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#8 嫉妬

「あ、あの、エルミール、さん?」

「あ? なんだよ!」


 いきなりこれだ。別に何かしでかした覚えもない。なのにエルミールは、まるでこの姿を初めてさらした時のような、あの殺意剥き出しな雰囲気をバンバンと醸し出している。


「いやあ、ほら、約束のゲームだ。駆逐艦内の部屋のゲーム機なんて比較にならないやつがあるって言ってた、あれなんだけど」

「はぁ? それがどうしたってんだよ」


 握った銃の先をゴリゴリと壁に押し当てて、不機嫌そうに少尉を見ている。せっかくいい雰囲気になれたというのに、なんだか分からないが気に障ることをしてしまったらしい。


「あのさ、エルミール。僕、何かやっちゃったのか……な?」

「ったく、呑気な野郎だぜ。紅茶ごときで盛り上がりやがって、あんな色のついただけの水の、どこがいいっていうんだか……」


 なぜかこっちのエルミールは、さっきまで素のエルミールが夢中になっていた紅茶に、いやにケチをつけてくる。よく分からないやつだ、さっきはそれで上機嫌だったじゃないか。それがどうして急に……と、少尉は考えるが、ともかく今は、この機嫌の悪さを何とかするしかない。


「おい、エルミール」

「あんだよ!」

「お前、もしかして、このゲームで僕に負けると思って、怖気づいてるだけなんじゃないのか?」


 少尉が銃を握りしめながら吐いたこの一言が、不機嫌なエルミールをさらに激高させる。


「ああーっ!? なんだとおらぁ!」

「なんだ、やる気か?」

「上等だぁ、二度とそんな口きけねえぐれえボコしてやるぜぇ!!」


 銃を振りかざしながらいきり立つエルミール。この青いドレスのお嬢様が、見た目とは裏腹に怒鳴り散らすその姿に、周囲の人々は驚愕する。そんな注目を浴びつつも、ハインミュラー少尉は冷静にこう言い放った。


「それじゃ、あの化け物を多く撃った方が勝ちだ。簡単なルールだろう」

「おおーっ、受けて立ってやるぜ。泣きを見るのは、てめえの方だぁ!」


 ある意味で、すっかり乗り気になってしまったエルミールを相手に、ゲームが開始される。見た目がお嬢様な御仁が、髪を振り乱して銃を構え、大型のゲーム機の前で絶叫している。


「うおおおぉっ!」


 そして、ゲームは始められた。

 さて、その結果はと言えば、これもまたいつも通りである。


「っしゃあああーっ! 俺の勝ちだぁ!!」


 この状態のエルミールに、ハインミュラー少尉ごときが敵うわけがない。天性の射撃技術を持つエルミール相手に、ダブルどころかひと桁違いのスコアを叩きつけられる。


「へっへっへっ、どうだ、思い知ったか!」

「まだまだ、こいつは初級だぜ。先があるんだ」

「あんだとぉ? この上なら勝てるってか。ならば俺は、地獄の底まで相手してやるぜ!」


 よし、機嫌がよくなった。少尉の思惑通りだ。こちらのエルミールは、自身が勝利することで快感を得ている。短い付き合いだが、ハインミュラー少尉はこの暴走お嬢様の嗜好を心得ている。

 むしろ、本来の姿であろう素のエルミールの方が得体が知れない存在だった。それが今日、ようやく掴みどころが見えてきたところだ。少尉としては、大いなる収穫だと感じている。


「いやあ、いい汗かいたぜ! どうよ、俺の強さ、思い知ったか」

「ああ、完敗だよ」

「へっへーっ、まあこの程度のゲームなら楽勝だな。にしても、やっぱりここのゲームってのは派手でいいよなぁ、おい」


 最高レベルを制して、この化け物狙撃ゲームをコンプリートしてしまったエルミールは、満面の笑みで勝利宣言する。そして、その筐体の銃を戻し、手を離す。

 すると、素のエルミールへと戻った。

 が、さっきと様子が違う。


「わ……(わたくし)など、やはり面白みのない女でございます……」


 一転、今度はこっち側が不機嫌になってしまった。どうなってるんだと、少尉はそう思いつつ、エルミールに言う。


「ええと、エルミール。ひと汗かいたことだし、またお茶でもどう?」

「ひと汗かかなければ、お茶など飲む価値がないと、そうおっしゃりたいのですか?」

「いや、まさか」


 なぜまた機嫌を損ねてしまったのか、心当たりのないハインミュラー少尉は戸惑うばかりだ。ともかく、不機嫌なエルミールを連れて、今度は別のカフェへと向かう。

 先ほどよりも、明らかに高価な紅茶が運ばれてくる。すぐ脇には、木々が並ぶ公園があるここは、先ほどの開放的なカフェとは違い、その木漏れ日がつくる穏やかな雰囲気に支配された、ここが軍事施設内にある街だということを忘れさせてしまうほどの厳かな場所だ。

