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わたしをやめる日  作者: Y.N
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31/32

決断、あるいは追認

 白い世界に、風が吹いていた。


 澪の輪郭は、もうほとんど淡く、にじんでいた。

 指先の感覚が薄れていく。

 声を出しても、もう響かない。


 


 でも、それでも――心だけは確かにあった。


 


 記憶のない空間の中で、澪は静かに立っていた。


 名前はない。

 姿もない。

 でも、想いだけがまだ、ここにあった。


 


 希結の言葉が、胸の奥で繰り返される。


「あんたが見ていた世界を、わたしは知ってるよ」


 


 そう言ってくれた人が、かつてここにいた。

 もう、誰の中にも“灯凪澪”はいない。

 でも、あの瞬間だけはたしかに、“誰か”だった。


 


 澪は、自分の中にひとつの問いを投げかけた。


 (わたしは、もうここにいなくていい?)


 


 答えは、誰からも返ってこなかった。

 だから、自分で出すしかなかった。


 


 (うん、いいよ)

 (わたしは、もう十分だった)


 


 助けた誰かの笑顔。

 忘れられていく記憶。

 名前が失われても、感情の中にだけ残った優しさ。


 


 それで、よかった。


 


 「……ありがとう。わたしを見つけてくれて」


 


 小さく、誰にも届かない声で澪が言った。


 


 その言葉を最後に、

 風がふわりと澪の体を通り抜けて――


 


 “灯凪澪”は、静かにこの世界からほどけていった。


 


 誰もその瞬間を知らない。

 誰も、その名前を記録していない。

 でも、彼女は確かに、ここにいて、誰かを救った。


 


 そして今、自分自身の存在を、喜んで手放した。

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