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【第88話:ラウマのターン】

「ききき、今日は天気もいいので‥‥すこしお散歩にいきませんか?」

まっかになったラウマが朝のダイニングでユアを誘った。

両隣には妻たるアミュアとカーニャが居て、三人でお茶を飲んでいた。

今日は三人とも仕事が入っていないのは、昨夜の内に聞いていた。

そしてその足でノアに明日は休むからと告げ、エイシスにも明日のゴハンは全部任せると伝えていた。

にっこりとアミュアとカーニャは笑う。

ユアはちょっと困った顔。

「行ってきてユア」

アミュアが背中を押した。

「今日はアミュアと二人で出かけるからゆっくりしてくるといいよ」

カーニャもそう言って、パチンとラウマにウインク。

ノアがなになにぃと絡んできそうなのを、エイシスが素早くお菓子でインターセプト。

ほうらマドレーヌですよぉと鼻先に置いて連れて行く。

真っ赤になってうつむき両手をもみもみしているラウマ。

そっと手を取り出かけるユアだった。




ユア達は無事勝利条件を満たした。

一人も欠けること無く帰ることができたのだ。

ミルディス公国から戻り、エリセラ達はスリックデンに帰り、もちろん全員無事だったルメリナ応援組も無事職場復帰。

王都方面の混乱も収束に向かっているそうで、ポルト・フィラントからも海路はすっかり戻ったよとロレンツォ・マルタから連絡があった。

世界は少しづつ復旧に向かい動き出していた。

ラウマには野望があった。

それはタイムリミットが設けられた野望だ。

昨夜、背を押してくれた大事な友人に報告したいのだ。

「どこにいきたい?ラウマ」

夜霧にまたがるユアが尋ねる。

「泉の祠にいきたいの‥‥遠いかな?」

「ぜんぜん!お昼には着くから‥‥なにか食べ物買っていこうか?」

にっこりと笑うユアに、ラウマも笑顔を取り戻した。




夜霧は風のように草原を駆け抜ける。

横抱きになったラウマは今日は白いコートを着てきた。

なかは黄色のカットシャツでスカートは生成りのプリーツフレア。

ユアが前に褒めてくれた服だ。

明るい茶色のブーツが可愛いので、頑張って丈の短いスカートだ。

ちょっと寒いが我慢する。

胸が当たらないように気をつけて、ユアの腰につかまる。

馴れ馴れしくしてはいけないのだと、抱きしめたくても我慢するのだ。

秋も深まったので、風はだいぶ涼しい。

森に入ると少し風は和らぐが、日差しも減るのでむしろ涼しくなる。

今日は余裕あるからゆっくりでいいよと夜霧にお願いして、少しだけ時間をかけてラウマ像の祠まで来た。

泉の回りは静謐な空気が流れ、木漏れ日が美しい泉をまだらに染め光らせる。

さわさわと葉を鳴らした風が水面にも波紋を描く。

ラウマはとても心が落ち着くのを感じた。

(そうだわ‥‥カーニャにも背中を押してもらったし‥‥おじいちゃんにも勇気をもらったのだわ)

ユアがラウマ像の所で、布をだしふきふきとホコリをはらってくれている。

ちょっとしたことだが、それは自分の母を敬ってもらう喜びとなりラウマの胸を温める。

そっと見ていると気付いたユアがにっこり笑う。

ひまわりのようだなと、何度も思ったことをまた思う。

胸がそれだけで暖かくなって、幸せが溢れ出す。

(あぁ‥やっぱり黙っていたほうがいいんじゃないのかなぁ‥‥このままでもわたしはとても幸せだな)

せっかくもらった勇気がしぼんでいく。

なにかすることで幸せがぱっと無くなってしまうような不安を覚えるのだった。

「ラウマ!お茶をいれてほしいよ!ごはんにしようよ!」

ユアが大きな声で呼ぶ。

ユアはとても通るいい声だなとラウマは思う。

その声が自分にだけ向いたと思うだけで心が明るくなる。

それはラウマをとても贅沢な気分にさせるのだった。

生活魔法を精密制御する。

2人分に丁度いい量の水玉を作るため。

余っても足りなくてもいけない‥‥大事な茶葉をユアは準備するから。

今日ラウマが大切なことを伝えたいのだとユアもとっくに理解しているのだ。

きっと一番お気に入りのお母様のお茶をだしてくるなと解る。

ユアは大事な話になる時は、必ずそのお茶をだすのだ。

精密制御が得意になったラウマがお湯を正確に沸騰させる。

低くてはいけないし、無駄に沸騰させるとせっかくちょうどよい量が減ってしまうのだ。

バランスをとり丁寧にお湯を準備する。

ユアがお茶の葉をだしてくれて、お湯の玉に入れる。

もちろんお茶葉の量だって大事だ。

多すぎたり少なすぎてはいけない。

ちょうどいい量があるのだ。

ラウマの気持ちにもちょうどいい所がある。

ゆっくり撹拌して香りが湧き出しもれてくる。

とても香り高いそのお茶は赤い色を透かし、白いカップを満たす。

ほらちょうどいい。

ラウマはにっこりと笑顔になってしまった。

おいしいお茶をふたりで淹れたのだと。

それは多すぎず少なすぎず、余ったり足りなかったりしないちょうどいい幸せだった。




「あなたが好き‥‥わたしを好きになってほしい‥‥」


ご飯はサンドイッチを買ってきた。

ラウマのお気に入りの店で、数量限定なのでちょっと並んで朝早く買ってきておいたのだ。

卵の香りが優しい甘みを感じさせるサンドイッチ。

ユアも美味しそうに食べてくれて、お茶にもとてもあう。

お茶を飲み終えて、ちょうどいい幸せも噛み締めたので、ラウマは野望を伝えたのだ。

これが最後の幸せな時間になってもいいと覚悟をして。


「ラウマ‥‥」


ユアがそっと手を握ってくれる。

さっきまでふたりとも熱いカップを持っていたので、温かい手だった。

ラウマの手だってあたたかいはずなのに、ユアの手はもっと暖かかった。

ちゃんと笑顔になっているのか心配になるくらい時間が流れた。

ラウマには永遠に続くのかと思うほどの長い時間だった。


ついに我慢できなくなって目を閉じてしまった。

微笑んでいるユアの表情が変わるのを見たら泣いてしまうと思ったのだ。

(迷惑だったんだろうな‥‥上手に聞かないよと伝えてくれていたのに‥‥わたしがそれを越えたのだわ)

足りなかったり‥‥

溢れてしまったりしない‥‥

ちょうど良いを‥‥


ふわりとあたたかな腕がラウマを包む。

耳元にユアの唇が寄った。

ラウマの心臓はもう連続した打撃音のようになり、せっかくのユアの言葉を聞き逃してしまいそうと心配になる。

「ありがとう‥‥うれしいよ‥‥あたしもラウマが大好きだよ」

そういってぎゅっと強く抱きしめてくれる。

(ちゃんと言えたよ‥‥わたし‥‥)

涙が溢れてしまうラウマ。

クスンと鼻も鳴らしてしまった。

鼻水が垂れそうだったから。


「ラウマ‥‥結婚しよう‥‥ずっと側に居てほしいよ」


(あぁ‥‥)


ラウマの意識はそこで途切れてしまうのだった。

そっと見守っていたラウマ像がグッドサインをだしていたのを二人は見逃してしまった。

その稀に見る奇跡を。



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