第36話「最強ヴァンパイア、優しきセリウス!?」
ステージを覆う熱狂の渦。その中心に立つブラムーの面々は、重苦しい空気を感じ取っていた。セリウスの「エンディング・デス・マジック」が観客の心を浸食し、会場をほぼ掌握していたからだ。
観客は狂ったように頭を振り、腕を突き上げ、歓声は歓声というより咆哮に近い。審査員でさえ無言のまま、ただ圧倒されていた。
リーラは深く息を吸い込み、仲間を振り返った。
「……我に歌わせてくれ」
一瞬、全員が息を呑んだ。
「え?」とアカネが眉をひそめる。「姐さん、策あんのかよ? あの化け物みてぇな低音に、どうやって勝つってんだ」
マナブも険しい表情でベースを握り直す。「今は観客も持っていかれてる……下手に派手な音で返しても、飲み込まれるだけだぞ」
だがリーラは静かに首を振った。
「策では……ない。だが、我に任せてほしい。二番から……合わせてくれぬか」
短い沈黙。仲間の目が揺れる。だが次の瞬間、マナブは目を閉じ、ゆっくりとうなずいた。
「……わかった。リーラ氏を信じる」
「チッ、仕方ねぇな。姐さんを信じる。ウチらにできることなんざ一つだろ」とアカネも肩を竦めた。
マナブの後にユウトの名前が脳裏をよぎる。だが今は――残った仲間で戦うしかない。
ステージの照明が再び落ち、観客の狂気が静寂に変わる。ブラムーのターンだ。
リーラはギターを抱え、ポツリと弦を爪弾いた。シンプルなギターのストロークが会場に広がる。先ほどの轟音とは正反対の、優しく温かな響き。
観客の一部が戸惑いの声を漏らす。
「……なんだ?」
「地味じゃねぇか?」
だがリーラは目を閉じ、静かに歌い始めた。
――淡く、柔らかな旋律。
愛しさを語るように、胸に沁み渡るフレーズが流れる。
「…………」
観客の中から、自然とざわめきが消えていく。
派手さはない。だが、耳にすっと入り込む優しい歌詞とメロディに、次第に「いい曲だ」と思い始める者が増えていた。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、いつも」
サビに差し掛かった途端、観客からは、
「やばい!」「めちゃくちゃ良い曲!」
と声があがった。
一番を歌い終えたところで、リーラは顔を上げ、真っ直ぐに声を放った。
「セリウス……我は知っておる」
静かで、しかし胸に染み渡る響き。
「お主が誰よりも気高く、強い存在であることを。そして、努力家で……誰よりも作曲のセンスがあることを」
セリウスの瞳がギラリと光った。
「はァ? 何言ってやがる! ほざけ!」
彼の怒声が響いても、リーラは揺るがなかった。
観客は最初こそ戸惑っていたが、少しずつ――確実に――その歌に引き込まれていった。派手ではない。ただ、心に語りかけるような優しさがあった。
「……この曲が分かるか?」
リーラは弦を撫でるように鳴らしながら問いかけた。
「これは、幼き頃――セリウス。お主が作った曲じゃ」
観客席に驚きのざわめきが走った。
「えっ!? あれ、セリウスが作ったの!?」
「信じられない……今のあいつからは想像できない……」
審査員たちも互いに目を見交える。
「なんと……この温かい旋律を、彼が……?」
リーラは続けた。
「お主は誰よりも強く……そして優しかった。この曲がその証拠じゃ」
ステージ横でアカネが舌打ちしながらも、鼻の奥が熱くなるのを感じていた。
二番、マナブも無言で頷き、そっとベースを添えた。先ほどの激しいスラップではなく、柔らかく乾いた音色。アルペジオのギターに寄り添うように響く。
観客の心が揺れる。正気を失っていた瞳に、かすかな光が戻り始める。
だがセリウスは叫んだ。
「だからどうした!! オレは強くなりたい! 強さだけが……オレの存在を証明してくれる!」
リーラはそっと目を伏せ、そして観客に向き直った。
「……見てみよ。強さではなく、お主の“曲”で……これだけの者たちに響いておる」
ざわめく観客。涙ぐむ者さえいた。
「ふざけるな!!!」セリウスは怒声をあげた。「オレは……オレは絶対に強さで頂点に立つ! それ以外に道なんてねぇ!!!」
リーラは小さく息を吐き、呟くように言った。
「そういうことか……」
ギターを強くかき鳴らす。
「強さだけでは、民はついてこん! お主の本当の強さは――力ではなく、心じゃ!!」
声を張り上げ、大サビへ突入する。
――その瞬間、観客席の半分が一気に覚醒した。
瞳に理性の光を取り戻し、歌声に酔いしれ、拳を突き上げる者も現れる。
そして何より、彼らが聴いているのは、セリウスが幼い頃に生み出した曲だった。彼の原点であり、彼が忘れ去った“優しさ”そのものだった。
「……セリウス」リーラは歌い終わり、彼を真っ直ぐに見つめた。
「これは……お主自身の力じゃ」
一瞬、セリウスの心が揺らいだ。だがその目はすぐに憎悪に染まる。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!!!」
両手を高く掲げ、ターンテーブルに力を込める。
「最後だ!! オレの最高のEDMで決着をつけてやる!! 狂えぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
空間を埋め尽くす雷の如きSAWシンセが、観客の脳を支配する。楽曲の展開にワクワクが止まらない。
「天才だ」
審査員席で誰かが呟く。
観客が再び悲鳴をあげる中、リーラは揺らぐことなく彼を見据えていた。
――決戦のクライマックスが幕を開ける。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、率直な評価や、感想をいただければ励みになります!より良い作品が創れるよう、頑張ります!
よろしくお願いします。




