第29話「最強ヴァンパイア、不協和音を解決す!?」
控え室の空気は、重苦しい。
さきほどまで歓声に包まれていた勝利の余韻は、跡形もなく消えていた。
リーラは椅子に腰掛け、鋭い瞳で扉を見据える。
「……呼べ」
その一言に、アカネが素早くドアを開けた。
やってきたのは――大臣。
長い付き合いの執事のような存在であり、幼少の頃からリーラを支え続けてきた男。
「姫様。お呼びにより、参上いたしましたぞ」
姿勢を正し、頭を下げる。だがその顔には、どこか硬さがあった。
―――
「大臣」
リーラの声は低く、しかしはっきりと響いた。
「お主……我を裏切ったな?」
その場にいたメンバー全員の視線が一斉に突き刺さる。
「な……なにを仰せでございますか」
大臣は狼狽えたように首を振る。
「私は何もしておりませぬ! 姫様を裏切るなど、ありえませぬ!」
「じゃあ、さっきのスネアはなんなんだ!」
アカネが一歩踏み出す。
「アタシはわかる! あれは自然に破れるもんじゃない!」
ユウトも口を開いた。
「SNSでの妙な批判も……お前の仕業なんじゃないのか?」
「なっ……!」
大臣の顔がわずかにひきつる。
リーラが細く息をつき、低く笑った。
「なるほど。そういうことか。買い物や美容室での行動……あれも頷ける」
リーラは破れたスネアにそっと触れる。
――仲間たちに気づかれぬよう、ほんの一瞬だけ魔力を流す。
その目には淡い紋様が浮かび上がり、リーラは内心で確信した。
(……時間差魔法。これを操れるのは……大臣、お主しかおらぬ)
だがその事実は口にせず、直接大臣の心に伝えるように、ただ静かに睨み据える。
「なぜだ、大臣。長い付き合いであったろう。お主はこれまで一度として、我を裏切ったことはなかった。なぜ、こんな真似をした?」
「……」
大臣は唇を震わせる。だが視線を合わせられない。
「……私は、何も……」
「目を見ろ」
リーラの声が鋭く突き刺さる。
「我の目を見て、否と言えるのか?」
大臣の肩が小さく震え、やがてその表情は崩れた。
「……申し訳……ありませぬ」
その場に膝をつき、深々と頭を垂れる。
「わ、わしは……! わしの家は……かつて王の血筋を継ぐ家系であったのです!」
声が震え、感情が堰を切ったように溢れ出す。
「だが、王位は姫様の家系に移り……わしらは代々、悔しさを抱え続けてきた! 王位を取り戻したい、その思いが……その呪いが……ずっと一族を縛ってきたのです!」
「何だと……」
リーラは思ってもいなかった言葉に驚く。
胸を叩きながら、涙を流し取り乱す。
「我が父も、祖父も……“なぜ自分たちではないのか”と呻き続けた! その声を幼いころから聞かされ、わしは育った! 悔しい思いをし続けてきた。 心のどこかで……いつかは王位を……と!」
叫びは苦悶そのものだった。
「王族……?」
ユウトが眉をひそめる。
「どういうことだよ、それ……」
リーラはしばし黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……これは、隠していたことじゃ」
仲間たちに向かい、静かに語る。
「我は、ある国の王族の末裔。大臣はその国に仕える家系の者。……そして、我が王位を継承するためには、この人間界でのバンドバトルで優勝を果たさねばならぬのじゃ」
その言葉に、ブラムーのメンバーたちは絶句した。
「……まじかよ……」
「王族って……そんな話、信じられねぇ……」
「そんな大事なこと、なんで黙ってたんだよ……!」
だがリーラは首を振る。
「話せば混乱を招く。ゆえに、ずっと秘しておった」
「私は……姫を失格にするか、あるいは戦で敗れさせるつもりでした」
大臣の声は震えていた。
「そうして、息子を優勝させ、王位を取り戻したかった……それが我が一族の悲願であったゆえ」
「息子!?」
しかし、そこで声が詰まる。
「……ですが……」
顔を上げた大臣の目には、涙が浮かんでいた。
「私は……幼い姫を、ずっと見てきたのです」
――回想。
まだ幼いリーラが、花の庭で無邪気に笑う。
小さな体で走り回り、転んでも泣かずに立ち上がる。
「心配するな、大臣。そんな暇があるなら、国を、民を見よ」
幼子の口から出たその言葉に、大臣は胸を衝かれた。
彼女はいつも懐いてきて、小さな手で大臣の袖をつかんで離さなかった。
リーラの家系を確かに憎んでいた。しかし幼子には関係ない。大臣もまた、リーラを可愛がり、大切に思った。
国のため、共に数々の施策を打ち出したこともあった。
飢饉の年には食糧の分配を考え、疫病の際には民を救うために奔走した。
時には戦にも出陣した。剣を抜き、盾を掲げ、血を浴びながらも国のために戦った。
そうした日々を通じ、大臣の胸の奥には確かに芽生えていた――。
それは、王位を奪うという黒い野心ではなく、姫を、リーラを支えたいという想いだった。
「私は……本当は、姫を大切に思っておりました。国を思う気持ちも、姫と同じ。……だからこそ、思い切ったことなどできなかった。本気で傷つけるなど……できるはずがなかったのです」
大臣は床に手をつき、声を震わせた。
「本当に申し訳……ありませぬ。姫……!」
ーーー
リーラはしばし黙り込み、やがてゆっくりと目を閉じた。
「ブラムーを裏切ったこと。メンバーに迷惑をかけたことは、決して許すことはできぬ……よって、マネージャーからは外れてもらう!」
大臣は床に手をついたまま、受け入れた。
「はい……。」
リーラは続けた。
「だが、国を思う気持ちは、同じじゃ」
そして、大臣に手を差し伸べる。
「ならば……これからも国を支えよ。お主の力は、必要じゃ。共に歩んでくれるな?」
大臣の頬を涙が伝った。肩が震える。
「……はい……! この命、再び姫様に捧げます……!」
その光景に、ブラムーのメンバーたちも胸を打たれた。
「……なんだよ……泣けるじゃねえか」
「良かった……本当に……」
「大臣さんも、本当はリーラを思ってたんだな」
場は静かに温かい空気に包まれていった。
―――
しかし――。
その中で、ただ一人。
ユウトだけは、黙り込んでいた。
皆が安堵の息を漏らす中、彼の瞳だけは別の色を帯びていた。
影のように、鋭く、暗く。
雲行きが怪しくなる、その気配を――誰もまだ、気づいてはいなかった。
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