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わたしをやめる日  作者: Y.N
役に立たない感情
5/32

そのやさしさは、誰のため?

昼休みの教室。

 澪は自分の席に座りながら、パンをちぎっては口に運んでいた。

 噛むたびに味がしなくなるような、そんな気分だった。


 


「澪ちゃんってさ、凛子と小学校も同じだったっけ?」


 斜め後ろから誰かの声がした。

 会話の輪の中で、凛子が笑いながら答える。


「うん、確かそうだったよー。たぶんね!」


「なんか、そうだった気がするよねー」


 


 “そうだった気がする”

 その曖昧な言葉の継ぎ接ぎで、今のわたしは存在している。

 そんな感覚が胸の奥にじわりと滲んだ。


 


 そのとき。

 足音ひとつ、まっすぐにこちらへ向かってくる気配。


「ちょっと、いい?」


 狭間希結だった。

 感情を隠さない真っ直ぐな目が、澪を射抜いた。


 


 希結は無言で椅子を引き、向かいに腰を下ろす。

 会話の温度が急に変わる。周囲がぼんやりと遠ざかっていく気がした。


 


「凛子さ。あんたのこと、“小さい頃からずっと一緒だった”って言ってた」


「うん……そう言ってたね」


「でもそれ、ほんと?」


 


 澪は視線を落とす。パンを握った手に少し力が入った。


「――うん」


「ふうん」


 希結の返事は短かった。

 だけどその間に、いろんな感情が詰まっていた。


 


「わたし、前の凛子が“澪ちゃんとは最近仲良くなった”って話してたの、覚えてる」


「……」


「それが突然、“昔からの親友”ってことになってる。

 しかも、周りもなんとなく受け入れてる。

 でも、それって全部、あんたに合わせてるように見える」


 


 澪は胸の奥が少しだけ痛んだ。

 けれど何も言い返せなかった。


 


「……あんたってさ、

 “優しい”って言われることに慣れすぎてるんじゃない?」


 


 希結の言葉は、刺すような強さではなく、

 まるで真実だけを言おうとするように、淡々としていた。


「なんでも受け入れて、否定しなくて、

 誰かが安心できるならそれでいいって顔をしてる」


 


「でも、それってほんとに優しさ?

 それとも、“否定されたくない自分”を守ってるだけじゃない?」


 


 澪は答えなかった。


 その問いに、答えがなかったから。


 


「……ごめん。別に責めたいわけじゃない」


 希結は立ち上がる。

 澪の顔を見ずに、続ける。


「でもね。あたし、最近のあんたを見てると、

 そこにいるのに、どんどん遠くなってる気がするんだよ。

 ……そんなの、やだよ」


 


 その言葉が、教室の喧騒の中に静かに溶けていった。

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