第18話「最強ヴァンパイア、マナブの過去を把握す!」
決勝トーナメントに向けた、練習を終えた夜。
ブラムーの面々は、いつものファミレスに腰を落ち着けていた。
テーブルの上には、ドリンクバーのカップが並んでいる。
マナブはそのカップを見つめ、真顔で呟いた。
「最初は烏龍茶で喉を潤す。その後にコーヒーを半分まで飲み、カフェインを確保。次に炭酸を少しだけ混ぜて血糖値を調整。最後に水でリセット……これが最適解だ」
「……毎回思うけどさ、飲み物ひとつにそこまで理屈立てる人、初めて見たよ」
ユウトが呆れ半分に笑う。
リーラはストローをくわえながら、じっとマナブを見つめていた。
「ふむ……マナブよ。なぜ貴様は、常に論理と確率で物事を決めるのだ?」
唐突な問いに、マナブは一瞬だけ動きを止めた。
「……理由、か」
ユウトが興味深そうに身を乗り出す。
「そういえば、俺も知らないな。マナブ先輩が“そういう人”になったきっかけ。ちょっと聞いてみたい」
「……まあ、語るほどのことじゃないが」
マナブは一呼吸置き、グラスを置いた。
――とある記憶が脳裏に浮かぶ。
それは幼い日のこと。
彼が「論理」と「確率」に取り憑かれるきっかけになった、忘れられない出来事だった。
―――
◆「運が悪い」と笑う人
マナブの家の近くには、二つ年上の幼馴染がいた。
彼にとっては「お兄ちゃん」のような存在だった。
どんなわがままを言っても聞いてくれる。虫取りに行こうと言えば虫取り網を持って一緒に来てくれるし、鬼ごっこではわざと捕まってくれる。宿題がわからなければ隣に座って付き合ってくれる。
優しく、頼りがいがあり、いつも一緒に遊んでくれる――そんな存在。
だが、そのお兄ちゃんには、口癖があった。
「俺って、ほんと運が悪いんだよなぁ」
遊ぼうと外に出れば、急に雨が降る。
公園でジュースを飲もうとすれば、カラスに奪われる。
水たまりの横を歩けば、必ず車が通って泥水を浴びる。
夏祭りで金魚すくいをすれば紙が一瞬で破れ、輪投げでは全て外れる。
くじ引きではハズレしか出ないし、ゲームセンターでは狙った景品が取れない。
それでも彼は笑って言った。
「まあ、運が悪いだけだ」
――その姿にマナブは複雑な気持ちを抱いていた。
笑えるのに、どこか胸が締め付けられる。
「運が悪い」という言葉が、彼の優しさを少しずつ蝕んでいるように思えた。
―――
◆あの日の事故
ある夏の日、マナブはどうしても隣町のお祭りに行きたいと駄々をこねた。
花火大会があり、屋台が並び、人が集まる――子供にとって夢のような祭りだ。
「夜は危ないし、混むしなぁ」とお兄ちゃんは最初こそ渋った。
だが結局、マナブの期待に満ちた顔に折れ、「仕方ねえな」と笑って連れて行ってくれた。
帰り道、その事故は起きた。
夜道を自転車で走っていると、横の路地から突然、猛スピードの自転車が飛び出してきた。
お兄ちゃんはマナブを庇うようにハンドルを切り、避けようとした――その瞬間、バランスを崩して転倒。
派手に倒れ、膝を強く打ちつけ、骨折をしてしまったのだ。
泣きじゃくるマナブに、お兄ちゃんはいつもの調子で笑って言った。
「マナブのせいじゃないさ。俺が運悪く転んだだけだ」
――その言葉が、マナブの胸に深く突き刺さった。
―――
◆「運のせい」なんて認めない
自分が誘わなければ事故は起きなかった。
自分のせいだ――そう責めるマナブに、お兄ちゃんは「運」のせいにして慰めようとする。
だが、その「運」という言葉が、余計に許せなかった。
「お兄ちゃんの運は悪くない! 僕が証明してみせる!」
幼いマナブは、強い決意を胸に叫んでいた。
―――
◆統計学との出会い
「運って、本当に存在するの?」
その疑問を抱えたマナブは、学校の先生に相談した。
先生は少し驚いた顔をしたあと、笑いながら答えた。
「世の中には“統計学”っていう学問があるんだよ。たくさんのデータを集めて確率を計算すれば、運が悪いのか、それとも偶然の範囲なのか、数字でわかる」
――統計学。
それがマナブの人生を変える最初のキーワードだった。
マナブは本を読み漁り、数字をノートに書き並べ、確率の計算に没頭した。
雨が降る確率。水を浴びる確率。くじが外れる確率。
そのどれもが「誰にでも起こり得る範囲」に過ぎなかった。
「ほら! お兄ちゃんの運は悪くない!」
数字を見せながら必死に説明するマナブに、お兄ちゃんは照れくさそうに笑った。
「……マナブはすげえな。じゃあさ、俺を“運のいいやつ”にしてくれよ」
――その一言が、マナブをさらに動かした。
―――
◆確率で未来を変える
マナブは「確率」を武器に、お兄ちゃんをプロデュースした。
くじ引きは当たりが多い店を調べて挑戦。
運動会では「成功率の高い走り方」を一緒に研究して練習。
試験勉強も、合格確率を上げるために「よく出る問題」から効率的に覚える。
天気が怪しければ、二人で必ず傘を持ち歩く。
そんな工夫を繰り返すうちに――
「俺、最近ツイてるかも」
お兄ちゃんは、そう言って笑うようになった。
もう「運が悪い」と嘆かない。
それがマナブには何より嬉しかった。
―――
◆音楽と低音
やがてマナブは中学生になり、音楽に触れる機会が増えた。
吹奏楽の演奏会で、大勢の楽器が鳴り響く中――彼は気づいた。
表に出る旋律やソロは華やかで、まるで「偶然」や「運」のように揺れ動く。
だが、その下で全体を支える低音――ベースやチューバ――があるからこそ、曲は崩れず成り立っていた。
「これって……確率と同じだ」
ベースはルートを弾く。
それは曲の骨格であり、リズムもコード感も支える。
つまり曲の良し悪しの「確率」を大きく左右する存在だ。
マナブはベースを手に取った。
「目立たなくてもいい。全体を支えて、未来を安定させる音を鳴らしたい」
――それは、お兄ちゃんを確率で導いたときの気持ちとまったく同じだった。
―――
◆現在へ
今、マナブはブラムーのベーシストとしてステージに立つ。
冷静に分析し、確率を読み、音の基盤を支える。
派手に輝くリーラや仲間たちの下で、彼は静かに低音を刻む。
それは誰かに気づかれなくてもいい。
けれど――そこに「運」などは存在しない。
正しい選択と積み重ねこそが未来を変える。
その信念が、今もマナブの胸で響いている。
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