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ノンフィクションは甘くない  作者: D
第1章 ガラナイア王国 ルデライト
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第7話 悪魔召喚の儀

 翌日、目が覚めた俺は、寝起きで掠れた目で時計を見る。

 時計の短針はピッタリ十を刺していた。


 まずい、寝過ぎた。

 そういえばこの世界に来てからまともに睡眠をとっていなかったからな。

 

 チェックアウトは十一時までにするようにと、宿の注意書きに書いてあった。

 あと一時間の間に悪魔を呼び出して契約を試みなくては。

 

 俺は若干じゃっかんワクワクしながら悪魔石に手を伸ばす。

 悪魔の召喚という行為に対して、多少の恐怖は抱いているものの、やはり【ザ・異世界】って感じがして心が躍る。

 さあ、どんな悪魔が出てくるかな。

 悪魔召喚の儀、開始だ。


 俺は悪魔石に魔力を流した。

 その瞬間。


 バリン!!


 目の前の何もない空間から群青色の手が勢いよく、大気にヒビを入れながらめり込むように突き出てくる。

 驚いた俺は、思わずその場に尻餅をついた。


「?!」


 突然の事に声を上げそうになるが、騒いで悪魔を召喚している事がバレたら厄介なので、慌てて口を抑える。


 ヒビはまるでガラスが割れるような音を立てながら広がっていき、所々砕け散っては溶けるように消えていった。

 砕けた場所の奥には、入ったら二度と戻って来れなさそうな、漆黒の空間が広がっていた。


 そして、俺が呼び出したであろうその存在は、漆黒の空間からゆっくりとこちらへ這い出て来た。

 群青色の肌、黒く禍々しい角と羽、全てを切り裂けそうな長く太い爪、鋭い眼光、二メートルを優に超える巨躯。

 

「……初めましてですね、橘エル君」

 

 見た目に反して、好青年のような声をしていた。

 おどろおどろしい見た目とは裏腹に、どこか神々しさすら感じるその悪魔に、俺は返答を忘れ、只々圧倒されていた。


「せっかく呼ばれたから来たんですが……何も話してくれないのなら、帰りましょうかね」


「あ、すまん! あまりにも非現実的な体験で我を忘れてた」


 俺はハッとして咳払いをすると、目の前の悪魔の顔をしっかりと見て話す。


「それで呼び出した要件なんだが……」


「あぁ、それは言わなくても結構です。このままでは人生ハードモードすぎて、藁でも悪魔でもいいからすがりたいのでしょう?」


「な、何故それを……?」


 そういえばさっき俺を【橘エル】と呼んでいたな。

 この世界ではエル・タチバナと名乗っている。

 何故だか分からないが、この悪魔は俺の事をかなり知っているらしい。

 まあこの際、話が早くて助かる。


「頼む、俺に力を貸してくれ」


「もちろんです。その為にわざわざ次元の壁を破壊してまでここに来たのですから」


 わざわざ次元の壁を破壊?

 俺に召喚された身だろ?

 何故?

 少し引っかかるがこの際それはどうでもいい。

 

 俺はおずおずと口を開くと。


「それで契約の対価なんだが……」


 問題はこれだ。

 今の俺に、対価を払えるだろうか。

 寿命十年とかで許してもらえないかな。


 なんて考えていると、俺の発言に被せるようにその悪魔は口を開いた。


「私を退屈させないでください」


 思わぬ返答に俺の脳は一瞬混乱する。

 ……退屈させない?


「……毎日一芸披露でもすればいいのか?」


「いえ、普段通りにしてもらえれば大丈夫です」


「まあ確かに退屈はしないだろうな……」


 生きている限り頻繁に何かに巻き込まれるんだからな。

 あまりにもスムーズに話が進みすぎて一抹を不安を抱えつつも、俺はその条件を承諾した。

 

