忘れたほうが楽だから
放課後、駅前の公園。
凛子がベンチにどさっと座って、ペットボトルのキャップを乱暴に開けた。
「いやー、今日の英語、完全に寝てた。リスニングの時間、夢と融合してたわ」
「融合って……」
蓮が吹き出しながら横に腰を下ろす。
澪も、その隣にちょこんと座った。風が頬をなでていく。
「澪ちゃん、ノートとってた?」
「一応……でも、半分夢の中だったかも」
「えー、真面目そうに見えて澪ちゃんも寝てたの?」
「寝てたっていうか……目を閉じてただけ、かな」
凛子が「それ寝てるやつじゃん」と笑う。
蓮もつられて笑ったけど、ふと、その横顔が少しだけ陰った。
「……ねえ、澪ちゃんって、いつからわたしたちとこうしてたんだっけ?」
その問いは唐突だった。
凛子も一瞬「え?」という顔をする。
「そんなの、昔からじゃない? 中学のときとか」
「そう、だったかな……」
蓮は視線を落としてつぶやく。
手元のペットボトルを指でなぞるように転がしていた。
「ごめん、変なこと言った。別に疑ってるわけじゃないんだ」
「ううん、大丈夫」
澪は微笑んだ。
けれど、その笑みの奥にあるものに、蓮は気づいていない。
(思い出せないのは、わたしだけじゃない)
(“いつからここにいたか”なんて、もう誰の記憶にもない)
「……でもね、忘れるのって、楽なこともあるよね」
澪のその一言に、蓮が顔をあげる。
「え?」
「楽しかったことも、悲しかったことも、忘れたら……少しは、楽になれるのかなって」
凛子がそれを聞いて、ふっと笑った。
「それはあるかもねー。うち、親とケンカしたときすぐ寝るもん。
寝て起きたらもうケンカの理由思い出せなくなるし」
蓮も苦笑いを浮かべる。
でも、どこかその笑みは落ち着かない。
「……澪ちゃん、それ、最近よく考えてるの?」
「ううん。なんとなく、そう思っただけ」
それは本心だった。
でも、真実のすべてではなかった。
3人で過ごすこの時間が、静かで、あたたかくて、
だからこそ――“自分がいなくても続いていく”ことが、少しだけ怖かった。
日が傾き、ベンチの影が伸びていく。
笑い声のあとに残った沈黙だけが、どこか長く響いていた。