第2話 弱くてニューゲーム
目の前が真っ白で何も見えない。
瞼を開いても閉じても、それは変わらなかった。
ただただ、自分がどこかへ向かって超高速で移動しているという感覚だけはあった。
おそらく異世界に飛んでいる最中だ、大人しくしておこう。
そう思っていたら、脳内にイシスの声が響いてきた。
(あなたのポケットの中に、『巻き込まれ体質』の詳細が記された紙を入れておきました! 願わくば、あなたの第二の人生が充実したものになりますように……)
そう願っているのならこの呪いみたいな能力を消してくれませんかねぇ!
何が悲しくて何も知らない異世界にハンデを背負って転生しなくちゃならないんだ。
ゼウスの野郎、いつか絶対仕返ししてやる。
……と一瞬思ったがやっぱやめておこう、微粒子レベルで粉々にされそうだ。
などと考えていると、俺の視界は徐々に晴れていった。
周りは、木や高い草に囲まれていた。
鬱陶しいほどの草木の匂いに思わず顔を顰めながら、ズボンのポケットに手を突っ込む。
イシスに言われた通り、何かが書かれた紙が入っていた。
俺は恐る恐るその内容に目を通す。
『巻き込まれ体質』……歴史に刻まれるほどの大災害が起こる場所へ転移する。
転移するタイミングは災害の起こる168時間前。
転移するのは能力者本人と、本人が自分の所有物だと認識しているもの(条件あり)。
その災害が終息するまでの間、対象区域から出る事は出来ない。
……。
つまり、一週間後に大災害が発生するエリアに転移させられ、災害が終わるまでそのエリアからは逃げ出せない、ということか。
どんな縛りプレイだよ、鬼畜にもほどがあるだろ。
まあ嘆いていても仕方がない、まずこの現状をなんとかしなくては。
普通こういうのって最初どこかの街に転生するんじゃないのか。
しばらく歩いても圧倒的自然、人工物らしきものは全く見つからない。
「オイオイオイオイ、能力関係無しにヤバいじゃん」
このままでは餓死、最悪魔物に食われたり盗賊にさらわれたりするかも……。
早い所安全面を確保したい。
俺は焦燥感に駆られながら、小走りで何かないか探し続ける。
辺りが暗くなり、体力も尽きかけていよいよ諦めかけた時、木々の間に茶色い何かが見えた。
俺は足を止め、落ち着いて目を凝らす。
「なんだあれ……屋根か?」
間違いない、木製の屋根だ。
人工物だ、人がいるかもしれない!
間一髪、首の皮が繋がった。
叫びだしたい気持ちをぐっと抑えながら、俺は最後の体力を絞り出して駆け出す。
屋根の見える方へ草を掻き分けながら走って行くと、木造の一軒家が立っていた。
「すみませーん、誰かいませんかー?」
インターホンが見当たらなかったのでドアをノックをしながら呼びかけてみるが、しばらく待っても反応がなかった。
ドアノブに手をかけて回すと、扉はゆっくりと開いた。
どうやら鍵はかかっていないらしい。
「グロロロロロロロ……」
突然、背後から悍ましい唸り声のようなものが聞こえてくる。
俺が反射的に声の方を見ると、暗闇の中に赤く光る二つの目があった。
魔物だろうか、声を出したせいで寄ってきたのだろう。
日は暮れて、一帯はどんどん暗くなっていく。
この家以外に逃げ場は無いだろう。
俺は後先を考える暇もなくドアを開けると、家の中に転がり込んだ。
ドアを閉め、鍵をかけようとするが見当たらない。
この世界の家には鍵がついていないのか?!
とりあえず奥に……!
家の中は暗く、ほとんど何も見えない。
手探りで家の奥に入っていく。
机を見つけたので、とりあえず下に潜り、息を潜めて朝を待つことにした。
疲労で寝てしまわないか心配だったが、未知の存在への恐怖と空腹で目は驚くほど冴えたままだった。
あの光る目の正体はなんだったんだろうか。
もし死んだらあの神達に文句の一つでも言ってやろう。
自分は転生前、どんな人間だったのか。
この家の住人はどこにいるのだろうか。
恐怖を忘れようと色々な事を考えていると、日光が窓から差してきた。
いつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。
俺はまだほんのり薄暗い家の中を見渡す。
壁には二枚の額縁が飾られている。
家具は大きな机に椅子が二つ。
他には何も無かった。
壁に飾られた額縁の一つには、耳の尖った女性と黒髪黒目の男性、そして耳の尖った子供達が数人写っている写真。
もう一つには、肩を組んでいる赤髪と銀髪の男性。
そして、年をとった赤髪の女性と手を繋いでいる銀髪の子供が写っている写真が入っていた。
(これより転移を開始します)
「は?」
突然、脳内に音声合成で作られたような声が鳴り響く。
体が淡い光に包まれ、あっという間に視界が真っ白になっていく。
おそらく、『巻き込まれ体質』が発動したのだろう。
どうか紛争地帯とかには転移しませんように……。
そして願わくば……何でもいいから食べられる物がある場所に転移しますように……。
ああ、不安すぎて胃が痛くなってきた。