第38話「最強ヴァンパイア、Ever Dream MagiX!」
轟音が、まだ会場を支配していた。
セリウスの“エンディング・デス・マジックス”。
その名にふさわしく、全てを焼き尽くすような音圧と光景。
観客は完全に飲み込まれていた。
赤いライトに照らされ、全員が頭を振り、腕を振り上げ、声を張り上げている。
審査員ですら理性を失い、無意識にリズムに合わせて体を揺らしていた。
「……これで、決まったな」
解説者が唸るように呟いた。
誰もが、セリウスの勝利を疑わなかった。
ただ一人――リーラを除いて。
ステージの向こうで、セリウスを見つめるその瞳は、哀しみに濡れていた。
唇が小さく震え、呼吸が浅くなる。それでも視線だけは逸らさずにいた。
――セリウス。
幼き日に、ずっと共にいた幼馴染。
誰よりも努力家で、誰よりも負けず嫌いで、そして誰よりも――優しかった存在。
だが今、彼は勝利のために真の姿を晒し、観客を狂気の渦に引き込もうとしている。
リーラの胸を、痛みが締め付けた。
「……セリウス」
リーラが、声を放った。
「お主は、誰にも負けない優しさと、心の強さを持っておる。そして――作曲のセンスも」
その声は、轟音の中でさえ観客の耳に届いた。
「だが……己の強みを見誤った。攻撃すること、力で勝つことばかりに囚われてきた。――我は知っておる。お主の本当の力を。誰よりも知っておる。友だからこそ」
セリウスがマイクを握り直した。
口角を吊り上げ、瞳を赤く光らせ、最後のビルドを仕掛けてくる。
「狂えぇぇぇぇぇぇ!!!」
会場全体の息が止まった。
次の瞬間、地鳴りのような低音のビルドが最高潮に達していく。
凄まじい低音とシンセが会場を揺らし、観客の心臓を直接殴りつける。
セリウスがカウントを始めた。
1――。
2――。
3――!
ドロップに向けたカウントダウンだ。
狂喜乱舞の熱狂。誰もがセリウスの勝利を確信した。
その時、
リーラはマイクを握りしめ、声を放った。
「友よ!我の勝ちじゃぁ!」
爆発的なドロップと同時に――リーラの歌声が重なった。
A h……A h……
切り裂くようなストロボの光をも包み込む、澄み渡る歌声。
それはまるで、この楽曲が最初から求めていた“答え”のように響いた。
「お主の音楽は、狂わせるためのものではない! 感動させる音楽じゃ!」
リーラは叫ぶように歌い、言葉を繋いでいく。
「コード進行――心に響く展開が、裏に滲み出ておる! だが、攻撃を重視しすぎて、主メロディが抜けている……!」
観客の胸に、ざわめきが広がった。
確かに。圧倒的な音圧と展開――だが、それはまるでメロディを待っているような、不完全な楽曲だった。
「この楽曲は――一本のメロディを欲しておる!」
リーラが息を吸い込み、魂を震わせるように声を響かせた。
「Anーーー! これが、この楽曲の完成系よ!」
攻撃的に観客を狂わせていたインストEDMは、あまりにも美しい“歌楽曲”へと変貌した。
四つ打ちのリズムが、歌声を支える心臓の鼓動となり、広がるパッドが天へ届くように響く。
ドラマティックなコード進行は、攻撃ではなく、感動を与える旋律の土台へと姿を変えた。
観客が、一斉に息を呑む。
涙が、頬を伝う者もいた。
審査員席からも嗚咽が漏れる。
美しい――。圧倒的に美しい。
「な、なんだこれは……!?」
セリウスが目を見開いた。
「こんなの……オレの音楽じゃねぇ……!」
だが、心の奥底で――彼は知っていた。
そうだ、これこそが、自分の音楽だった。
幼き頃から紡いできた旋律。
誰かを感動させるために作り続けた曲。
仲間を、友を、笑顔にさせたかった――あの頃の自分。
だが、戦いと強さに囚われ、音楽を武器に変えた。
それでも……旋律は嘘をつかなかった。
(違う……違うッ! オレは……強さで存在を証明するんだ!)
頭を振り、唸るように歯を食いしばる。
だが、リーラの歌声が重なるたび、胸の奥に忘れていた情熱が蘇る。
観客の歓声は頂点に達し、セリウスの心を切り裂く。
「ぐっ……うおおおおおおおおおッ!!!」
セリウスが目を見開いた。
「こんなの……オレの音楽じゃねぇ! ふざけるなぁぁぁッ!」
だが、観客はもう止まらなかった。
セリウスへの歓声と同時に、リーラへの歓声が同じレベルで巻き起こる。
フロアが割れるほどの轟音と歓喜。
リーラはマイクを握りしめ、叫ぶように告げた。
「――これこそが、セリウスの音楽の本質」
「確かに、お主のEDMは素晴らしい! だが――歌が乗ることで完成し、もっと感動を与えることができる! そこに気づけなかったお主の負けじゃ!」
リーラは振り返る。
「来い、マナブ! アカネ!」
「おうッ!」
「いくぜッ!姐さん!」
ベースが唸りを上げ、ドラムが火花を散らす。
セリウスのトラックに重なるように、ブラムーのロックサウンドが乗った。
爆発的な相乗効果。
観客は絶頂を迎え、歓声は頂点を突き抜けた。
「う、うおおおおおおおおおおおおッ!!」
セリウスが絶叫した。
「なぜオレの心が引き込まれる!」
「なぜオレのトラックが歌を欲す!」
「なぜだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドン!!!
そして――葛藤と怒りと涙を混ぜ合わせながら、ターンテーブルを拳で叩き潰した。
機材が火花を散らし、彼のトラックは突如として止まる。
だが、ブラムーの演奏は続いていた。
観客の歓声は、さらに大きくなる。
「これが――“Ever Dream Magix”じゃ!」
低音は弱く、広がりもない。
だが――真っ直ぐに届く。
観客の心を貫くには、それで十分だった。
最後のストローク。
ジャーーーン。
楽曲が、終わった。
静寂の後――。
大歓声が、爆発した。
「すっ、すごい……!」
マナブが呆然と呟いた。
「こんなことが……あるか。逆転したかもしれない。分析が必要だ……!」
「ちょー気持ちいい! 勝てたかも!」
アカネが全身で息を吐きながら笑う。
だが――彼女はふと、真剣な顔で付け加えた。
「でもさ……前から思ってたけど……姐さん、ネーミングセンスないよね」
「うるさいわ!」
リーラが即座に突っ込み、観客の笑いを誘った。
大歓声の渦の中、ステージは光に包まれていた。
その中心で、リーラとセリウスはなお向かい合っていた。
結果発表の瞬間を――待ちながら。
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