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わたしをやめる日  作者: Y.N
わたしじゃないわたし
21/32

さよならを先に言う人

 帰り道。

 日が落ちきった校舎の外で、澪はふと足を止めた。


 


 背後から吹いた風が、制服の裾を揺らす。

 空気の流れとは別に、胸の奥で――あの感覚が走った。


 


(……また、来た)


 


 視線を巡らせる。

 誰もいない。

 けれど、確かに“何かが歪んでいる”。


 


 違和感は、感情の“揺れ”に近かった。

 怒りや悲しみ、孤独や怨嗟……それが、形を持たずに漂っている。


 ただ今回のそれは、これまでと違った。

 もっと、近い。

 もっと、知っている匂いがする。


 


 (まさか……)


 


 校門のそば。

 ひとり立っているその後ろ姿を見つけた瞬間、澪の心臓が強く跳ねた。


 


 希結だった。


 ランドセルの小学生のように背を丸めて、風に吹かれながら立っている。


 その姿に――歪者の気配が重なって見えた。


 


 思わず足が止まる。


 ありえない、と思いたかった。

 でも、感じてしまった。

 澪にはわかる。希結の中に今、

 “誰にも言えない悲鳴”のような感情が渦巻いていることが。


 


 ――わたしが、壊してしまったの?


 


 頭の奥で声がした。


 


 このまま“入れば”、楽にできる。

 記憶を書き換えて、痛みをやわらげて、穏やかにすることができる。

 澪はそれを何度もやってきた。

 そして、その度に誰かが“救われて”きた。


 


 でも――


 


 (希結の中に、“わたし”はまだ残ってる)

 (このまま書き換えたら、それさえも消してしまう)


 


 それが怖かった。

 そして、寂しかった。

 “書き換えられていないわたし”を覚えている最後の人。

 その人の中の“わたし”を、自分の手で消すことが――たまらなく、怖かった。


 


 希結がふと顔を上げる。

 目が合う。


 


「……なに?」


 何も知らないような表情。

 でもその目の奥は、どこか濁っていた。

 感情が詰まっていて、けれど言葉にはならないまま留まっているような。


 


「……なんでもない」


 澪は微笑んだ。

 嘘みたいに、自然な笑顔で。


 


 希結は、ほんの少しだけ眉をひそめて、

 それでも何も言わずに歩き出した。


 


 その背中を見送りながら、澪はひとつ深く息を吸った。


 次にこの気配を感じたとき――

 わたしは、どうするんだろう。

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