第3話「最強ヴァンパイア、ベーシストを落とす!」
私はマナブ。音の研究をしているベーシストだ。
これまで1000人からスカウトを受けたが、すべて断った。
私にとって、研究が全てだ。よって、バンドに加入する確率は――0%。
……そのはずだった。だが、なぜか1001人目のスカウトに落ちることとなった。
流れがハッキリと思い出せない。一つずつ整理してみたいと思う。
―――
「マナブ先輩! 一回だけでいい、俺の話を聞いてくれ!」
声をかけてきたのはユウト氏だった。大学時代からの後輩。私が唯一“認めている”ギタリストだ。
「先輩しかいないんだ。ベースなら絶対、マナブ先輩しかいない」
「断る」
「速すぎ! せめて理由を言ってくれ!」
「理由は単純だ。優勝確率、1%。」
「……はあ?」
「お前のギターを生かせるバンド結成率、知名度のなさ、会場の音響特性、観客の反応率、審査員の趣向、主催の狙い……すべて変数に入れてシミュレーションした。結果は1%。つまり、やる価値はない」
「オレは、研究にしか時間を使わない」
「……」ユウトは頭をかきむしり、大きくため息をついた。
「やっぱりそういうとこだよ。妥協しない。研究も絶対に諦めない。……俺はずっと、そこに憧れてたんだ。
でもいい、最後に頼む。リーラの歌を聞いてくれ。それでダメなら、俺も諦める」
私は口を閉ざした。
一度だけなら……データを取る程度なら、構わない。
――歌声が響いた瞬間、私の世界は塗り替えられた。
(……これは……?)
私は一人で語り始めていた。研究者としての、悪い癖だ。
(不自然な倍音……いや、これは“不自然”ではない。声帯振動の第5、第7高調波が、まるで独立楽器のように分離している。
通常ならノイズとして散ってしまう領域が、完全に整列して……こんなフォルマント、聞いたことがない)
「もしかして」
私は研究室から特注のスピーカーを取り出した。
長年封印していた“最終兵器”。
「ついに、これを使う時が来たか……」
一般のスピーカーでは絶対に再現できない。
だがこの指向性スピーカーなら、幻の倍音すら描き出せる。
スイッチを入れる。波形が立ち上がる。私は息を呑んだ。
(……美しい……!)
人間の声帯では生成不可能なスペクトラム。
倍音が干渉するどころか、数学的黄金比のように並んでいる。
あまりに規則的で、もはや“生物”というより宇宙だ。
私は手が勝手にベースを掴んでいた。
最低音を鳴らす。
(なんだ……この感覚は……!?)
リーラの倍音と、私の低音波形が重なった瞬間、まったく新しい周波数が生まれた。
私のベースが彼女の声と干渉し、未発見の音が空間に浮かび上がる。
(統計的予測を超えた……こんな波形、存在するはずがない……!
心理音響学、量子波動論、あらゆる学説で説明不能……!
これは理論の敗北だ。いや、理論の外にある“真理”だ……!)
胸が震えた。ベースの弦の振動と同じくらい速いリズムで、心臓が鳴っていたように思う。
私はもう、決して研究者として冷静ではいられなかった。
―――
「……加入しよう」
「えっ、ほんとに!?」ユウトが声を上げた。
「ただし条件がある。リーラ氏の声を徹底的に解析させてもらう。私の研究に利用させてもらう」
その時、リーラは勝ち誇ったように微笑んだ。
「……我の歌を理解できる人間がおったとは。お主、ただの人間ではないな」
私は真顔で問い返した。
「……お前は、何者だ?」
リーラは唇を吊り上げ、名乗ろうとする。
「我は――最強のヴァンパ――」
「お待ちください姫ぇぇぇ!」
大臣であるマネージャーが慌てて飛び込んできた。両手でリーラの口を塞ぎ、必死に取り繕う。
「こ、これは比喩! 姫はちょっと中二病的な表現が好きなだけでして! ね!? ね!!」
場が凍りつく。
私は腕を組み、目を細めてリーラを見た。
「……まあいい。研究対象として素晴らしいことに違いはない」
リーラはその瞳に怪しく光を宿し、再び微笑んだ。
確率0%だったはずの未来が変わった。リーラの歌は確率も凌駕したのであった。
次回、
道を外れ、夜ごとバイクを暴走させる有名なヤンキーは天才ドラマーだった!
天才ドラマー・アカネ、運命のビートが走り出す!
第4話「最強ヴァンパイア、ドラマーを叩き起こす!」
お楽しみに!
【用語集】
◆ 倍音(ばいおん / Harmonics, Overtones)
基本の音(基音)に対して、その整数倍の周波数で同時に鳴る音。たとえばA=440Hzが基音だとすると、880Hz・1320Hzなどの倍の音が自然に重なる。楽器や声の「音色の違い」は、この倍音の強さや並び方で決まる。マナブはリーラの声が“普通では出ない倍音”を持っていることに驚いた。
◆ 第5・第7高調波(5th, 7th Harmonics)
倍音の中でも「5倍・7倍」の周波数で鳴る成分。特に7倍音は西洋音階の純正律から外れるため、人間の声や楽器で強く聞こえることは珍しい。それが独立楽器のように分離して聞こえる、というのは“人間の声ではあり得ない”という驚き。
◆ フォルマント(Formant)
声や楽器の音色を決める「共鳴ピーク」。人間の声では母音の違いを生む要素。通常は複雑に揺れて不安定なのに、リーラの声は整然としたフォルマント構造を持っていた、という意味。
◆ スペクトラム(Spectrum)
音を周波数ごとに分解したグラフ(波形を“成分表示”したもの)。高い音がどれだけ含まれているか、どんな倍音が出ているかを可視化できる。マナブはこれを解析して「未知のパターン」を発見した。
◆ 黄金比(Golden Ratio)
数学的に「最も美しい比率」とされる 1:1.618… のこと。音の世界でも、特定の周波数比が黄金比に近いと“不思議に心地よい”とされる。リーラの倍音がまるで黄金比のように並んでいた、というのは「自然界の秩序すら超えた調和」を表現している。
◆ 指向性スピーカー(Directional Speaker)音を狭い範囲にだけ届けられる特殊なスピーカー。超音波を使って特定の場所にだけ音を聞かせたりできる。普通のスピーカーでは再現できない「微細な倍音」を聞くために、マナブが持ち出した“特注装置”。
◆ 心理音響学(Psychoacoustics)人間が「どう音を感じるか」を研究する学問。物理的には同じ音でも、人間の脳は違うように認識することがある。マナブはリーラの声が「理論外の聴覚体験」を引き起こすことに動揺した。
◆ 量子波動論(Quantum Wave Theory)
量子力学の波動的側面を扱う理論。音そのものとは直接関係ないが、“究極の波”を説明するときの比喩として使用。マナブは「もはや音楽の範疇ではなく、物理学すら超える」と強調した。
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