第55話「最強ヴァンパイア、光か闇か、ダルク正体を表す!」
「……えっ……嘘……だろ……?」
「ありえない……!」
「ど、どういうことだ……」
ステージ上で立つその姿は、
人間ではないほどの気高さと美しさを放っていた。
だが、それとは別の――“根源的な驚き”があった。
リーラの瞳が、大きく揺れた。
唇がわずかに震え、声にならない言葉を漏らす。
ドーム全体が震える。
光がうねり、空気が変わる。
そして――静寂が落ちた。
観客も、審査員も、ブラムーのメンバーも、
誰もが目を見開き、ステージの一点を見つめていた。
そこに――立っていたのは。
リーラ、だった。
まぎれもなく、リーラと同じ顔。
ただし、その瞳は澄み切った金色に輝き、
髪は雪のように白く光を反射している。
黒と赤のドレスを纏うリーラとは対照的に、
その存在は“純白の光”そのものだった。
「……な、なんだ、あれ……」
「リーラが……もう一人……?」
「え、えっ、幻? まさか、クローン?」
観客のざわめきが波のように広がる。
ユウトが呆然と呟いた。
「……そっくりだ……リーラに……」
アカネが眉を寄せる。
「どうゆうこと……?」
マナブは目を細め、リーラの方を見た。
リーラは固まっている。
赤い瞳が揺れ、震え、まるで心臓を掴まれたような表情。
その時、リーラの脳裏に直接、声が響いた。
「……リーラ、聞こえるか?」
セリウスだ。
冷静だが、いつになく焦った気配が混じっていた。
「あれは……まさか……。」
リーラの息が止まる。
ほんの数秒の沈黙のあと、震える声で呟いた。
「……ルーナ……。」
その名を口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。
懐かしい、けれど、封じていた名前。
決して忘れたことなどなかった。
――ルーナ。
リーラの双子の妹。
闇と光、対照的な存在として生まれたもう一人の“歌姫”。
二人はいつも一緒だった。
ヴァンパイア王国の森の奥で、夜空に響くように歌っていた。
リーラは強く、誇り高く、闇を司る者としての力を磨いた。
ルーナは優しく、穏やかで、光を纏う存在だった。
彼女は自分よりも他人を優先した。
誰かが傷つけば、自分の血を分け、痛みを癒やした。
民が飢えれば、自らの糧を与えた。
いつも笑っていた。
「姉様、皆が幸せなら、それでいいのです」――そう言って。
だが、その優しさが、悲劇を生んだ。
ルーナが与え続けたものを、人々は当たり前と思い始めた。
欲深き者たちは、もっと欲しがった。
「与えてくれるなら、もっとよこせ」と。
やがてそれは、奪い合いへと変わった。
財宝を奪い、血を奪い、命さえ奪い合う争い。
弱き者は倒れ、国の均衡が崩れていった。
ルーナは、その光景を見て、膝をついた。
「私が……こんなことを……」
彼女は部屋に閉じこもり、誰とも会わなくなった。
自責と絶望の中で、
“光”でありながら、心は“闇”に染まり始めていた。
そして、ある日――姿を消した。
どこを探しても、見つからなかった。
父である王も、姉であるリーラも、
何年も探し続けたが、ルーナは二度と戻らなかった。
それから百余年。
闇の歌姫となったリーラが、再び人間界で音楽を始めた。
その舞台で――失われたはずの妹が、立っていたのだ。
「……嘘じゃろ……ルーナ……どこに……どこにおったのじゃ……!」
リーラの声が震える。
ステージを見つめるその瞳には、涙がにじんでいた。
マナブが耳を疑う。
「ルーナ……? 妹……? リーラ氏に……妹が……」
アカネが小声で呟く。
「つまり、それが“ダルク”の正体……?」
セリウスの声が再びリーラの頭に響く。
「リーラ、落ち着け。まだ油断するな。
ルーナがどんな思いでここに立ってるのか……それを見極めろ。」
「……わかっておる。」
リーラは小さく息を吸い込み、マイクを握り直した。
観客席からも、次第にざわめきが広がる。
「え、え? リーラに妹がいるってこと?」
「しかもそっくりすぎるんだけど……!」
「ていうか、歌姫ダルクって……“もう一人のリーラ”?」
ステージ中央。
