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シャボン玉  作者: 493”
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短編

「シャボン玉」

借りたばかりのマンションのベランダでさっき膨らませた赤い糸付きの風船を掛けてコンビニで買ったシャボン玉をタバコを吸うように吹く。煙みたいなシャボン玉は出ないけど懐かしい匂いと味がした。幼少の頃、間違って吸ったシャボン玉液の味と海浜公園の草のにおい。海は今頃5時を知らせるチャイムを聞きながらサーフィンをしてた人が帰る準備をしてるのだろう。海から見える夕焼けがきれいなはずだ。わたしから見えるのは、知らないビルと会社から居酒屋に向かう会社員だけだ。ベランダに掛けてる赤い風船はずっと首を振ってる。まるでロックを聞く人のように。一人ぼっちのマンションで赤い風船を掛けたベランダでシャボン玉を吹くなんて姿を話したらどんな反応をするのだろう。きっと笑って「楽しそうじゃん」って言うのだろうかそれとも「私もやらせて」って言うのだろうか。わからないな。色鮮やかな色のペンキを黒くなるまで被って冷たい海に沈んで海月みたいにぷかぷか揺られたあいつの気持ちなんてもうわからない。原付きのバイクでいつかあいつの住む竜宮城にでも行けたらいいのに。真珠のリングとりんごの種と手紙を残して行たからまだ行けない。


今日私は海月になる。あの人の待つ部屋には私の生きたシルシがあった。たくさん描いて没になった物語、趣味で作ったお皿、吸わないのにコンビニで買ったタバコの数々そして二人で作った梅酒。海に沈んだら捨ててくれるのかな。そう思いながら私は昔あの人の住んだ海に向かう。深夜だから月と星しか見えない。毛布みたいに温かいあの人と交わした言葉はいつも楽しかった。ビールを飲んだら仕事の愚痴。メロンソーダを飲めば生徒の話。林檎を噛じればモナリザみたいに美しく私には映った。もし長く隣にいられるならきっとりんごの種を植木鉢に埋めて一緒に育てたのかもしれない。本当はそんな人生が良かった。「いってらっしゃい」「おかえり」が毎日言える人生がよかった。けど叶わないから彼女に嘘をついて出て行った。部屋にある植物の本の間に手紙と指輪とりんごの種を挟んでいった。きっといつか気づいてくれる。そしてあの人はきっと私よりもいい人と結婚して幸せになってくれる。医者から長くないと言われた病人の私はあの人の迷惑にならないために今日海に沈んで海月に生まれ変わる。今までの辛い思い出もあの人と過ごした日々も桜散る今日でおさらばだ


あいつの残した手紙にはこんなことが書かれてた。

「季己さんへ

これを読んでるということはわたしが死んだ後林檎のページを開いたということでしょう。まず、居なくなってごめんなさい。居なくなったのは季己さんに迷惑をかけたくなかったからです。頭痛が酷くて病院に行きました。検査を受けた結果脳腫瘍が見られ余命3ヶ月って言われました。入院も考えました。でも季己さんの目の前で死ぬのは怖くてやめました。季己さん知ってた?ある小説家は海で心中して亡くなったりインドでは遺体を川に流してお別れするんだって。きれいだよね。だからあなたのかつて住んだ町の海に沈んで第二の人生を歩むよ。

証より

P.S.

手紙の中に真珠の指輪とりんごの種が入っています。捨ててもいいですしお金に困ったら売ってもいいです。ただ私が季己さんを愛してたことを忘れないでください。」

捨てることも売ることも私にはできなかった。きっと育ててしまう彼が選んだモナリザなのだから。証ちゃんが好きだった赤い風船を毎朝ベランダに掛けて植木鉢に植えたりんごの種に水をやる。シャボン玉は彼の好きな水曜日に吹く。彼の生きる海に届くように遠くへ吹く。

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