第68話 「最強ヴァンパイア、夢を紡ぐ刃――絆を歌唱す!」
――崩壊の音が、まだ響いていた。
瓦礫と灰が宙を舞い、空気は焦げ、世界が泣いているようだった。
リーラは血の味を感じながら、膝をついていた。
前方では、黒い巨影――魔王ネフィアスがゆっくりと笑っている。
その中心には、魔法の鎖に縛られたルーナ。彼女の胸の後ろには、禍々しい光を放つ“コア”が脈打っていた。
「……ルーナを、離せ……!」
リーラが叫ぶ。しかし、魔王は愉快そうに肩を震わせる。
「離せ? フハハハ……お前が“妹”を傷つけたくなければ、動けぬだろう?」
その声には、血のような残酷な響きが混じっていた。
ネフィアスの指がわずかに動く。
次の瞬間、低音の稲妻がリーラの身体を貫いた。
「っ……ぐぅああああっ!!」
全身が焼けるような痛み。
皮膚が裂け、血が舞う。それでも、リーラは倒れない。
「外道が……!」
吐き捨てる声は、怒りで震えていた。
魔王は嗤った。
「外道? そうかもしれぬな。だが、勝つのは“理”を捨てた者だ。
お前のように、情に縛られる者には分からぬことだ――リーラ。」
再び闇の衝撃波。
壁が砕け、石片が突き刺さる。リーラの身体が宙に舞い、地面に叩きつけられた。
骨が軋み、息が詰まる。
「お姉さまっ!」
ルーナの叫びが響く。
彼女は魔法の鎖を引きちぎろうともがいたが、魔王の力に抗うことはできない。
「……だめ……私ごと、倒して……! お姉さまなら、できるはず……!」
涙を浮かべながら、ルーナは叫んだ。
その言葉が、リーラの胸を焼いた。
痛みも、血も、恐怖も――すべてが心の奥で燃え上がる。
だが、踏み出せない。少しでも誤れば、妹を貫くことになる。
魔王は愉悦に浸りながら歩み寄る。
「どうした、最強ヴァンパイア。剣を抜けぬのか? それとも……妹を殺す勇気がないのか?」
「……黙れ。」
低く、冷たい声。
リーラは血に濡れた唇を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
「貴様のような卑劣な者に、王を名乗る資格などない。」
「資格? 面白い。勝者こそが王だ。世界はそれで回る。」
ネフィアスの笑みが、さらに歪む。
影の腕が伸び、リーラの胸を掴み、地面へと叩きつけた。
「がっ……!」
肺の空気が抜け、視界が白く染まる。
それでもリーラは見た――ルーナの瞳を。
妹は、泣いていなかった。
その瞳は、どこまでも真っ直ぐに姉を見つめていた。
そのわずかな視線の動き――それが、奇跡のような“ヒント”をくれた。
(……あれは……)
ルーナが苦しげに身体を捩じらせた時。
コアと背の間に――ほんの数ミリ。
わずかな“隙間”が生まれていた。
(……あそこなら、通せる……!)
だが、脳で思考した瞬間、魔王に読まれる。
直接ルーナの心に語りかければ、すぐに感知されるだろう。
(……ならば、言葉はいらない。)
リーラは静かに顔を上げた。
そしてただ一つ――ルーナの瞳を見た。
無言のまま。
しかしその視線には、すべてが込められていた。
“信じろ”と。
“もう一度、あの歌を”と。
ルーナはわずかに頷いた。
その瞳が、涙で揺れる。
――そして。
リーラが、口を開いた。
「……夢……夢……夢……」
囁くように。
血に染まった唇から、優しい旋律が零れた。
それは戦場には似つかわしくない、穏やかな歌。
幼い頃、二人で歌った“夢の唄”だった。
「子供の頃の夢……
あふれる 願いが……
わたしを 照らしていく……」
紅の魔力が彼女の周囲に立ち上がる。
音が形を成し、空気が揺れる。
――その瞬間、魔王が低く唸った。
「歌だと? 愚か者め……この期に及んで音を奏でるか!」
地を裂くような咆哮。
黒い衝撃波が、リーラの胸を撃ち抜く。
それでも、彼女は止まらなかった。
血を吐きながらも、その旋律だけは途切れなかった。
ルーナも続く。
震える声で、しかし確かに――姉と同じ旋律を紡ぐ。
「夢……夢……夢……
子供の頃の夢……
あふれる 願いが……
わたしを 照らしていく……
いま――!」
――その言葉の瞬間。
――ヒュンッ!!
紅い閃光が走る。
リーラが渾身の力で刀を投げた。
狙うは、ルーナの胸の奥。――その“向こう側”、魔王のコア。
魔王が気づいた時には遅かった。
「なにっ――!」
ルーナが同時に身体を捩じる。
数ミリの隙間。
その瞬間、刃が吸い込まれるように突き刺さった。
――ズドォォォン!!
黒い空間が震え、爆光が走る。
魔王の咆哮が、地獄そのものの音を奏でた。
「ぐぁああああああああああああああッッ!!!」
リーラは両手を突き出した。
全ての魔力を、その刃へと流し込む。
「これで――終わりだぁぁぁぁぁぁッ!!」
紅蓮の光が爆ぜた。
黒い影が燃え、音が裂け、世界が震えた。
ネフィアスの体が崩壊していく。
その中で、数千の魂が光の粒となり、空へ昇っていった。
――それはまるで、救済の音楽。
「な……ぜだ……我は……記憶を取り戻し……すべてを……!」
魔王の声が途切れた。
やがてその巨体は塵となり、風に散った。
静寂。
灰が舞い、紅い光が空を包む。
ルーナが鎖から解き放たれ、崩れ落ちた。
リーラは駆け寄り、その身体を抱きしめる。
「ルーナ……! よく、耐えた……!」
「お姉さま……お姉さまが……歌ってくれたから……怖くなかった……」
二人は泣きながら、抱き合った。
その背後で、崩れ落ちた魔界の大地に、新しい光が差し込む。
――歌は、まだ続いていた。
「夢……夢……夢……
果てなく 続く夢……
わたしの 命が……
世界を 照らしてく……」
リーラとルーナの声が重なる。
その歌声は、血に染まった地を癒やし、影の世界を照らしていく。
「いま 降り注いだ 輝きは……
果てしなく 続いてく……
こわいほど あざやかな――光。」
最後の一音が響き渡ると同時に、赤月が静かに光を放った。
リーラは天を仰いだ。
どこかで、優しく笑う父の声が聞こえた気がした。
――「よくやった、我が娘よ。」
涙が頬を伝う。
リーラは微笑みながら、空に向かって呟いた。
「……父上……これで、すべて……終わりました。」
風が吹く。
血と灰の匂いの中に、わずかに甘い花の香りが混ざった。
そして、静かに――夜が明け始める。
長い闇が終わりを告げるように。
リーラの瞳に、光が宿った。
――次なる時代の、幕開けを告げるかのように。
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