第35話「最強ヴァンパイア、誇り高きヴァンパイア、セリウス!」
——目の前で狂気のようにターンテーブルを操るセリウスを見つめながら、リーラの脳裏には、鮮やかな過去の記憶が次々と蘇っていた。
「……セリウス……」
心の奥で呼んだその名前は、甘くも苦しい響きを持っていた。
思い出す。
まだ吸血鬼の国で幼き日を過ごしていた頃。
奴はいつだって誰よりも負けず嫌いで、誰よりも先に動く少年だった。
初めての駆けっこ。
リーラは生まれ持った力で、軽く地面を蹴れば誰よりも早く走れた。
だが、セリウスは息を切らし、転び、膝を擦りむきながらも、最後まで歯を食いしばって走り続けた。
「ぜってぇ、負けねぇ……!」
小さな手で血まみれの膝を抑えながら、彼は最後の一歩まで全力を尽くした。
その姿は、ただの子供の遊びであるはずなのに、リーラの胸を熱くした。
鬼ごっこでは、いつも彼が先に動いた。
リーラが捕まる前に立ちはだかり、常に仲間をかばい、泥だらけになっても決して諦めなかった。
「俺がやる! リーラは見てろ!」
そう叫ぶ声が、幼い心に焼きついている。
——そうだ。我は恵まれていた。
生まれつきの血筋と力で、何をやらせても上手くできた。
だが、奴は違った。
血が滲んでも、悔しくて涙が出そうになっても、決して泣き言を言わず、必ず挑み続けた。
その背中は、いつも輝いていた。
初めて戦に出た日のことを、今も忘れられない。
小柄な体で大剣を振るい、何度も吹き飛ばされながらも、セリウスは立ち上がった。
頬には泥、腕には無数の傷。
だが彼は、ただ一度も「無理だ」と言わなかった。
「まだだ……まだやれる……!」
その声に、部隊の皆が奮い立った。
最後には血と汗にまみれながらも武勲を挙げた。
誰もが「すげぇやつだ」と彼を称えた。
我はずっと強かった。
だが、不思議なことに、あの時——。
勝ち誇るよりも、彼が隣にいてくれたことに、心の底から安堵したのを覚えている。
「よくやったな、リーラ」
戦の後、泥まみれの彼は、そう笑ってくれた。
——助けられたのは、我の方だったのかもしれぬ。
だが、彼には圧倒的な強みがあった。
合唱では、皆を導く指揮者となり、声を合わせる楽しさを教えてくれた。
作曲では、幼いながらも類稀なセンスを見せ、子供らしい遊びの歌を仲間たちに広めた。
絵を描かせれば、空や森を、誰よりも鮮やかに表現してみせた。
——アートの分野で、我は一度も彼に勝てなかった。
彼の描いた絵は村人たちを笑顔にし、彼の歌は皆を勇気づけた。
あれほどの才を持ちながら、彼はいつも「勝負」にこだわり続けた。
「戦いで勝てなきゃ意味ねぇ。俺は誰にも負けない!」
そう言って努力を重ねる彼を、我はただ見つめ続けた。
——だが、本当は知っている。
彼が持っていたのは、誰よりも人を巻き込み、誰よりも人の心を震わせる力だったのだ。
すべてが狂ったのは、あの日だった。
我が王の血筋という理由で、魔王討伐のリーダーに命ぜられたのだ。
セリウスは、我の部下とされた。
「なぜ……俺じゃなくてリーラなんだ」
あの日の彼の表情を、今も忘れられない。
悔しさと怒り、そして絶望が入り混じった顔。
その時から、彼は我の前から姿を消した。
強さでは、まだ我の方が上だったかもしれぬ。
だが、努力では彼の方がずっと勝っていた。
それでも血筋というだけで、我は王の座を与えられた。
——あの時、彼の誇りを砕いてしまったのだ。
リーラは拳を握りしめる。
「……セリウス。お主は昔と変わらぬな」
プライドが高く、誰よりも努力を積み重ね、それでもまだ一人で勝とうとする。
その姿が痛々しいほどに愛おしく、胸が締め付けられる。
彼は、我の唯一の幼なじみ。
幼い日々を共に過ごし、互いに切磋琢磨してきた唯一無二の存在。
だが——。
これはバトルだ。
父との約束もある。
負けるわけにはいかぬ。
「……我が気づかせる。お主の本当の力を」
涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、リーラはステージ中央でセリウスを見据えた。
その姿は、かつて共に駆け回った幼き日の彼と重なって見えた。
——次回、運命の衝突へ。
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