表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

01 悲劇の公女

歴史ものですが、ラブストーリーとして読んでいただければ……

結末はビターなので注意

 バイエルン王国、王都ミュンヘン郊外。


 シュタルンベルク湖の(ほとり)に佇むバイエルン公爵が所有するポッセンホーフェン城は、久々の来客に賑わいを見せていた。

 不仲で知られる公爵夫妻も、今日ばかりは揃い、豪華な晩餐の準備が整っていた。

 だが、その喧騒の中で、ヘレーネは心ここにあらずといった様子で、窓辺に佇んでいる。


 秋の冷たい空気が彼女の肩を撫で、微かな震えが体を走る。

 夕焼けに染まる空を見つめる彼女の心は、あの日の記憶に囚われていた。


 オーストリア帝国の若き皇帝、フランツ・ヨーゼフとの見合い──その瞳に映ったのは自分ではなく、妹エリーザベトだった。

 妹の自由奔放さが、厳格な規律で育った青年皇帝の心を掴んだのだ。


 見合い相手から公然と振られたという事実は、ヘレーネの王族の姫(プリンツェシン)としての体面を深く傷つけた。

 欧州中の王室に嫁ぎ先を打診しても、彼女に応える家はどこにもなかった。

 22歳になり適齢期を過ぎた身。

 これから先、静かな余生を送るしかない──そう覚悟していた。


「ヘレーネ公女、こちらにおいででしたか」


 懐かしい声が背後から響いた。

 振り返ると、そこにはトゥルン・ウント・タクシス家の侯世子エルププリンツ、マクシミリアン・アントンが立っていた。


 彼の赤金色の髪は、黄昏の光を受けてまるで炎のように揺らめいていた。

 その凛とした姿に、ヘレーネは幼少期の楽しかった日々が蘇るが、同時に痛みをもたらした。

 思春期を迎えてから、彼はまるで氷をまとったかのように冷ややかに、距離を置いてきたのだから。


 だが、今の彼の翠緑の瞳には、これまでの冷たさとは違う、何か別の決意が宿っているように見えた。


「アントン侯世子」


 アントンはヘレーネに真っすぐに歩み寄り、深く息を吸い込んでから口を開く。

 その瞳の奥に、隠しきれない緊張が浮かんでいる。


「……バイエルン公爵に、貴女との結婚の許可をいただきました」


 アントンの言葉に、ヘレーネの体は固まった。

 嫁ぎ先の宛てがない令嬢にとって、名門と名高いトゥルン・ウント・タクシス侯爵家の世継ぎとの縁談は、まさに願ってもないほどの魅力的な提案だ。

 だが、彼女の胸に広がったのは喜びではなく、戸惑いだった。


「ヘレーネ公女、貴女の了承をいただきたい」


 アントンは落ち着いた声で告げた。

  欧州随一の富豪とも言われるトゥルン・ウント・タクシス家ならば、花嫁候補は選び放題だ。

 彼が本当に自分を望んでいるというのが信じられない。


「……どうして?」


 喉の奥から搾り出すように問いかけた。

 アントンは少し目を伏せ、再びヘレーネを見つめると力強く答えた。


「かねてより貴女をお慕いしております」


 アントンの声は力強く、情熱が込められていた。

 だが、ヘレーネの心は冷静だった。


(嘘よ。そんなはずはない。)


 ヘレーネは心の中で呟いた。

 彼の言葉は甘く優しいが、それを鵜呑みにして心を開くほど、無防備ではない。


 王族と貴族の婚姻は滅多に起こらない。

 だが、傷物となった公爵令嬢ならば、侯爵家でも娶ることができると考えたのではないか。

 妹のエリーザベトがオーストリア皇妃となった今、姉と結婚すれば、オーストリア皇帝の姻戚という地位を得る。

 その計算が働いたに違いない。


 だが、慕っていると宣うアントンは、形だけでも愛情を示そうとしている。

 不仲な両親を見ていると、例え計算ずくの婚姻でも、愛情を示そうと努力する相手ならば、救いがあるように思えた。


 晩餐会は(つつが)なく終わった。

 すでに、求婚者は公爵夫妻の信頼を得ているようだ。

 訪問は頻繁になり、いつしか両親の間に座るアントンの席は、ヘレーネの隣に用意されるようになった。


 やがて、両親の期待に背中を押される形で、ヘレーネはアントンの求婚に頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