第2話「最強ヴァンパイア、バンドメンバーを探索す!」
――白い光が収まり、視界が戻ったとき、そこは魔界ではなかった。
空は青く澄み、白い雲が浮かんでいる。鼻をくすぐるのは硝煙でも血の匂いでもなく、甘い香り。
「……ここが、人間界か」
感慨に浸ろうとしたその瞬間――背後から、やたらにうるさい足音が近づいてきた。
「お待ちください、リーラ様!」
振り返ると、大臣がゼーハー言いながら駆け寄ってくる。
人間の姿に変えているらしいが……正直、ほとんど変わっていない。
耳の尖りは隠しているが、鋭い目つきも、腰に手を当てる癖もそのまま。
どう見ても、魔界の役人である。
「……なぜお主がおる。カリス魔サロンはどうした?」
「それが……王から“お前がマネージャーとしてついていけ”と命を受けまして」
「マネージャー? 貴様が?」
「はい。それと……魔界には、もう噂が出回っております」
「噂?」
「“バンドバトルの優勝者には、王位を譲る”と」
「……父上、余計なことを」
「ですので、なんとしても優勝していただかねば。私の進退にも影響しますし」
まるで金の音が聞こえてきそうな不適な笑みを浮かべる大臣。
どうやら、この試練には荷物が一つ追加されたようだ。
我らが立っている場所。ここは、王から渡されたチラシに記されたライブ会場のひとつ――“しぶや”らしい。
魔界の山脈より高い建物、迷宮のような道、そして何よりも耳を奪う光景があった。
音だ。
街の騒音、店先から溢れる音楽、車から漏れる重低音。
さらに、通りのあちこちに立つストリートミュージシャンが、生の旋律を響かせていた。
「人間どもよ。我の力にひれ伏し、共に音楽の頂を目指すがよい!」
……しかし、声をかけた瞬間、近くのストリートミュージシャンたちは目を逸らし、そそくさと場所を移動していった。
「我の誘いを断るとは……なんという不届き者どもじゃ」
「仕方ありません。ここでは誰も姫のことを知りません。焦らずメンバーを探しましょう」
「ふむ……そういうものか」
気を落ち着けようと、屋台で売っていた「チョコバナナクレープ」なるものを購入。
丸められた薄い生地に、甘い生クリーム、カットされたバナナ、そして濃厚なチョコソースがかかっている。
一口かじった瞬間――
「……な、なんじゃこりゅゎ……!!」
舌の上でとろける生地、みずみずしい果実の甘み、そしてチョコの香りが三位一体となって襲いかかってくる。
「なんと幸せな味じゃ」
「食べ歩きばかりしていてはメンバー探しが進みませんぞ!」
大臣の檄が飛ぶ。
「わかっておる」
もう少し堪能したかったが、仕方ない。
その時、耳が反応した。
ギターの音。しかも上手い。力強くも繊細で、弦の一振りごとに情熱が宿っている。派手さはないが、聴く者の胸奥に深く刺さる独特の響きがあった。
歩道橋の下、帽子を目深にかぶった青年が一人、エレキギターを爪弾いていた。
周囲の喧騒が、その音色だけを残して霞んでいくようだ。
「……ほう」
我は歩み寄り、青年を指差した。
「貴様の音、気に入った。我のバンドに入れ」
「……は?」
青年はギターを止め、眉をひそめる。
「誰だよあんた」
「我はリーラ。最強の――」
「自己紹介からクセ強すぎだろ」
彼はため息をつき、ギターをケースに戻した。
「悪いけど、バンドはやらない。他を当たってくれ」
「なぜだ。我の歌を聞けば考えも変わるだろう」
「……そういう問題じゃない」
「我と組むのが嫌だと申すか」
「そういうわけじゃない」
「では、なぜだ!」
「オレは……誰とも組む気はない!」
ユウトは顔を歪め、声を荒げた。
「ふぅ、我は本気で貴様の音を気に入ったのだ、このままでは納得がいかぬ。理由を言ってくれ」
「(それも、お前の勝手じゃん)……」
青年――ユウトは一瞬だけ迷い、やがて吐き出すように言った。
「昔は組んでたんだよ。友達とデビュー目指してな。毎日必死でギターと向き合って、曲作ってスタジオでみんなと練習して……でもだんだん温度差が出てきて、皆にキツく当たってしまった時、こう言われたんだ」
『お前だけ目指せば? 俺たちは音楽を楽しみたい。お前にはついていけない』
「それで終わった。バンドも、夢も。これこらは音楽を楽しみたい。だからもう誰とも組む気はない」
そう言ってユウトは「じゃあな」と歩き出した。
その時、ユウトの背中の向こうから――リーラが静かに歌い始めた。
魔界では誰にも聴かせたことのない、初めて誰かのために歌う、リーラだけの旋律だ。
♪ Start up future 心と向き合おう
一人の夢 一人の力が 世界を変える♪
ユウトの足が止まる。振り返った顔は、驚きと戸惑いが入り混じっていた。
「……今の歌、あんたが?」
「そうだ。仲間に去られて辛いのは分かる。だが、諦めてはいけない」
「誰でもスタートは一人だ。一人の夢には世界を変える力がある」
「……なんだよ、その声、その歌詞……反則だろ」
我は真っ直ぐに彼を見つめ、言葉を重ねる。
「あとな、そいつらと我を一緒にするでない」
「なんだって」
「我は、本気でバンドバトルの優勝を目指しておる。必ず勝つ。そのためには、お前のギターが必要だ」
ユウトはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……試しに、一度だけだぞ」
「ふふ、まずはそれで十分だ」
ギターが鳴り、歌が重なり、互いの音がぶつかっては溶け合う。
気づけば、夜中まで高架下セッションは続いていた。
人間界の夜――それは、魔界の闇とはまったく違う温かさを帯びていた。
そしてリーラは、確信していた。
このギターと共になら、必ず頂点を掴めると。
こうして、魔界最強のヴァンパイアと、夢を捨てた青年の奇妙なバンドが始まった。
その響きは、やがて世界を大きく動かすことになるが――
本人たちは、まだそれを知らない。
次回――
新たな仲間を求めて動き出すリーラの前に現れたのは、1000人のスカウトを断ったベーシスト、マナブ。
感性よりも“データ”を信じる彼の心を、リーラはどう動かすのか!?
「俺が組む確率は――ゼロだとデータが証明している」
第3話「最強ヴァンパイア、ベーシストを落とす!」
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