【第14話:幸せだけがある世界】
(こわかったの‥‥嫌われてしまうのが)
カーニャはそっと心を告げる。
熱く燃えて今は静かに熾火になった余韻のなかだ。
(嫌ったりしないもん‥‥)
ユアの心にはすっかりカーニャで解けてしまった甘えが有る。
(あのプロポーズをもらった時に、キスをしたでしょ?)
(うん‥‥いつものカーニャで嬉しかった‥‥涙がこぼれたんだよ)
ふわっとカーニャのいたわる心がユアを包み込む。
(私の中ではあのキスは、あの瞬間にさっきみたいな意味を持ってしまったの)
かあっとユアの心がまた燃えあげる。
すっかり溶かされた大人の愛を思い出したのだ。
(‥‥うん‥‥ユアはうれしいよ?とても‥‥カーニャを近くに感じる)
やさしいバラの香りを感じるユア。
それはカーニャを思えば自然に思い出せる香り、旅の最初からユアを捕らえた香りだ。
(そして恐れてしまった‥‥アミュアにこの想いを知られることを)
ユアもすっと心が冷たくなる。
カーニャの感じた恐怖が、同じベクトルでユアにも有るのだ。
(‥‥ゆるしてユア‥‥私は比べてしまったの‥‥アミュアの純粋な美しさと‥‥醜い自分を)
ユアは心を震わせるが言葉にならない。
カーニャはそっと答えを告げる。
(だからあのカーニャが生まれてしまった‥‥純粋で無垢なカーニャだけを抜き出して)
(いやだよぉ‥‥そんなの嫌だ)
(ユア‥‥うれしい‥‥私はそうしてここで隠れていたの、幼い自分に隠れたのだわ)
ユアの心にぴんと芯が通る。
(ユアが側で支えると約束したよ?何が有ってももう放さないと)
(ユア‥‥)
(もう誰にも‥‥カーニャにも邪魔させない‥‥カーニャはあたしのものだ)
(うれしいよ‥‥ユア‥‥)
カーニャの心にも燃えさした熱が浮かび上がる。
そうしてずっと堪えて隠し続けた炎がまたユアを焼き尽くす。
(あぁ‥‥もう恐れない‥‥カーニャの炎もあたしのもの)
(ゆあぁ‥‥熱いよぉ‥‥)
暗闇の中に燃え上がる二人の心が赤々と照らし出す。
闇夜の焚き火のように、時に爆ぜて激しく熱を伝え、確かな存在を示す。
そうしてついにユアとカーニャは結ばれたのだった。
本当の婚を結んだのだ。
永遠を再び誓いあって。
アミュアが階段を上がり居間に戻ってくる。
静かな表情にはやり遂げた満足感だけがある。
「少しだけお散歩してくるね‥‥ユアが戻ったら夜には帰ると伝えて」
そういってそのまま居間に入らず外へと向かうアミュア。
ダイニングでは食後のお茶を飲みながら、イーリスとエイシスが姉妹の距離で並んでいた。
「アミュアさん‥‥大丈夫かな?なんだか元気がない?」
イーリスは心配そうにアミュアの出ていった玄関を見つめる。
「‥‥きっと大丈夫よ‥‥アミュアさんはとても強くなった‥‥見違えたもの」
人を愛したことのあるエイシスにはわかるのだ、アミュアの心の強さが。
エイシスもまた愛する人が、他の人を想う腕に抱かれたのだから。
とっくに自分が暗闇の中で乗り越えた階段を、アミュアが先日の旅で登ったとわかったのだ。
信じるしか無いのだと。
自分の気持を。
ユアを見つめていたアミュアの視線から、エイシスは敏感に受け取っていた。
その覚悟を。
アミュアは無詠唱の飛行魔法を発し空高く飛び上がる。
いつもは丁寧に詠唱するこの燃費の悪い魔法が、どんどんアミュアの魔力を削る。
今はその消耗する感覚すら心地よい。
アミュアは自分を傷つけたいのだ。
大気を切り裂くしびれすらアミュアを癒やすのだ。
そうしてルメリナで一番高い建物を目指した。
そこは病院の中央棟で6階の高さのビルだ。
屋上のその上にある山裾のような、なだらかな三角の上。
そこにふわりと降りたアミュアは静かに屋根に座り膝を抱える。
(これでいいんだ‥‥カーニャを救える)
アミュアは澄まし整えていた心をやっと解き放つ。
(ユアも‥‥これで心休まるのだわ)
アミュアの中で今日やっとあの悲しい事件が幕を下ろした。
ぽとっと頭が膝に落ちる。
すうと透明な涙が流れた。
まっかになった表情は歪んでいき、唇を噛み締めた。
「それでも‥うっうっ‥つらいよ‥‥」
ずっと精神世界で整え抑えてきたアミュアの心が涙を流す。
「‥‥アミュアだってユアがほしいよ‥‥」
うっうっと嗚咽が漏れる。
アミュアは知っていた。
ユアがずっと隠している心を。
求めている事も知っている。
アミュアがそれを与えられていないことも。
それでもユアはアミュアを愛しそばにいると誓ってくれた。
「これ以上何をもとめるの‥‥アミュア」
うっうっと涙と声が抑えられない。
膝に押し付けた顔は歪められ真っ赤に染まる。
(きっと‥‥みにくい顔をしている‥‥今のわたしは)
ぽとぽとと涙が屋根に落ちて、黒いスレートを濡らす。
アミュアが一番恐れたのは、この気持ちをユアに伝えてしまうこと。
(あの初めてのキスから‥‥ううんカーニャが居なくなってからだわ)
アミュアはとても醜い自分の心を恥じたのだ。
それは当たり前に恋をすれば抱く心。
独占欲と嫉妬だ。
ユアの一番になりたいと。
自分だけを見て欲しいと。
カーニャに心を注がないでと。
その当たり前をアミュアは恥じて隠した。
かわいらしいやきもちで誤魔化してきたのだ。
そうして大人ぶって今日ついにユアの背中を押したのだ。
「ユア‥‥アミュアはもう戻れないくらいあなたが好きなの‥‥どうしたらいいの‥‥」
あの祠から始まった旅の中少しづつ惹かれ、今にいたった。
もうあの甘酸っぱい野苺の香りではアミュアの心を慰めない。
アミュアもまたきざはしを登ってしまったのだ。
(この先に‥‥本当に幸せだけがある世界があるというの?ユア)
アミュアの涙は苦しく流れ続けた。
傾いてきた日差しがアミュアをオレンジに染め上げる。
ここはルメリナで一番早くそのオレンジを受ける場所だった。




