第56話「最強ヴァンパイア、光と闇の覚醒ーー共鳴す!」
――ドーム全体が、光に沈み始めていた。
ルーナの歌が続く。
それは優しさと狂気が同居する、甘美な旋律。
その音に触れた者は、誰もが笑みを浮かべ、涙を流し、静かに心を委ねていく。
「意志などいらない……個性も、痛みも、もう手放して……
さあ、あなたの鼓動を、わたくしの中へ――」
その一節が放たれた瞬間、会場の空気が凍りついた。
審査員も、観客も、ステージスタッフすらも、全員がルーナの方を見つめている。
その瞳は光を宿し、同じリズムで瞬きをしていた。
「……なんだよ、これ……」
ユウトが震える声を漏らす。
「頭が、ぼやけて……心が……吸い込まれる……」
アカネのスティックが、カラン、と床に落ちた。
マナブの身体はふらつき、膝が折れる。
「ユウト! アカネ! マナブ!」
リーラが叫んでも、二人の耳には届かない。
彼らの表情は穏やかすぎるほど穏やかで――まるで眠るようだった。
セリウスの声が、リーラの脳を震わせる。
《リーラ、まずい! このままでは全員、完全に支配されるぞ!》
「……わかっておる!」
リーラは叫び、息を荒くする。
だが、音の波は止まらない。
ルーナの歌が、さらに加速していく。
まるで何かに突き動かされるように。
「すべてを手放しなさい……争いも、悲しみも、愛すらも。
ただ、わたくしの音の中に――溶けなさい……」
その瞬間、ドームの中央で光が爆発した。
フォルティッシッシモ――!
ルーナの音が臨界を超える。
「……ッ!!」
リーラは腕で顔を覆った。視界が真っ白になる。
轟音と共に、眩い光がルーナの背中から溢れ出す。
光の粒が舞い、彼女の髪が風を切って流れる。
白銀の髪がふわりと持ち上がり、光の帯が絡みつく。
瞳が金色に輝き、彼女の背から――
――“純白の翼”が咲いた。
それは天使のようでいて、どこか神々しすぎるほどの存在感だった。
観客席の誰もが息を呑んだ。
「こんな……美しいもの、見たことがない……!」
ルーナの身体から放たれる光は、熱を帯びていた。
それは暖かい――しかし、圧倒的すぎて、苦しいほどの光。
リーラは息を詰まらせる。
《あれが……ルーナの覚醒形態か!》
セリウスの声が震えていた。
《だが、妙だ……この魔力、何かが混じっている……》
ルーナの唇が再び開く。
「涙もいらない 声もいらない
心のすべてを この光に預けて
愛は苦しみを呼ぶから
願うの――“皆が一つになる世界”を」
――それは祈りの歌。
だが同時に、完全な支配の宣告でもあった。
ルーナの金色の瞳が、まっすぐにリーラを見据える。
「お姉様……わたくしの世界で、共に安らぎましょう。」
ドーム全体が再び輝き出す。
ルーナの背中の翼が広がるたび、波紋のように魔力が拡散していく。
観客は完全に光の中へと包まれ、意識を奪われていった。
ユウトも、アカネも、マナブも――
穏やかな笑みを浮かべながら、静かに立ち尽くしている。
「ルーナ……!」
リーラが叫ぶが、声が震える。
その目には涙がにじんでいた。
「なぜ……そなたがこんなことを……!」
ルーナは答えない。
ただ、歌い続ける。
その声は――あまりにも美しすぎた。
だが次の瞬間。
セリウスの声が、リーラの中に鋭く響いた。
《リーラ……! ルーナの魔力の裏に、何か……別の“波形”が混ざっている!》
《別の……波形?》
《そうだ……それを押し出すような、歪んだ魔力……この感覚……》
セリウスの声が震える。
《間違いない……これは――一度、感じたことがある。》
《……まさか……》
《あの時の影。ヴァンパイア王国を襲った、あの強大な波動。
リーラ……この力は、“魔王”のものだ!!》
リーラの瞳が大きく見開かれた。
「……魔王……!」
視界の奥、ルーナの背後に――一瞬、黒い影が揺らめいた。
形を持たぬ闇。だが確かに“何か”がそこにいた。
それはまるで、ルーナの背に取り憑いているかのように見えた。
《そうだ……ルーナは今、魔王の魔力に操られている!》
《歌を通じて、魔王が人間界に干渉している!?》
リーラの心臓が激しく脈打つ。
手が震える。歯が食いしばられる。
「ルーナを……操っておるのか……!」
怒りが燃え上がる。
胸の奥に溜まっていた感情が、一気に爆発する。
「ルーナを惑わせたのは、魔王……竜族の指導者を攫ったのも、ルーナを操ってのことか!」
《それならば合点がいく……!?》
リーラの声がドームに響き渡る。
怒りと悲しみ、そして誇りが混ざり合った叫び。
リーラの瞳に、狂おしいほどの光が宿る。
「我は、決して許さぬ。
ルーナを奪い、王国を穢した者ども……すべてを赦さん!」
その瞬間、空気が変わった。
リーラの髪がふわりと浮かび上がる。
黒から、深紅へ――ゆっくりと染まっていく。
一本、また一本と。
まるで炎が燃え広がるように。
目が赤く光り、肌に紋が浮かび上がる。
彼女の背から、黒い靄のような魔力が噴き出し――
巨大な翼が、ドームの天井を突き抜けるほどに広がった。
轟音。風。
ステージが震える。観客席のガラスが砕け、光の破片が宙を舞う。
「……こ、これは……!」
セリウスの声が震える。
《リーラ……真の姿を……!》
リーラの声が轟く。
「我は――最強のヴァンパイア、“闇の王女”リーラよ!!」
闇が渦を巻き、光とぶつかる。
ルーナの白翼と、リーラの黒翼。
互いの魔力が拮抗し、空間が軋む。
「魔王よ……!」
リーラの声が、雷鳴のように響き渡った。
「この怒り、我が血の叫びをもって、そなたに刻み込んでやる――!」
その表情は、怒りではなく決意だった。
姉として、王として、そして一人の音楽家として。
「――我を怒らせたこと、世界の終わりよりも悔いるがいい。」
次の瞬間、リーラの足元から紅の光柱が立ち上がった。
その中心で、リーラは静かに目を閉じる。
ルーナの光と、リーラの闇。
それが、真っ向からぶつかる瞬間だった。
ドーム全体が――爆ぜた。
光と闇の共鳴。
姉妹の運命が、ついに交わる。




