【閑話:妖精とエルフルールの】
ひまわりハウスの地下には、完全防音で空間魔法を併用した地下室がある。
これは一階玄関横に設置した緩やかな階段を下り、一枚の扉で隔離されている。
扉には魔石バッテリーがしこまれ、各種の結界と空間魔法による隔離をしている。
これはかつて制御できない香りで、周囲を狂わせるミーナとレティシアを隔離するための病棟として作られた。
二人が少しづつ立ち直り、今は長い回復を目指す旅にでたので、代わりに同じ状況のカーニャを隔離してきた。
「アミュア‥‥時間をありがとう」
カーニャは優しい微笑みを向ける。
皆に見せる頼もしいカーニャではなく、ユアとアミュアにだけ見せる素のカーニャだ。
大きめのダブルベッドの上で向かい合い、正座した二人。
不思議と緊張感はない視線を交わしている。
「ううん、カーニャとはわたしも話したかった」
アミュアも笑顔だが、隠しきれず黄昏色の瞳に硬さをにじませた。
カーニャのアイスブルーの瞳もすっと淋しさをまとわす。
静かな無言が互いに染みていく。
カーニャはユアと心を通わせて、本来のしなやかで強い自分を取り戻していた。
皆よりも少しだけ大人のカーニャを。
「初めてアミュアを見た時に思ったの‥‥」
カーニャは懐かしむような顔になり、淋しさは色をひそめた。
「なんて美しいとね‥‥正直ほれそうだったわ」
ちょっと冗談のように笑うカーニャ。
とても自然で、あの旅の中何度も見た魅力的で、アミュアも憧れる笑みだ。
「やだぁカーニャ‥‥小さかったでしょ?わたし」
ふわりとアミュアも懐かしそうに笑む。
アミュアは小さかった頃は、いつもカーニャを羨んでいたのだ。
カーニャのようにユアを支えたいと。
「大きくなっても同じ様に美しく‥‥きれいなまま」
カーニャの目にも羨む色が浮かぶ。
この二人は昔から互いに無いものを相手に見て、羨みあってきたのだ。
「今でもアミュアを大切に思うの‥‥あの小さかったアミュアと同じ様に」
カーニャは自分の妹ミーナとアミュアを重ね合わせ、同じ様に大切に思っていた。
今は少し気持ちに変化がある。
「そして今でも羨んでいる‥‥」
アミュアは表情を引き締める。
「わたしもカーニャがうらやましい‥‥」
アミュアはもらした言葉に押し流される。
「‥‥言わないときめていたのに‥‥」
アミュアの言葉は溢れ出す。
二人だけを約束されたこの場所がアミュアを油断させたのだ。
きっとアミュアの眉があがる。
「わたしだって!うらやましいよ!わたしだって‥‥わたしだって‥‥」
眉を下げたアミュアは遂に涙をこぼす。
まっかになった顔でカーニャから視線を逃がした。
カーニャは静かに言葉を待つ。
うながさず、言い返すそぶりもない。
この時間はアミュアに言いたいことを言わせたい時間だったのだ。
カーニャの伝えたいことはもう全て語ってあった。
「ユアが好きなの‥‥きっとカーニャと同じ気持ちで好き‥‥」
カーニャは頷く。
わかっているよと。
「く‥‥くるしいの‥‥ユアがカーニャに抱かれる姿を思い描くだけで‥‥」
ぎゅっと服の胸を両手で握りしめるアミュア。
布が描くしわが、そのままアミュアの苦しみを示し、カーニャの心を絞り上げる。
ぽろぽろとアミュアの涙が落ちる。
カーニャは抱きしめたい気持ちを拳を握り込み耐える。
ここで止めてはダメだとカーニャは思う。
もっと話をさせないと。
自分は恨まれてもいいと。
抱きしめて温度を伝えたら、またアミュアは我慢して心を隠してしまう。
言葉も伝えてはいけないとも。
声を聞けばアミュアはカーニャを許してしまう。
アミュアの瞳はくるくると色を変えカーニャを見つめ続ける。
「わたしはもっとユアを支えたい‥‥すべて受け止めたい‥‥」
アミュアの涙がとまり、赤くなった頬も色を落としていく。
それくらいの時間が流れたのだ。
「ユアの望むすべてに応えたい‥‥」
アミュアの話がついに核心に至る。
「わたしはそうしてカーニャを羨んだの‥‥それが出来るカーニャを‥‥」
そっと怯えるように、ためらう手がアミュアの手を取った。
「私もね‥‥あの地獄で救い出された時、全く同じ気持ちをアミュアにもったわ」
カーニャの瞳にも遂に涙があふれた。
嗚咽もなく流れ落ちる美しい雫にアミュアは心を奪われる。
カーニャは微笑んでいた。
「ありがとうアミュア‥‥ユアとの時間をくれて‥‥」
きゅっとアミュアの手もカーニャの手を握り返した。
「ずっと持て余す心があったの‥‥見るまいと、気づくまいとした醜いと思っていた心」
カーニャは涙を止め透明な微笑みに戻っていく。
少しだけアミュアの手の温度を受け取る時間が必要だった。
「絶望の中、私を支えたのもその心と同じものだった」
カーニャは微笑みを消し覚悟を決める。
「私はユアを愛しています」
はっとアミュアの目が開かれる。
震えるアミュアの唇も想いを告げる。
「カーニャ‥‥わたしもユアをあいしている」
アミュアも対抗するように引き締めた顔で答えた。
カーニャはやっとほっとした顔になり、また微笑む。
「ありがとうアミュア‥‥ユアを愛してくれて」
ぎゅっと遂にカーニャはアミュアを抱きしめる。
「もちろん私はアミュアも愛しているわ‥‥ずっと前からね」
カーニャの声に頼もしい姉のニュアンスが戻る。
アミュアは安心して甘える。
「カーニャもありがとう‥‥わたしの醜い気持ちも受け取めてくれた‥‥とてもうれしい」
ぎゅうとアミュアが力を込めカーニャの温度を求める。
「それは醜くなんて無いのよ‥‥とても美しく自然な想いよ」
カーニャもとても温かなアミュアを感じ取る。
「そしてアミュアもカーニャが大好きです‥‥もう失いたくないよ‥‥」
アミュアも嫉妬と愛情のはざまで苦しんでいたのだ。
カーニャをも大切に思うのにと。
今やっとアミュアの中で折り合いがつく。
すっとはなれたカーニャは微笑みながら、アミュアに伝える。
「もう少しだけ私達も仲良くしましょう?ユアを安心させるために」
ぱぁっとアミュアにも微笑みがもどり頬を染める。
「うん‥‥わたしもカーニャをあいするわ‥‥ユアと同じ様に」
「うれしい‥‥」
そういってもう一度二人の影が重なり時間が流れていった。
やっと妖精はエルフルールの香りを受け入れ、その甘い魅力に捕らわれたのだった。
バラの花弁はずっと妖精を待っていたのだと気付いて。




