正しい思い出
放課後の帰り道、横断歩道の手前。
凛子が急に立ち止まって、澪の方を振り返った。
「ねえ、澪ちゃん、覚えてる?」
「……なにを?」
「去年の文化祭。クラスでお化け屋敷やったじゃん?
その準備のときにさ、澪ちゃんが入口の布に引っかかって転んで、
白いシーツかぶったまま出てきたの。……あれ、めっちゃ怖かったんだから!」
凛子が、口元を押さえて笑う。
「あれ見て本気で『これ演出にしよう』ってなったんだよ、私。
澪ちゃん、ポカンとしててさー。あれ、最高だったなぁ」
澪は、その話を黙って聞いていた。
顔には笑みを浮かべて。
けれど、胸の奥にひやりとした冷たいものが沈んでいく。
「……覚えてるよ」
嘘だった。
澪は、その場にいなかった。
その日、文化祭の準備は熱を出して休んでいた。
けれど今、凛子の記憶の中では、
“灯凪澪”はそこにいたことになっている。
「澪ちゃん、無言で出てきたから余計に怖かったんだよね。
あれ、演技じゃなかったんでしょ?」
「うん。びっくりして、声出なかっただけ……かも」
そう答える自分の声が、誰かのもののように感じられた。
凛子の記憶は、改変されている。
でも、それは“悪いこと”ではない。
むしろ、彼女は笑っている。
“楽しい思い出”として、澪の存在がそこにある。
それでも、澪の胸はきゅっと締めつけられる。
(わたしは、そこにいなかった)
(わたしは、その笑顔を一緒に作ったわけじゃない)
信号が青に変わる。
凛子が小走りに渡りながら、振り返って言った。
「そういうのって、ちゃんと記録しとかないと忘れちゃうよね!
だからわたし、来年も絶対日記つけるって決めてるんだ~」
「……うん。いいと思う」
澪もそのあとを追って渡った。
でも、靴音が凛子の後ろ姿に届いたかどうか、わからなかった。




