで居間とわけてある。
上りの階段はせまくて急なので、梯子と階段の中間くらいだ。
ロフトも階段も無垢の木製で、とても柔らかな質感だった。
玄関から入ると正面にソファと暖炉が正面に有り、その奥にダイニングキッチンが見える。
ダイニング側も二段上がるので、玄関からみえるのだ。
ソファの部分は一段あがる。
玄関から見た右側ロフトがユアとアミュアとカーニャのベッド。
左側がラウマとノアとエイシスのベッドと6つのシングルベッドが設置されている。
今左側のロフトでは真ん中の自分のベッドでノアが寝ている。
右側の住人は地下室で仲良しの日だ。
最近は三人で仲良しのことも多いようだ。
皆が羨むくらい、アミュアとカーニャも仲が良くなった。
少し長風呂をしたラウマとエイシスは交代で髪を乾かしていた。
脱衣所には温風を吹き下ろして、一人でも簡単に乾かせる設備も設置している。
大きな鏡の前にエイシスを座らせて、ラウマは生活魔法で髪を乾かしていく。
エイシスの髪は薄茶色で、細くてしっかりした髪質だ。
濡れると黒髪のようになるが、乾かしていくとあたたかな色を取り戻す。
柔らかい温度と風で、時間をかけて乾かす。
ノルヴァルドのお土産でもらった木製の櫛を、ラウマは気に入って使っている。
「この櫛はね、ユア達がBクラスの審査でノルヴァルドに行ったときに、買ってきてくれたの」
エイシスはピクっと肩が動いてしまったのを自覚した。
短い音節のその名前は、エイシスにとって特別だともう認めてしまった。
それはまだエイシスがこの家に来る前の話だった。
「ユアがね、わたしの髪が綺麗だからと褒めてくれたの‥‥この櫛で梳いてねと」
ラウマは輝くような微笑みを浮かべる。
鏡の中の少女は頬をそめ、嬉しそうに笑むのだ。
それは報われないと、自分でも決めてしまっている恋心なのだ。
透明な微笑みは、見ているエイシスの胸も苦しくさせる切なさをはらむ。
(どうして?ラウマねえさまは美しくて優しくて‥‥人を傷つけない勇気を持っているのに)
人を傷つけない為に自分が傷つくのを厭わないのだ。
丁寧に最近背に届いたエイシスの髪を梳いていく。
もうすっかり乾いたので、温風は止まっていた。
そっと櫛をカウンターに置いたラウマはエイシスの肩にそれぞれ手を置く。
じんわりとラウマの熱が降りてきて、エイシスは身体まで温まる気がした。
体の奥の何かまで温まった気がして、右手をそっとラウマの左手に載せた。
無意識なのだが、温度を還したいと思って動いたのだ。
ニコとラウマの笑みが深まり、隣の椅子に座る。
「さ、交代よエイシス。姉さまの髪も乾かしてね」
そういって髪に巻いていたタオルを外した。
するりと濃い茶色に見えるラウマの長い髪が背に流れる。
ラウマの髪はおしりに届くほど長い。
これはアミュア達三つ子の共通のアイデンティティにもなっている魅力の一つだ。
実はエイシスは三人に別々に尋ねた事があるのだ。
『髪を切らないのですか?お手入れたいへんです』と。
三人は別々に同じ答えを返した。
『姉妹でおそろいなの』
そう言って優しく笑うのだ。
そこには互いへの親愛が間違いなくあって、互いにそれを疑うことすら無いのだと感じられた。
一緒に切ればいいのではと聞けば、この髪はユアが好きなのと異口同音に答えるのだ。
自分の髪のことを言ったのはアミュアだけだ。
ラウマもノアも、ユアがアミュアの髪を好きだから、切らせないように自分も切らないのだと言う。
そんな風に本当に思えるものかと、疑いを持ったことすらエイシスにはあった。
エイシスにも三つ子の妹がいるが、そのようには見えない。
