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【第15話:アウシェラ湖のゆうべ】

広大な領域を清い水が満たしている。

莫大ば質量の水は人々に根源的恐怖と清らかな連なりを与える。

広大な平地の半分を埋め、遥か霞む対岸に山々が稜線をなす。

夕焼けを写し複雑なオレンジと紫が散りばめられ、眺め下ろす少女達は誰ともなくため息を漏らした。

「何度も見てきたけど‥なんて美しいの‥‥」

その言葉に応えるように、頭をレティシアの肩に落とすミーナ。

ホテル最上階のテラスには、手すりに寄り、レティシアとミーナだけが夕日を散らす湖面に魅入られている。

吐息のようなささやかな言葉がミーナの唇を割った。

「覚えている‥‥みんなで登ったあの空を‥‥」

「そうね‥‥あの日の朝焼けもとても美しかった」

レティシアの声は優しく染みとおす。

ミーナの頑なな凝りをほぐすように。

王都の内壁に登り、5人で舞い上がった空が、レティシアの心にも浮かんでいた。

輝くようなミーナの笑顔と共に。

あの日美しさを感じた心は変わらずここにあり、美しいと感じられるなと。

その思い付きがミーナへの言葉になる。

「ミーナ‥‥何も変わってなどいないのかしら?あの日と同じ様に美しさはわたしの胸をうつ」

ミーナは無言でレティシアと触れ合っている温度にすがる。

「うん‥‥心は何も変わっていないのかも‥‥このまま全て忘れてしまえばいいの?」

時間は少しづつ2人を癒していた。

痛みも苦しみも、それ以外の忘れがたい感覚も。

2人が支え合い何とか乗り越えたその試練は少女達を変えてしまった。

人間の醜さを見せつけられたのだ。

そして自分の中にも同じものが有るのだと、思い知らされた。

「レティの温度がわたしを支えて‥そして楔となって抜け落ちない‥‥わたしもまたレティを同じ様に苦しめてもいるの?」

レティシアは答えずぎゅっと抱き返す。

あの地獄の日々を支えたのが互いの温度なら、忘れがたく繋ぎ止めるのもまたそれだと。

ミーナの自傷の言葉はレティシアも深く傷つける。

日が落ち暗闇が2人を飲み込む。

闇は恐ろしくも優しく2人を包み込んでいく。

時間を置いてレティシアが静かな声で語りかける。

暗闇にそっと導を求めるように。

「ミーナはわたしと居るのは嫌?この穢らわしいレティシアはきらい?」

くっと抱いている手に力が入るミーナ。

「嫌なんかじゃない‥‥大好きだよレティ‥‥」

そっと手を抜きミーナの頬に添えるレティシア。

数え切れない数重ねてきた唇が、揃えられまた重なる。

そっと唇同士の触れる優しい温度のキスだ。

ちゅっと離れたレティシアが優しく告げる。

「ミーナ‥‥結婚しましょう」

見つめ返すミーナの瞳にみるみる涙が盛り上がる。

「ミーナのお母様とお父様がお手紙をくれたの。娘にならないかと、おっしゃってくれたの‥‥とてもうれしかった」

ミーナはぽろぽろと涙がこぼれるがレティシアから目が離せない。

この話がどこから来てどこに向かうかまだ理解できないのだ。

「お断りするお手紙をお礼を添えて出したわ。そこで一つお願いも書いたの‥‥‥‥ミーナが欲しいですと」

ぎゅっとレティシアの胸に顔を埋めたミーナ。

うっうっ‥と嗚咽が漏れ続ける。

レティシアはそっとミーナの背に手を添えて、震える体を支え続ける。

長い長いミーナのすすり泣きが収まる頃、すっかりテラスは暗闇に沈んだ。

室内から漏れる淡い明かりにレティシアの優しい笑顔が浮かんでいる。

それはあのはにかむ幼い笑顔ではなく、慈しみのこもった成熟した微笑み。

「嬉しい‥レティ‥‥ずっと離さないで‥‥」

ミーナはやっとそれだけを口にした。

レティシアの微笑みは変わることなく、手のひらは優しくミーナの背を叩いていた。

ぽんぽんと。

いい子ねと。

それが半年経って、やっと互いが手にした安らぎだった。




テラスを望む大きな窓。

出入りにも使う高さを、レースの薄いカーテンが隠す。

窓枠の影から2人を見守る影もまた2つ。

「うっ‥うっ‥」

セレナはこらえきれない嗚咽を漏らし、フィオナの胸にすがる。

黒い制服はハウスメイドのもの。

2人の覚悟を込めた黒い服。

私たちは影で支え続けると誓ったあの日から、2人は大好きだったぬいぐるみも夜着もしまい込んだ。

いつの日かまた優しい主人が宴をと言い出すまではと。

それまではこの服で隠そうと誓った。

フィオナはセレナを撫でない。

早く立てと、厳しい思いで歯を食いしばる。

大切な友の涙を拭いたいのに。

今日ミーナに想いを告げてみるとレティシアは2人に告げていた。

もう弱ったフリは辞めると。

支える自信がついたとも。

ずっとレティシアを支えさせることでミーナを歩ませてきた。

ミーナは必死にレティシアを支え、立ち上がった。

その答えを出してみたいと主人は言った。

2人には見守る事しかもう出来ることが無かった。

今またセレナは涙する。

フィオナの心もまた、静かに滔々と雫を落としていた。

あまりにも過酷なミーナとレティシアの人生に涙がこぼれるのだった。

心を隠せないセレナと、想いを出せないフィオナが震えながら見つめる先には、這い回りやっと2人で立ち上がった友の姿があった。

これから始めるのだと、フィオナは改めて誓う。

あの優しい夜を取り戻すのだと。



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