第44話「最強ヴァンパイア、DBFの正体を察知す」
――闇が落ちた。
スタジアム全体が一瞬、呼吸を止めるかのように静まり返る。観客のざわめきすら吸い込む漆黒。
次の瞬間――
ドォォォン!!!
地鳴りのような轟音と共にステージ後方の幕が裂け、そこから現れたのは漆黒の仮面を纏った五人の巨躯。全身を黒革に包み、肩からは鋼鉄のトゲが伸び、仮面の隙間からは赤い光が漏れている。背丈は二メートルを優に超え、まるで人ではなく、竜の化身そのもの。
「うおおおおおお!!!」
「DBF!! DBF!! DBF!!」
観客席からは耳を劈くような大歓声。数万人の声が重なり、まるで大地そのものが揺れるようだ。
審査員席でも思わず身を乗り出す声が漏れた。
「信じられない……リアルオーケストラを引き連れてきたぞ……!」
そう――ステージ後方には百人近いオーケストラが整列していたのだ。バイオリン、チェロ、ホルン、ティンパニ……全て本物。スタジオ録音ではない、生の音を背負ってバンドバトルに立つバンドなど聞いたことがない。
指揮者がタクトを振り下ろす。
荘厳なストリングスの旋律。低く不気味なブラスの咆哮。ティンパニが雷鳴のごとく打ち鳴らされ、観客席の床を震わせる。
――まるで竜が眠りから目覚める序曲。
オーケストラがクレッシェンドを迎えたその瞬間――
ギター、ベース、ドラムの三人が同時に跳ね上がり――ダン!キメッ!!!
火柱が何十本もステージから噴き上がり、灼熱の熱風が最前列の観客を吹き飛ばす。
「Welcome to hell!!!」
低く、地の底から響くような英語のセリフ。フロントマンの声が、まるで呪詛のように観客の胸を撃ち抜いた。
直後――
ツインギターが牙を剥き、高速のメロディを刻み出す。まるで二匹の竜が互いの咆哮を重ねるかのような絡み合い。
その旋律には、スウィープ奏法による竜巻のようなアルペジオが盛り込まれ、さらに指板を駆け上がるタッピングが閃光のように炸裂する。右手と左手が縦横無尽に指板を叩き、音がまるで滝のように溢れ出す。観客は耳だけでなく視覚でも圧倒され、ただ呆然とするしかなかった。
ドラムがツーバスを解き放つ。ダダダダダダダダ!!! 雷のような連打が、まるで地面を砕き、大地を踏み荒らす竜の足音のように響く。
そこに重なるのは、ボーカルの――超高音ボイス!
「イェーェェェェェェーーー!!!!」
男性とは思えぬ高さ。澄んだハイトーンは、まるで天を裂くように響き渡った。その高さは――リーラの持つ声域に匹敵する。
「あり得ん……!」
「男でこの声か!?」
「リーラと同じ領域に……!」
審査員たちは顔を見合わせ、驚愕を隠せない。
観客はもう理性を失っていた。モッシュが始まり、最前列では人の波がぶつかり合い、拳を振り上げ、頭を振り乱す。セキュリティが慌てて動くほどの熱狂。怪我人すら出そうな勢いだった。
「すげぇ……これがドラグバーストフォール……」
「殺されるかと思った……!」
客席の声が、恐怖と興奮をないまぜにしながら響き渡る。
演奏は一糸乱れぬシンクロ。
ステージングもまた――完璧。
ギターが前に出てツインリードを繰り広げれば、オーケストラが一斉にリズムを強調し、火柱がそれに合わせて噴き上がる。ベースがスラップを叩き込めば、ティンパニとコントラバスが低音で重ねて轟音を増幅させる。
そしてサビ――。
百人のオーケストラまでもが一斉にヘドバンを始めたのだ。
「うおおおおおおおお!!!!!」
その光景に観客も一斉に呼応する。数万人が同じリズムで首を振る。スタジアム全体が波打つように揺れ動く。
「壮大!」
「迫力!」
「荘厳!」
マナブがステージ袖から呟いた。研究者の血が沸騰するように、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「圧倒的な楽曲構築力! 音圧と調和の極み! シンフォニックかつメタリック! 完璧すぎる!!」
その声を聞きながらも、アカネは歯を食いしばり、ドラムを握り直す。
「チッ……なんだよこれ……。完璧すぎて隙がねぇじゃねーか」
リーラもまた、ステージに立ちながら拳を握りしめていた。
「竜族……これほどの力を持ちながら、なぜこのバトルに現れた……。なぜ、ヴァンパイア国を狙う……?」
心の奥に、黒い疑問が渦巻く。だが――答えを探す時間は与えられない。
最後のサビ。
ボーカルのハイトーンが天を突き破るように伸びきり、ツインギターが最後のフレーズを重ね、ツーバスが爆撃のごとく打ち込まれる。
――ズドォォォォン!!!!
全楽器、全オーケストラ、全火柱、全照明。すべてが一斉に爆発するかのような大団円。
竜族の演奏――第一撃が終わった。
観客は狂乱し、涙を流し、互いに抱き合う者すらいる。
スタジアムは、まるで竜の翼に包まれたかのような余韻に支配されていた。
照明が切り替わり、ブラムーのターンが回ってきた。
三人は互いに目を合わせ、無言で頷く。
リーラがマイクを握り、アカネがスティックを構え、マナブが鍵盤に指を置いた。
――彼らが選んだのは、いつものロックサウンド。
何度も練習してきた、大切な一曲。
アカネのドラムが力強くリズムを刻み、マナブの鍵盤が旋律を重ねる。リーラの声は澄み渡り、観客の心に直接語りかけるような真っ直ぐさを持っていた。彼女の歌声は圧倒的で、心を震わせるものだ。観客の中には涙を流す者もいた。
――だが。
それでも。
相手が大きすぎた。
竜族が放った音圧と、壮大なスケール感の後では、どれほど美しく、どれほど力強い歌であっても……小さく、かすれて見えてしまう。
「悪くねぇ……悪くねぇんだけどよ……」
「竜族の後に聴くと……どうしても……」
観客の声が悔しげに漏れる。
そして何より――ユウトの不在。
リードギターが欠けている穴は、想像以上に大きかった。メロディの厚みも、ソロの輝きも、どうしても埋めきれない。
ブラムーは全力を尽くした。
リーラの声も、アカネのビートも、マナブの旋律も、最高だった。
だが、圧倒的な音圧差と完成度の前に――なすすべなく、一曲目を終えるしかなかった。
――まるで、巨大な竜を前に立ち尽くす小鳥のように。
竜族の咆哮に飲み込まれたブラムー。
観客の心はすでにドラグバーストフォールに奪われたかのように見える。
だが――ここで終わる彼らではない。
残された希望、そして仲間への信頼。
次の瞬間、何が起きるのか――。
準決勝、波乱はまだ始まったばかりだ。
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