イーリス達はそっくりな容姿で仲が良いが、別々の想いで、別々に生きていると見えた。
ラウマ達姉妹は特別なのだとすぐに気付いた。
気付いてしらずしらず傷ついていた自分に、今日気付いたのだ。
気づかせてくれたのだ。
自分だけ寄る辺がないと、思い込み胸の奥にずっと求めていた。
『愛されたい』と‥‥
姉と同じ様に、誰かに無心に愛されたいと、この胸は求めているのだった。
エイシスはラウマと同じ様に生活魔法で温風をだして、そっとタオルで水気を抜いていく。
ラウマの髪は量も多く、なかなか乾かすのは大仕事だ。
時間をかけないと傷むので、大事に大事にタオルで挟み湿気を吸い取らせる。
温風も柔らかな温度を保つ。
そうして乾かしていると、ラウマはずっと見ていたエイシスから目線を下ろし、長い金色のまつげで青紫の瞳を隠した。
鏡のなかの姉はとても美しく、エイシスは頬が染まるのを感じた。
少しづつ手の中の薄茶色が黄金のきらめきを戻していく。
(なんて美しい‥‥女神さまのようだわ‥‥)
ラウマ達三つ子姉妹は、身体のラインまでまったく同じだ。
胸の形も大きさも、ウエストのくびれから腰へのラインも、すらりと伸びる健やかな脚まで全て同じ輪郭をなぞるのだ。
(そっと撫でて確認してみたいな‥‥この美しい形を)
その三人の同じシルエットが個性をもっている。
ラウマはどこか艶めいている。
ぽっとエイシスは顔を真っ赤にした。
(なんてことを考えるの!エイシスはしたないわ!!)
ぶんぶんと首をふり、その柔らかくすべやかなのだろう感触を想像するのを辞めるエイシス。
おおむね水分が抜けたので、ラウマの櫛で梳いていく。
一旦温風は止めて、髪を休ませている。
「姉さまの髪はまるで、すすきの原のようです‥‥日に透かして見たらきれいだろうなぁ」
ついつい心の声がそのまま出た。
ぱちっと大きな黎明の瞳が開かれる。
やさしげな眉が添えられて、エイシスを見つめる。
「ふふ、ありがと。わたしもエイシスの髪好きよ。ユアと似てるけど‥‥ちょっと違う」
とくんと心臓が抵抗を示す。
エイシスの心の変化を身体が受け取るから。
丁寧に梳いているとまたラウマは目を閉じて、微笑んでいる。
ユアの名前を聞くだけで、エイシスの心は変化する。
(ラウマ姉さまの言う通りなのだ‥‥わたしもユア姉さまが好きなのだわ)
あの漆黒の闇で、殺し合った。
エイシスの殺意はエルヴァニスへの愛だった。
あの方を傷つけさせはしないと、必死だった。
もう敵わないのだと、最後の瞬間に思ってしまった。
(この美しい勇者の手で死にたい)
ユアはとても強い意思を瞳に込めていた。
自分と同じなのだとエイシスは感じていたのだ。
誰かを守るために、相手を打ち倒す意思なのだと。
真紅の輝きの奥にユアはとても悲しそうな瞳を隠していた。
エイシスが自分ですら目をそらしていた、エイシスの苦しみと哀しさを見つめ涙無く泣いてくれていた。
本来全てを破壊して塵に還すという雷神の怒りにふれ、エイシスは生き延びた。
どのような経緯なのかは今もわからないが、ユアが救い出してくれたのだとは解る。
いつの間にか手が止まっていて、そっとラウマに抱きしめられた自分を見出すエイシス。
ふわりと包みこむような温度がエイシスの冷えた心にまでしみわたる。
「ありがとうエイシス。綺麗に乾かしてくれて」
ラウマはそういって少しだけ力を強める。
「うぅ‥‥うぐぅ‥‥」
(ああ、変な声がでている‥‥もっとかわいい声をだしたいな‥‥)
エイシスは思い通りにならない自分の声をちょっと恥ずかしく思うのだった。
あたたかな姉の温度の中で。
静かに嗚咽をこらえながら。




