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わたしをやめる日  作者: Y.N
わたしはわたし
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プロローグ:灯らない朝

 名前を呼ばれるのは、あたたかい。

 でも、呼ばれなくなるのは、それ以上にやさしいのかもしれない。

 ――そんなことを思ったのは、今日がはじめてだった。


 


 四月の風が、制服の裾をかすめる。朝の坂道には春の匂いが満ちていた。

 灯凪澪は、小さなカバンを肩にかけて、いつものように通学路を歩いていた。


 前を歩くのは、青嶺凛子。背が低くて、歩幅が狭いから、いつもリズムが揃う。

 その隣に、神崎蓮。眠たげな目をしているけれど、歩くペースは正確。

 そして後ろから追いついてくる足音――狭間希結。まっすぐなポニーテールが、朝日に透けて見えた。


 


「今日さ、帰りに海寄ってかない? わたし、あそこのアイス屋行きたくてさ!」


 凛子が振り返って言うと、蓮が小さく笑った。


「アイスって……寒くない?」


「むしろ今がいちばん美味しいの! ね? 澪ちゃんも、行こ?」


「うん。……わたしも、ちょっとだけ寄りたい気分」


 澪は少しだけ笑って、返した。


 


 そのとき。

 蓮が、ふいに立ち止まった。


「……あれ?」


「どしたの?」と凛子。


「えっと、今、わたし……なんて言おうとしたんだっけ」


 蓮は口元を押さえ、首をかしげる。

 その仕草はどこか可笑しくて、でも――少しだけ、怖かった。


 


 誰も気づかないうちに、何かが剥がれ落ちていく音がした。


 それは風に紛れて、すぐに消えてしまった。


 


 澪は黙って、蓮の横に並ぶ。

 何も言わずに歩き出した彼女の背中が、いつもより遠く感じた。


 


 その夜、澪は夢を見た。


 真っ白な世界。音も、風も、匂いもない。

 その中心に、ひとりの少女が立っていた。


 顔はよく見えなかった。

 でも、その姿に――澪は懐かしさと、うっすらとした恐れを感じた。


 


「おかえり、澪」


 澪は、なにも返せなかった。


「これから、また“選ばなきゃ”いけないね」


 その声は、やさしくて、なにより、決して嘘ではない音をしていた。


 


 目を覚ましたとき、澪の手のひらには、微かに熱が残っていた。

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