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第70話 ラストソング

 ――赤月が、静かに空を染めていた。


 王位即位式の前夜。

 リーラは、城の最上階、風の通るテラスに立っていた。


 風が髪を撫で、夜の空気が頬を冷たく撫でていく。

 下界では、明日の式典の準備に追われる音が遠く響いていた。

 それでも、この場所だけは不思議と静かだった。


 リーラはひとり、歌っていた。

 ゆっくりと、呼吸を重ねるように。

 旋律は、あの人間界で生まれた《ブラムー》の最初の曲――。


「……夢を、見ていた……あの夜の音を……」


 指先が震える。

 あの頃は、仲間がいた。

 ユウト、アカネ、マナブ――そして自分。

 四人で作った音が、夜を照らしていた。


 だが今、歌は風に溶け、誰もいない空へ消えていく。


 背後から、小さな足音。

 ルーナがランプを手にして現れた。


「お姉さま……こんな夜更けに、歌を?」


 リーラは微笑み、風を見つめたまま答える。


「歌っていないと、落ち着かないのだ。

 明日は、父上の遺志を継ぐ日だからな。」


「……でも、本当に良いのですか?」


「何がだ?」


「ブラムーのみんなと、もう一度――音を奏でたかったのではないですか?」


 リーラはゆっくりと目を閉じた。

 そのまま、しばらく答えない。

 風が吹き、遠くで鐘が鳴る。


 やがて、静かに口を開いた。


「良いのだ、ルーナ。

 国を守る者が夢を追えば、民は道を失う。

 同盟を結んだ種族たちの未来を、見届けねばならぬ。」


「……お姉さま。」


 ルーナは、何も言えなかった。

 姉の横顔には、悲しみではなく、覚悟の影があった。


「我は……歌を封じる。

 それが、王としての“調べ”なのだ。」


 そう言って、リーラは夜空に背を向けた。

 その歩みは、まるで長い夢の終わりを告げるように静かだった。


 翌日。


 ヴァンパイア王都ブラッドリウム。

 城門の外には、果てしない人々の列。

 赤い絨毯が敷かれ、荘厳な音楽が響く。


 王城の大広間。

 白銀の柱が光を反射し、天井には紅い月を象った大魔石が輝いている。

 その中心を、リーラがゆっくりと歩いていた。


 衣装は、ヴァンパイア王の正式礼装。

 深紅のドレスに黒の刺繍。

 背中に流れる長いマントが、まるで血の波のように揺れていた。


 誰もがその姿に息を呑む。

 狼王も、ドラクも、鬼神丸も、セリウスも――。

 戦友たちが見守る中、リーラは玉座の前に立った。


 玉座の上、金の装飾に包まれた王冠が光っている。

 その冠を手に取れば、彼女は正式に「女王」となる。


 ――静寂。


 ただ、音だけが止まった。

 楽師の手も、聖歌隊の息も、すべてが凍りついたかのように。


 リーラはゆっくりと右手を伸ばした。

 指先が、王冠の光に触れようとした瞬間――


「――お姉さまっ!!」


 ルーナの叫びが響いた。

 場がざわめく。

 彼女は駆け寄り、手にしていたスマホを差し出した。


「これを……これを見てください!!」


 画面には、ブラムーの公式SNS。

 そのコメント欄が――止まらない。


 数えきれないほどの声。

 数億件を超えるコメントの波。


 〈リーラ様の歌を聴きたい〉

 〈あなたが人間でなくてもいい。あなたの音が欲しい〉

 〈あなたが世界を救ったと知ってる。だから、戻ってきて!〉

 〈ブラムーの音を、もう一度!〉


 通知が鳴り止まない。

 それは“人間界の心の声”だった。


 リーラはスマホを見つめたまま、微動だにしない。

 そして――静かに目を閉じた。


「……我は、これまで――」


 声が震える。

 彼女の中で何かが崩れ始めていた。


「我は……誰にも弱音を吐かなかった。

 王を継ぐものとして、戦士として、姉として。

 泣くことも、迷うことも、許されないと思っていた。」


 ルーナがそっと姉の手を取る。

 リーラの肩が震える。


「だけど……」


 次の言葉が、どうしても出てこない。

 喉が詰まり、胸が熱くなり、世界が滲む。


「だけど――私は……!」


 涙が、一粒、頬を伝う。

 玉座の上で、最強のヴァンパイアが初めて見せた“涙”。


「私は……歌いたいっ!!」


 叫びは、静寂を切り裂いた。


「私は――ブラムーのみんなと、音楽がしたい!

 誰かのためじゃなく、私の心のままに……歌いたい!!」


 大広間が息を呑む。

 その声は、嘆きでも懺悔でもなかった。

 “生きること”を選んだ者の、魂の叫びだった。


 ――沈黙。

 そして、ゆっくりと、ルーナが微笑んだ。


「……行ってください、お姉さま。」


「……ルーナ……?」


「国も、民も、我々が守ります。

 お姉さまが音を取り戻すなら――それが私の誇りです。」


 狼王が一歩前に出る。

「リーラ殿が作ったこの平和、我らが守る。」


 ドラクが翼を広げる。

「Without your song, the world is far too quiet.(お前の歌がなければ、世界は静かすぎる)」


 鬼神丸が拳を掲げる。

「音を捨てる必要なし!行ってくだされ!」


 セリウスが叫ぶ。

「国は俺と親父に任せろ! 約束しただろ、これからは一緒に守るってさ!」


 リーラは震える唇を押さえ、泣きながら笑った。


「みんな……ありがとう。

 この国を、この世界を……頼みます。」


 彼女はゆっくりと、王冠をセリウスの頭へと置いた。


「――王位は、そなたに託す。」


「分かった……必ず、守る。」


 リーラは背を向けた。

 マントが風を受け、紅の波が舞う。


「我は、音楽に生きる。

 最強ヴァンパイアとしてではなく――一人の歌い手として。」


 その瞬間、赤月が光を増した。

 風が渦巻き、光が彼女の身体を包む。


 ルーナが叫ぶ。

「お姉さま――いってらっしゃい!」


 光の粒が舞い、リーラの姿は天へと昇る。


 ――数日後。


 人間界。

 夜の街に、再び音が灯る。

 その小さなライブハウスの扉を、ひとりの女が押し開けた。


 黒のマント、紅の瞳。

 あの戦いの傷跡を抱えながらも、笑みを浮かべていた。


「ただいま。」


 ステージには、懐かしい顔ぶれ。

 アカネがドラムスティックを回し、ユウトがギターを構え、マナブがベースを鳴らす。


「おっそいぞ、姐さん!」

「どこ行ってたんだよ、ウチの女王様!」

「リーラ氏、これで音が揃ったな!」


 リーラはマイクを握る。

 胸の奥から、熱い何かが込み上げてくる。


「さあ――始めよう。」


 ライトが灯り、音が放たれる。

 世界が再び、音に満たされていく。


 ――最強ヴァンパイア、人間界でバンドデビューを決意す。


 その歌声は、永遠に続く“ラストソング”となって、

 夜空に響き渡った。

これにて、『最強ヴァンパイア、人間界でバンドデビューを決意す』完結です!ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!

これからは作中の楽曲作り(本当は同時に作るつもりだった)や、新しい作品に取り組もうと思います。

今後とも、よろしくお願いします!

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