消えかけた出席番号
朝の教室。
始業のチャイムの音が鳴り終わる頃、澪はそっと席に着いた。
いつも通りの時間、いつも通りの風景――のはずだった。
けれど、何かが、ほんの少しずれていた。
黒板に貼り出された座席表。
その一番右下、澪の席――その場所だけ、名前がなかった。
空白だった。
他の生徒の名前はきちんと整列して並んでいるのに、そこだけぽっかりと抜け落ちていた。
(……たまたま、印刷ミス……だよね)
そう思おうとした。
でも、胸の奥で何かが冷たく沈んでいった。
「――灯凪さん、いる?」
ホームルーム直前、担任の佐藤先生が出席を取る。
名簿をちらりと見て、首をかしげた。
「……あれ、出席番号12番って……?」
「います」
澪が手を挙げて答えると、先生は少し驚いた顔でこちらを見た。
「ああ、ごめんごめん。なんか印字が薄くなっててね。最近プリンター調子悪くてさ」
笑ってごまかされた。
教室も誰も気にしていないようだった。
でも澪は知っていた。
これは“たまたま”なんかじゃない。
何かが、確実に、わたしを消そうとしている。
(名前が、なくなっていく)
(誰の記憶にも、だんだんと)
視線を下げると、自分の机の名前シールも、端が少し剥がれていた。
その名前――“灯凪澪”は、どこか薄く、擦れかけていた。
まるで、世界が少しずつ、“灯凪澪”という存在を削り取っていくようだった。