白い光の中に立つその少女――ルーナが、ゆっくりと口を開いた。
「久しぶりね……お姉様。」
その声は澄んでいて、冷たくて、どこか悲しみを含んでいた。
「……ルーナ……! 本当に、ルーナなのか……!」
「ええ。お姉様。」
ルーナは微笑んだ。
だが、その笑みにはかつての温もりはなかった。
代わりに、神々しいほどの決意が宿っていた。
「わたくしは――すべての種族を救うために来ました。」
「な、なんじゃと……?」
リーラの眉がわずかに動く。
ルーナは続けた。
「闇も、光も、人も、魔物も。
すべての命が争わずに共に生きる世界。
そのために、音を使うのです。
この声で、皆の心をひとつに。」
彼女の瞳に宿る光が、黄金の輪のように広がった。
観客の息が止まる。
「そのために――個の意志はいりません。」
ルーナの声が、透き通るように響く。
「個性は争いを生むのです。
欲は痛みを、痛みは闘いを。
だから、意志を捨ててください。
その身を、わたくしの歌に捧げて。」
瞬間、ドーム全体が震えた。
壮大なオーケストラが立ち上がる。
ストリングスが渦を巻き、ブラスが空気を裂き、
光の波が客席へと広がっていく。
観客たちは思わず手を胸に当て、涙を流した。
「……なんて、優しい音……」
「まるで心が溶けていくみたい……」
ユウトが歯を食いしばる。
「やばい……これ、聴いてるだけで……頭が……ぼーっとする……」
アカネがスティックを落とした。
「なにこれ……声が……耳から……心の奥に……」
マナブの瞳が揺れる。
「……抗えない……音そのものに……命を支配されるような……」
ルーナは歌い続ける。
その声は、甘く、包み込むようで――恐ろしい。
♪個を捨てなさい ひとつになりなさい
痛みも悲しみも もう必要ないわ
あなたは私 私はあなた
争いも嘆きも この歌に溶かして……♪
リーラが立ち上がり、叫んだ。
「やめろ、ルーナ! それは救いではない! 魂を奪うことじゃ!」
だがルーナの声は止まらない。
その瞳がリーラを見据える。
「姉様。あなたも救いたいのです。」
「……っ……!」
リーラの意識が揺らぐ。
光の粒が、まるで指先から侵食するように身体を包み込む。
心の奥で、かすかな声が囁く。
“意志なんて、いらない。
すべて委ねれば、痛みは消えるのよ……”
「だ、駄目だ……」
リーラは膝をつき、頭を押さえる。
セリウスの声が再び響いた。
「リーラ、負けるな! 意識を保て!」
「くっ……! わかっておる、でも……!」
ブラムーの三人も苦しそうに耳を押さえる。
「ぐっ……頭が……!」
「これ……精神を直接……!」
「声が……体の中に入ってくる……!」
その時――観客の声が止んだ。
全員が、立ち上がったまま、無表情に。
ゆっくりと、同じ動作で両手を胸の前に組む。
数万人の観客が、同じリズムで呼吸をし、
同じ言葉を口にした。
「――ルーナさま……」
ゾッとするような静寂のあと、
全員の瞳が黄金に輝いた。
リーラの背筋に冷たいものが走る。
「……まさか……洗脳……?」
ルーナは優雅に手を広げた。
その指先から、光が再び放たれる。
「ようこそ――新しき世界へ。」
ドーム全体が光に包まれる。
音はもはや“音楽”ではなく、
意志を溶かし、心を縫い合わせる“支配”そのものだった。
リーラは歯を食いしばり、叫ぶ。
「ルーナ! それは救いなどではない!
皆を“同じ”にして……どうするつもりじゃ!!」
だが、ルーナはただ静かに微笑んだ。
「――皆が同じ、平等なら、誰も傷つかないでしょう?」
そして再び歌う。
その声は、もはや“神”の声のように響いていた。
♪すべてを一つに 声も涙も
あなたを包み あなたを守る
痛みはいらない 個性もいらない
さあ、私の中で眠りなさい……♪
観客の瞳が、一斉に閉じた。
ブラムーのメンバーが膝をつき、意識が遠のく。
リーラの指先が震え、涙が頬を伝う。
「ルーナ……なぜ……そんな音で……皆を……」
――白い光が、すべてを飲み込んだ。
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