第41話「最強ヴァンパイア、ユウトを説得す!」
――ファミレスを後にしたリーラは、夜道をひた走っていた。
残された三日の猶予。準決勝の相手はメタルの猛者。リードギターの不在は致命的だった。だが、何よりもブラムーの音を奏でたかった。
彼女は真っ直ぐユウトの元へ向かった。
その頃、ユウトのアパート。
カーテンは閉ざされ、机の上に置かれたギターは、ぽつりと取り残されたように光を失っていた。
スマホは何度も震えていたが、ユウトは画面を見ることさえしなかった。
……俺は、何やってんだろうな。
ベッドに腰を下ろし、膝に顔を埋める。頭の奥で、何度も同じ問いがこだまする。
なぜ、ここまで来て背を向けたのか。
なぜ、大切な仲間から離れてしまったのか。
―――
幼い頃のユウトは体が小さかった。
運動会ではいつも最後尾、球技大会では的になるばかり。クラスの笑い者だった。
「チビ」「ヒョロ」「お前じゃ何もできねぇ」
その言葉が刺さるたび、ユウトは家に帰って泣いた。
唯一の救いは、一緒に暮らしていた祖母の存在だった。
小さなちゃぶ台のある古い部屋。祖母はいつも笑顔で迎えてくれた。
「ユウト、今日はこれを見てみなさい」
そう言って祖母が差し出したのは、一枚の映像ディスクだった。古いライブ映像。小柄なギタリストが、まるで炎のように指を走らせていた。
「すごい……!」
心臓を掴まれるような衝撃。
体の小ささなんて関係ない。音は、全てを超える。
「ユウト、人の大きさは背丈じゃないよ。心で響かせるものなんだ」
祖母の言葉が胸に刻まれた。
その日から、ユウトは映像を何百回も繰り返し見た。夜も朝も。映像の中のギタリストと一緒に手を動かし、空気を掴むように夢中になった。
やがて祖母がギターを一つ買ってくれた。
初めて弦を弾いた瞬間、震えが走った。
「これだ……これなら、俺でも!」
インドアで家にこもりがちだったユウトは、気がつけば一日十時間以上ギターを抱えていた。爪が割れ、指が血でにじんでも、音を求めてやめられなかった。
そして、中学最後の文化祭。
勇気を振り絞り、友人たちとバンドを組んだ。ステージに立った瞬間、手足は震えていた。
だが、弦を鳴らすと――世界が変わった。
体育館に響き渡るギター。観客の顔が驚きから笑顔へ変わり、歓声が湧き起こる。
今までバカにしてきたクラスメイトも、女子も、先生も。誰もが「すごい」と口にした。
その時の光景は今も忘れられない。
そして何より、祖母の笑顔。
涙を浮かべながら拍手してくれた姿が焼きついている。
――オレは、この音で人を笑顔にできる。
その確信が、ユウトの人生を決めた。
高校、大学……。ユウトは寝る間も惜しんでギターを磨いた。
デビューを夢見て組んだバンドもあった。だが、熱量が違った。
「お前にはついていけない。俺たちは楽しみたい」と仲間は去り、解散した。
心が折れかけたとき――リーラと出会った。
あの歌。
最初に聴いた時、背筋に電流が走った。
こいつとなら、とんでもない音が作れる。
しかも彼女は、迷いなく言った。
「必ず勝つ。必ず世界に届かせる」と。
その瞳は冗談でも虚勢でもなかった。
だからユウトは信じた。マナブの堅牢なベースも、アカネの爆発的なドラムも――皆が揃えば無敵だと。
だが。
「王位継承のためだ」
その言葉を聞いた瞬間、ユウトの心は凍った。
音楽は手段だったのか? 俺が夢見てきた音は、そんなもののために……?
怒りと失望が胸を焼いた。だから――ユウトは逃げた。
ピンポーン。
アパートのチャイムが鳴った。
誰だ、こんな時間に――そう思った瞬間、背筋を震わすような気配を感じた。
ドア越しでも伝わる圧倒的なオーラ。
「……まさか」
再びチャイムが鳴る。
「ユウト、おるか?」
聞き慣れた声だった。
リーラだ。
ユウトは息を呑み、だが返事はしなかった。
……オレはもうブラムーを抜けたんだ。
ドアの向こうで、リーラの声が響いた。
「ユウト、おるなら聞いてくれ。ブラムーに戻ってきてくれぬか。我はお主とバンドがやりたい。バトルも準決勝まで来た。あと二回勝てばデビューだ。お主の音を世界に届けられるではないか!」
まだ、そんなことを言ってやがるのか。
……相変わらず人の気持ちのわからないやつめ!
(魔ネージメントスキルはまだまだのようだ。だいぶマシにはなったが……)
だがリーラは続けた。
「答えてはくれぬか。どうすれば良いのだ。我は心からお主と音楽がしたい。最高の音楽を人々に届けたいのだ」
その声には、偽りがなかった。
「我は確かに、王位継承権のことは黙っておった。だが、それが理由でお主と組んだのではない。我は小さい頃から歌が好きだった。だが、誰も聞いてくれる人がいなかった。王族というだけで、歌声は無視され、求められるのは王女としての義務ばかり……。一人の歌い手として見てくれたことはなかった。ずっと一人で歌ってきたのだ」
リーラの声が震えていた。
「だが、ユウトやマナブ、アカネと出会い、心から音楽を作り、届けられる喜びを知った。王位継承など、もはやどうでもよい。ただ、お主とブラムーの仲間と音を奏でたい。それだけなのじゃ!」
胸に突き刺さる言葉だった。
「ユウトがいなければ、ブラムーは翼をもがれた鳥も同然。次は負けるであろう。……だが、負けた後でも良い。戻りたいと思ったなら、いつでも戻ってきてくれ。皆で待っておるぞ。」
「さらばじゃ……」
足音が遠ざかっていった。
部屋に沈黙が落ちる。
ユウトの手は震えていた。
「……なんだって……?」
王位継承は関係ない――一緒にやりたい。
そんなこと、今まで一度も言わなかった。
どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ。
胸が熱くなる。涙が溢れそうになる。
戻りたい。あいつらとまた音を鳴らしたい。リーラの声に自分のギターを重ねたい。マナブのベースとアカネのドラムに身を委ねたい。
だが――プライドが邪魔をした。
俺は、置いていかれた。利用された。
そんな思いが、どうしても消えない。
「……くそっ……!」
ギターのネックを掴みしめ、震える指で弦を押さえる。音は鳴らない。
戻りたい――でも戻れない。
仲間を信じたい――でも裏切られた気持ちが疼く。
涙が頬を伝った。
「……俺は、どうすれば……」
答えのない葛藤が、ユウトの胸を締めつけ続けた。
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