第19話「最強ヴァンパイア、鬼退治の戦略を打ち出す!」
決戦を控え、スタジオの空気はいつになく張り詰めていた。
相手は――焔鬼蓮華。
鬼の仮面を被り、和の旋律とロックを融合させた大所帯バンド。
和太鼓、三味線、琴、尺八、そしてエレキギターやベース、ドラムをも取り入れた、完璧と称される集団。
ステージに立てば、その音圧と完成度は観客を一瞬で飲み込む。弱点は見当たらない。
「どこから見ても穴がないんだよな……」
練習の合間、ユウトが額の汗を拭いながらつぶやく。
「しかも本戦は3曲。最低でも3つの異なる世界を見せつけてくるはずだ」
マナブも静かに頷いた。
―――
練習後、いつものファミレス。
冷房の効いた店内に、ドリンクバーのカップが並ぶ。ブラムーの「作戦会議」の定番だ。
マナブはタブレットを広げ、焔鬼蓮華の予選映像を再生していた。
「彼らは和太鼓を十基並べている。これだけで観客の視線は持っていかれる。舞台演出と音圧を兼ね備えた“必殺兵器”だ」
画面に映る巨大な太鼓群が、雷鳴のごとき響きを放っていた。
「三味線や琴、尺八の旋律も緻密に絡んでいる。和楽器の生音がロックの歪みに負けないよう、絶妙にEQが組まれてるんだ」
マナブの声は冷静だが、分析結果は厳しい。
「弱点らしい弱点は存在しない。我々は4人。単純な物量では不利だ。勝率を上げるなら、あえて別の角度――観客に違う魅力を提示するのが正解だろう」
「別の角度、ねぇ……」
アカネがストローを弄びながらつぶやく。
そのとき、
ドン!
リーラがカップを置き、低い声で口を開いた。
「――向こうが太鼓なら、こちらも太鼓で挑むまでじゃ」
「えっ……?」
一瞬、空気が止まる。
「それ正面から殴り合うってことか?」ユウトが目を丸くする。
「無謀だ。数も規模も違う」マナブが眉をひそめた。
だがリーラは、迷いのない瞳で仲間を見渡した。
「我らには天才ドラマーがおる。アカネ、お主ならできる」
「あ、あたし!?」
突然の名指しにアカネは椅子から跳ね上がりそうになった。
「十の太鼓を束ねた音圧よりも――一人の魂が打ち鳴らすリズムが勝ることを、我は知っておる」
リーラの声には確信が宿っていた。
アカネの胸に火が点いた。
「……ほんとに、あたしでいいの?」
「お主以外に誰がおる!」
最初は不安でいっぱいだった。だが、仲間に背中を押され、アカネの目は次第に熱を帯びていく。
「……やってやるよ。鬼だろうがなんだろうが、ぶっ叩いてやる!バカヤロウ!」
ユウトもマナブも、互いに顔を見合わせた。
「久しぶりにアカネのバカヤロウ聞いたな。しゃーねえ、腹くくるか!」ユウトが笑う。
「確かに出る音はステレオの2ch、最大音は0dBだ。アカネ氏が限界を越えれば、10基の太鼓に勝てる可能性はある」マナブが頷いた。
こうして、一曲は「ドラムメイン」で挑むことに決まった。
残り二曲の構成も話し合われ、ブラムーの戦略は固まっていく。
―――
本戦まで残された時間は一週間。
アカネは自らを追い込み始めた。
寝るのは一日三時間。
起きている間は、ひたすらスティックを振り続ける。
皮膚は赤く腫れ、指の関節は軋む。
それでもアカネは笑っていた。
――辛いはずだが、なぜかとても楽しそうだった。
一音一音の正確性と、存在感。
叩く強弱のわずかな差。
音の伸びと切れを生むダイナミクス。
難解なテクニックではない。
「これが、あたしのドラムだ」
叩くたびに、幼い頃の記憶が蘇る。
―――
あの頃、まだアカネの足は小さく、スネアに届くのもやっとだった。
父が優しく椅子に座らせ、後ろから手を添えてくれた。
「いいか、アカネ。ドラムはただ音を出すだけじゃない。気持ちを刻むんだ」
大きな手が、小さな手を包み込む。
スティックの握り方、打面に当てる角度、力の抜き方。
ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
「難しいリズムを叩けばいいってもんじゃない。一音一音を大切に刻む」
「音は一瞬で消える。でも、その一音に“生き様”を乗せるんだ」
父と並んで叩くドラムは、ただの練習なのに、まるで会話をしているようだった。
テンポを外せば、父が笑いながらリズムを取り直してくれる。
成功すれば、大げさに拍手して褒めてくれる。
「よし、今のは完璧だ! 世界一のドラマーになれるぞ、アカネ!」
「ほんと!? じゃあ、お父さんよりもすごくなる!」
「ははは、いつか抜かれるかもなぁ」
その笑顔が――今も鮮やかに蘇る。
―――
夜遅く、スタジオの隅でリーラは黙ってアカネを見守っていた。
ひたむきに叩き続けるその背中に、ふと父の影を見た。アカネのドラムプレイを優しい笑顔で見ている。
“アカネは世界一のドラマーになれる。よろしく頼む、リーラさん”
「任せておけ。我が何もせずとも、アカネは世界最高のドラマーじゃ」
「……なんか言った、姐さん?」
「いや、何も言っておらん」
二人は笑い合った。
その瞬間、リーラは勝利を確信していた。
―――
「アカネばかりに任せてはおれん」
リーラの一言で、ブラムーの練習はさらに熱を帯びた。
ユウトはギターリフを磨き、観客を挑発する音を作り込む。
マナブは低音を調整し、全体を支える確率を最大化する。
リーラ自身も声を研ぎ澄まし、闇と光を併せ持つ表現力を極限まで引き上げる。
本戦まで――あとわずか。
鬼の仮面を砕くドラムの音が、世界に鳴り響こうとしていた。
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