「では契約成立ですね。さて、この容姿では人間達に驚かれてしまいます。何か希望の容姿があれば、その容姿へと変身しますが?」


「そんな事できるのか。……特に無いな。適当に変身してくれ」


「分かりました」


 一瞬悪魔の体が光ったかと思うと、おどろおどろしい姿はどこへやら。

 目の前には可愛らしい茶髪のメイドが立っていた。


「では主人様あるじさま、行きましょうか。今日はどちらに行くご予定で?」


 声も可愛らしい、見た目相応の女の声になっていた。


「……ちょっと待ってくれ。なんでメイドなんだ」


「好きでしょう? メイド。主人様と私は主従関係にあるので、丁度良いかと」


「中身が悪魔じゃなけりゃ完璧なんだがな。じゃなくて! 結局目を引く格好してるじゃないか! 貴族でもないのにメイドと一緒に街中歩くとかゴメンだぞ!」


「ふむ、ではこれで」


 悪魔が再び変身する。


「……なんで学校の制服?」


「だって主人様、こういう服好きでしょう?」


「……まあこれならメイド服よりはマシ……か。あと主人様って呼ぶのはやめてくれ。エルでいい。呼び捨てでな」


「分かりました。エル」


「よし。えーと、お前の事はなんて呼べばいい?」


「……ルシフと呼んでください。ルシアやルーシーでもいいです」


「じゃあルシアで。まだチェックアウトまで時間があるから少し質問していいか?」


「どうぞご自由に」


「お前は俺の事について、どこまで知っているんだ? 記憶を失う前……前世の俺の事について、何か知っているか?」


「……いいえ、知っているのはこの世界に来てからの貴方だけです」


 一瞬見られた僅かな動揺、表情の歪み。


 確信した。

 こいつ、前世の俺の事を知っている。


「……そうか。じゃあとりあえず、今日はドブさらいの依頼をするから手伝ってくれ」


 その言葉に対し、ルシアは明らかに嫌そうな顔をした。


「よりによってドブさらいですか……。そもそも依頼なんて受けている暇、あるんですか?」


「流石に宿無しはしんどいからな。最低でもあと五日分の食費と宿賃は稼いでおきたい」


「エルは街の外に出れないですし、致し方ありませんね……」


 ◆


 宿のチェックアウトを済ませた俺達は、依頼を受けるためにギルドへと向かっていた。


「そういえばルシア、お前って何が出来るんだ?」


「補助魔法等ならある程度は使えると思います」


「思います? 辺り一体を吹っ飛ばす威力の攻撃魔法とかは撃てないのか?」


「悪魔が現世で力を発揮すると、主に契約者の生命力を消費します。消費しすぎると契約者は廃人と化します」


 何それ怖い!


 ルシアは俺から顔を逸らし、感情を読み取れないほど棒読みで言った。


「エル、あなたは自分の生命力に自信がありますか?」


「……ないですね」


 魔物や盗賊など、自分の命を脅かす存在が跋扈ばっこするこの異世界で生き抜いてきた人達ならともかく、平和ボケした日本人である俺の生命力が強い訳がない。


「どれだけ契約者の生命力を消費するかは、その悪魔の技量にもよりますね。まあ、私はとても優秀な悪魔なので、簡単な補助魔法程度ならエルにほとんど負担をかけず、使用することができますよ」


 少し自慢げに話すルシア。

 そこまで自信満々なら信用させてもらおう。


「例えばどんな補助魔法が使えるんだ?」


「便利なのでいうと……『千里眼』とかですね。一定の範囲内を見渡せる魔法です」


「へえ、魔法ランクで言うとどれくらいなんだ?」


 この世界には魔法ランクというものが存在する。

 

 ランク0が身体強化。

 ランク1が初級魔法。

 ランク5だと打てるだけで魔法の才があると言われるレベルの魔法。

 ランク10にもなると地形や辺りの生態への甚大な影響が及ぶ、地図を書き直すレベルの魔法。

 ランク11以上は世界崩壊、神々クラス、測定不能。

 という様に、魔法の強さや難易度によってランク付けされている。


「使用者の力量によって見渡せる範囲などが変わるので、私の使う『千里眼』がどれくらいのランクに位置するレベルなのかは分かりませんね」


「そうか……待てよ?! その魔法を使えばペットを探す依頼とか簡単にこなせないか? それどころか他人の家の中も見ることが……その魔法、やばくないか?」


「……何を想像してるか理解したくありませんが、正確には指定範囲を上から見渡す魔法ですので、家の中や地下などは見えませんよ」


「……そっか」


 ルシアがこちらにジト目を向けてくる。


 決してやましいことは考えていなかったが、なんというか……残念だ。

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