第67話 「最強ヴァンパイア、終焉の交響曲(シンフォニー)――闇と闇、黒と黒、覚醒す!」
空が裂け、黒い風が吹き荒れる。
《デモニア深層》の崩壊音が、まるで世界そのものの断末魔のように響いていた。
暗闇の中、ゆっくりと姿を変える影。
それは、もはや人の形をしていなかった。
魔王ネフィアス――。
彼は完全に“記憶”を取り戻し、そして“最強の存在”へと還っていた。
その身体から溢れ出す瘴気は、もはや魔力ではない。
過去に滅ぼした者たちの“怨嗟”そのものだった。
――うめき声。
――叫び。
――嘆き。
それらが音となり、旋律を成す。
影の海から溢れ出す“亡者の合唱”が、空間を震わせた。
「これが……魔王の記憶……!」
リーラは剣を構え、息を呑む。
ルーナは膝をつきながらも、その場に留まっていた。
恐怖で足がすくむ。それでも、目を逸らさなかった。
「フハハハハ……!」
低く濁った笑いが響く。
影の巨体の中心で、紅い瞳が燃え上がった。
「我は、すべてを思い出した。
滅ぼした命、奪った国、破壊したもの……そのすべてが、我が旋律となった。
聴け、リーラ。これこそが“完全なる支配の交響曲”だ。」
――ズウゥゥゥン……!
空間が震える。
影の中から、数えきれぬほどの手が伸びた。
それは亡霊の群れ。魔王に喰われた魂たち。
その声が重なり、狂気の和音を作り出す。
悲鳴が歌となり、苦しみがリズムになる。
「貴様も、この旋律の一部となれ。
我と共に――支配の世界を再び築こうではないか。」
魔王の声は甘く、同時に底知れぬ悪意を孕んでいた。
リーラの瞳が、静かに細められる。
風が止まり、時間が凍る。
「……支配の世界、か。」
彼女は、ほんの少しだけ微笑んだ。
その表情には怒りも恐怖もない。
ただ、絶対的な自信と覚悟だけがあった。
「ネフィアス。貴様はいつから“音”を勘違いした?」
「なに?」
「音は支配のためにあるのではない。
命を結び、心を交わし、魂を響かせるためにある。
――それを奪う者に、音を語る資格などない。」
剣が低く唸る。
彼女の周囲に紅い魔力が螺旋を描く。
「これまでの蛮行、すべて悔い改めるがよい。
我が名は――最強ヴァンパイア、リーラ。
我に刀を向けたこと、今こそ後悔するがいい。」
その声は静かながら、圧倒的だった。
空間そのものが、彼女の言葉にひれ伏すかのように震える。
だが、ネフィアスの笑い声が響く。
「ハハハハ! やはり美しい! だが愚かだ!
悔い改めよ? 人間のような言葉を吐くな、リーラァ!」
巨体が動く。
その影が空を覆い、世界を黒く塗り潰す。
「ならば死ぬがよい!
これが我が“破滅の旋律”――!」
黒い奔流が放たれた。
それは光すら飲み込む漆黒の津波。
中には、過去に殺めた生き物たちの声が無数に響いている。
『なぜ……』『痛い……』『返して……』『許して……』
それはまるで、絶望のオーケストラ。
――だが。
「……赤月の――レクイエム。」
リーラの唇が動いた瞬間、世界が反転した。
紅い光が舞い上がる。
闇を切り裂くように、巨大な月が背後に浮かび上がった。
月光が剣を包む。
次の瞬間――魔王の影の攻撃が、まるで霧のように掻き消えた。
「なに……?」
ネフィアスの声が震えた。
「その程度の悲鳴で、我を沈められると思うな。」
リーラの声は、氷のように冷たかった。
魔王は叫び、再び腕を振る。
影の触手、亡者の叫び、黒雷、瘴気――あらゆる“音の暴力”が放たれる。
しかし、すべてが届く前に――消えた。
まるで音を喰らうように、リーラの周囲で“無音”が広がる。
「どういうことだ……!」
ネフィアスが動揺する。
「余は記憶を、すべて取り戻したのだぞ……!
あらゆる力を圧倒した、この我が……なぜ届かぬッ!」
怒りが爆ぜる。
魔王の周囲の空間が歪み、上空に浮かぶ二つの月のうち――一つが砕け散った。
――ガシャァン!!
夜空を照らしていた黄月が粉々に崩れ、虚無の闇が広がる。
「光などいらぬ……闇こそ、我が支配!」
完全なる暗黒が訪れた。
何も見えない。何も感じない。
闇の中で、音だけが響く。
――それは、魔王自身の“心臓の鼓動”。
しかし、その暗闇の中でも――リーラは動いた。
「ふん……光を壊せば我が見えぬとでも思ったか?」
次の瞬間、轟音。
リーラの一閃が、建物を貫いた。
地が震え、瓦礫が宙を舞う。
その斬撃は、建物ごと影を切り裂いた。
「ぬぅっ……!」
ネフィアスがたじろぐ。
リーラの背に、赤月の光が灯る。
――そう、まだ“もう一つ”残っていた。
暗闇を裂く、紅き月。
「次は外さぬ。」
彼女の剣先が、ネフィアスの胸――“コア”を捉える。
そこが魔王の唯一の弱点。
紅い光が刃に集束する。
風が止まり、音が消える。
「これで、終わりだ――!」
リーラが跳ぶ。
剣が閃き、空間を貫く。
その軌跡は、まるで流星。
――だが。
「よく……見ろ。」
魔王の低い声が響いた。
「な……に……?」
リーラの目が見開かれる。
刃が止まった。
視線の先――コアの前に、何かがいた。
光の鎖に囚われ、両手を広げ、涙を流す少女。
「……ルーナっ!?」
紅い光が揺らぐ。
リーラの心臓が、止まったように感じた。
ルーナは震える唇で、かすかに言葉を紡ぐ。
「お姉……さま……ごめんなさい……!」
魔王の嘲笑が、暗闇に響いた。
「フハハハハ……どうした、最強ヴァンパイア。
貴様の刃の先にあるのは――妹の心臓だ。」
リーラの手が震える。
剣がわずかに下がる。
紅い月が揺らぎ、風が悲鳴を上げた。
魔王の影が、静かに広がる。
「さあ、続きといこうか。
“終焉の交響曲”は、まだ終わらぬぞ――」
リーラの瞳に、涙と紅い光が交錯した。
その瞬間、赤月が脈打つように明滅し――。
――世界は、再び暗転した。
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