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【閑話:それでもいきていく】

カーニャがどんなに探し回っても、レオニスが見つかることは無かった。

権能の移譲中に何かトラブルがあったのは判った。

レギオトゥニスの残骸からは父の魔力がどんどん滲み出し消えていく。

カーニャはその現象をよく知っていた。

命が喪われる姿だと。

「お父様‥‥もういらっしゃらないのですね‥‥」

レギオトゥニスはいくつもの部分に別れ地に落ちた。

幸い人の住まう地ではなく、深い森にほとんどが落ちた。

カーニャはディテクトの魔法をかけ、隅々飛び回ったが、何も見つからなかった。

そうして半日経ち久しぶりの本物の夜が来る頃やっとカーニャはあきらめて顔を覆った。

「あぁ‥やっと‥‥本当にお父様と呼べたのに‥」

黄金の翼がはばたき、カーニャを空に運ぶ。

大きな声で泣きたかったから。

「あああぁぁぁ!ああぁぁん!」

子供の様に泣き叫ぶカーニャを見ているのは、ただ明るい月だけであった。




スリックデンに戻るエリセラにカーニャも同行する。

ユア達も追って来てくれる予定だ。

ずっと元気のない娘を心配するエリセラは、より早く立ち上がることができた。

(もうあの人は居ないけど‥‥私は立ち上がらなければいけない。娘達を支えると決めたから)

エリセラの瞳にはしっかりとした光がある。

スリクデンへの特等個室でカーニャの肩を抱き、ささやくように告げる。

「カーニャさん、お父様はきっと幸せでしたよ。最後に貴女が赦しを与えてくれたから‥‥ありがとう」

見つめ返すカーニャの目はまた潤み赤くなる。

ぎゅっとエリセラの胸にしがみつき声をこぼす。

「悔しいの‥‥どうしてもっと早く帰らなかったのかと‥‥」

それはずっとカーニャを責め続ける痛みだった。

家を飛び出し、一人で生きると強がっていた自分をゆるせないでいる。

ユアに気付かせてもらったのに、照れ臭くて帰れないでいた。

「カーニャさんが手紙をくれたでしょ?家に帰りたいと書いてくれた‥お父様はそれはそれは喜んでいたのよ‥‥あの人が泣いたのは本当に久しぶりに見たもの」

意外な話にカーニャも顔を上げた。

「そうなの?」

カーニャは父の涙を見たことがなかった。

「カーニャさんから来る手紙はね‥‥お父様がね、必ず先に読んでしまうの。いつもよ‥」

エリセラの目も赤くなってしまう。

「あの手紙もお父様は先に読んでね‥にっこり笑って涙をこぼしたの」

エリセラは微笑みで涙を隠す。

「ずっと‥‥何かを望むことの無いあの人が‥強く望んだの‥‥どうしても子供が欲しいと。私に産んで欲しいと」

カーニャは父の言葉からその意味を知っていた。

エリセラの子が欲しいのではなく、エリセラに子を抱かせたかったのだと。

人間としてのレオニスとでは子は生まれず、秘術を持って王の子を受精させた。

カーニャが特殊な生まれを持ったことには意味があった。

母への愛があったと知った。

(お父様‥‥ありがとう‥)

カーニャの心に自然と感謝が産まれた。

母を愛してくれてありがとう。

子を望んでくれてありがとう。

この親不孝な娘を愛してくれてありがとう。

声はもう漏れなかったが、ふるえてしまうのはこらえられなかった。

涙はあふれ続けたから。




葬儀は5日後にひっそりと執り行われた。

ヴァルディア家の敷地奥に、新しく墓地を作った。

今までは郊外に家の墓地があったが、エリセラが是非にと請い屋敷の北側の外れに小さな墓石を置きレオニスの墓とした。

もちろん遺体はないのだが、この墓石自体がレギオトゥニスの黒い欠片から切り出したものだ。

カーニャが収納し持ち帰った物だ。

自ら剣をふるい形を切り出し、作った。

文字は水魔法でえぐりながら刻み込んだ。

父の名前と日付だけを。

そっと献花の列を見守るエリセラ。

家人と数少ない友人達の列だ。

隣にはカーニャとミーナが並び、うしろにその妻たるユアとレティシアの喪服も並ぶ。

ミーナはシクシクとまだまだ涙がこぼれる。

そっとカーニャが支え、しっかりしないとねと優しくはげます。

レティシアもミーナの悲しみで涙が溢れるので、そっとユアも手をにぎってあげる。

(レオニスさん‥とても悲しいです。エリセラさんを一人にはしないし‥‥カーニャを必ず幸せにします‥‥どうか安らかに‥‥)

ユアも黙祷し誓いを立てる。

娘だと言ってくれたエリセラの横で、そっと微笑んでくれた事を忘れまいとも。

献花が終わり、葬儀の取り仕切りをしてくれた教会の神父が弔詞を唱えてくれる。

以前にミーナ達の結婚式をしてくれた神父だ。

今やスリックデンでも5本の指に入るヴァルディア家の事と、駆けつけてくれたのだ。

発展著しいヴァルディア家は、スリックデンの領主伯爵から近々陞爵との話ももらっていた。

遠からず魔導子爵家に叙される見込みだ。

これは王国としては伯爵家に相当する家格となる。

ミーナは頼家としてシア騎士家を立ててはどうかとも言うが、カーニャとしては貴族に未練はないようだ。

「私はカーニャ・シアである前にカーニャ・シルヴァなのよ」

そう言って笑うのだった。

シルヴァは勇者ラドヴヴィスが後年名乗った姓で、今はユアが受け継いでいる。

アミュアは師匠の性が気に入っていて、そのままにしている。

戸籍のような届けはないが、ハンターオフィスには性名の変更は届けなければいけないのだ。

カーニャ・シア・シルヴァが今のハンター証に書かれた名前になる。

なのでハンターオフィス的にはアミュアは内縁の妻で、カーニャが正妻と成っている。

ヴァルデン王国の平民には戸籍など無いので、自由なのだった。




ヴァルディア家の中庭に久しぶりに二人でいるユアとカーニャ。

今夜はカーニャの好きな下弦の月も出ているので、ゆっくり月夜を楽しんでいた。

「カーニャは飛べるように成ったから、スリックデンならすぐこれる?」

ユアがにっこり笑いながら聞く。

「うん‥たぶん半日もかからないかな」

カーニャも笑顔を取り戻している。

日中に執り行った、葬儀のおかげでも有る。

葬儀は生者の為にあると聞いて、ピンとこなかったカーニャもその意味を知った。

またカーニャは一つ大人に成ったのだった。

そっとユアに寄り添いながら、月を見上げる。

そこにはいつかの様な白白とした半月が俯いている。

(もう泣かないわ‥‥しあわせにならないと‥‥お父様に笑ってもらうために)

カーニャの微笑みに月も応えてくれた気がした。

がんばるのよと。




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