そのやさしさは、誰のため?
昼休みの教室。
澪は自分の席に座りながら、パンをちぎっては口に運んでいた。
噛むたびに味がしなくなるような、そんな気分だった。
「澪ちゃんってさ、凛子と小学校も同じだったっけ?」
斜め後ろから誰かの声がした。
会話の輪の中で、凛子が笑いながら答える。
「うん、確かそうだったよー。たぶんね!」
「なんか、そうだった気がするよねー」
“そうだった気がする”
その曖昧な言葉の継ぎ接ぎで、今のわたしは存在している。
そんな感覚が胸の奥にじわりと滲んだ。
そのとき。
足音ひとつ、まっすぐにこちらへ向かってくる気配。
「ちょっと、いい?」
狭間希結だった。
感情を隠さない真っ直ぐな目が、澪を射抜いた。
希結は無言で椅子を引き、向かいに腰を下ろす。
会話の温度が急に変わる。周囲がぼんやりと遠ざかっていく気がした。
「凛子さ。あんたのこと、“小さい頃からずっと一緒だった”って言ってた」
「うん……そう言ってたね」
「でもそれ、ほんと?」
澪は視線を落とす。パンを握った手に少し力が入った。
「――うん」
「ふうん」
希結の返事は短かった。
だけどその間に、いろんな感情が詰まっていた。
「わたし、前の凛子が“澪ちゃんとは最近仲良くなった”って話してたの、覚えてる」
「……」
「それが突然、“昔からの親友”ってことになってる。
しかも、周りもなんとなく受け入れてる。
でも、それって全部、あんたに合わせてるように見える」
澪は胸の奥が少しだけ痛んだ。
けれど何も言い返せなかった。
「……あんたってさ、
“優しい”って言われることに慣れすぎてるんじゃない?」
希結の言葉は、刺すような強さではなく、
まるで真実だけを言おうとするように、淡々としていた。
「なんでも受け入れて、否定しなくて、
誰かが安心できるならそれでいいって顔をしてる」
「でも、それってほんとに優しさ?
それとも、“否定されたくない自分”を守ってるだけじゃない?」
澪は答えなかった。
その問いに、答えがなかったから。
「……ごめん。別に責めたいわけじゃない」
希結は立ち上がる。
澪の顔を見ずに、続ける。
「でもね。あたし、最近のあんたを見てると、
そこにいるのに、どんどん遠くなってる気がするんだよ。
……そんなの、やだよ」
その言葉が、教室の喧騒の中に静かに溶けていった。