 貴族令嬢ならば満足するであろう場所。にも関わらず、エルミールの機嫌はなおる気配がない。ハインミュラー少尉から目をそらし、外の木々ばかり見ている。


「ええと、エルミール、さん。紅茶が冷めちゃいますよ」


 そう促す少尉の言葉を聞いているのかいないのか。しばらくムスッとした顔で、窓の外を見つめたまま、目を合わせようとしない。が、静寂を打ち破るかのように、エルミールが口を開く。


(わたくし)は、やはりつまらない女なのでしょうか?」


 どうして、そんなことを聞くのか。このこっち側のエルミールの心境変化に面倒臭さを覚えるも、ハインミュラー少尉はこう返す。


「そんなこと、考えたこともないよ」


 するとエルミールが、こう言い出す。


「ですがそれは、もう一方の闊達な方の私に対してでございましょう。紅茶を語るだけの私など、何の価値もないと思われますわ」


 つまり、ゲーム三昧で砲撃の才にも恵まれた暴走エルミールと、今の自分を比べているようだ。なるほど、と、ハインミュラー少尉はようやく不機嫌の理由が見えてきた。


「いや、違うな」

「違うって、先ほどはあれほど喜んで相手していたではありませんか」

「そうだけど、僕はむしろ今のエルミールの方を見ている時間のほうが長いんだよ」


 この一言に、エルミールの頬が少し赤くなる。おもむろに、ひと口だけ紅茶を飲むと、質問を続ける。


「で、では、今の(わたくし)の方が、あなた様の好みの姿である、と?」

「それは違うよ、エルミール」


 この一言で、再びお嬢様の眉間にシワが戻る。


「ど、どういうことですか」

「両方ないと、ダメなんだよ」

「両方、とは?」

「今のエルミールと、射撃レバーを握った時のエルミール、その両方だよ」


 この意外な返答に、エルミール本人はやや不可解な顔をする。そんなお嬢様を前に、ハインミュラー少尉は続ける。


「宇宙広しといえど、これほど両極端な性格を持つ人はいないだろうよ。でも僕は、その両方と通じ合えた。ゲーム好きなエルミールは楽しいし、紅茶に生き甲斐を覚えるエルミールを見るのは嬉しい。それぞれの個性に違った魅力があるから、僕は両方ないとダメなんだよ」


 それを聞いたエルミールは、再び頬を赤らめる。と、そばにあった紅茶をキュッと一口飲むと、ケーキの脇に置かれた小さなフォークを握る。


「おおお、おい、今の話、ほんとにそう思ってんのかよ?」


 どうやら、大人しいエルミールでは返答ができなかった、だからモードチェンジしたようだ。やれやれ、互いに嫉妬し合ってたくせに、こういうときはやけに連携がいい。


「僕は思ったままを言ったまでだ。僕とエルミールは操舵手と砲撃手という、砲撃科で最も大事なペアなんだから、信頼できる相手に出会えたことは幸いだと思っている。これからも、よろしく」


 この少尉の答えに、少し浮かない顔を浮かべるエルミール。


「そうか、砲撃のペア、ねぇ……」


 あれ、また何か変なことを言ったか? エルミールの表情を見て、ハインミュラー少尉は焦る。が、フォークを握ったエルミールは、目前のケーキを大雑把に切り取ると、それを口に運んで食らう。ドレス姿に似合わないその食べっぷりを披露した後、フォークを脇に置いて再びティーカップに持ち帰る。


「まあ、よろしいですわ、今はまだ、今は……」


 そう呟くと、エルミールは静かに紅茶を飲む。周囲も、態度がころころと変わるこの不思議なドレス姿のお嬢様に思わず見入っている。視線の中心にいるエルミールは、カップをソーサーの上に置くと、こう言い出す。


「それにしても、この紅茶は絶品ですわね。混じり気のない茶の味に、ほんのりと香る異国の匂い。(わたくし)、このような紅茶を未だかつて味わったことがありませんわ。どこから取り寄せたお茶なのでしょう?」


 ともかく、機嫌が戻ったようで、再び饒舌な口調で茶を語るエルミールは、店員を呼んで、この茶の由来を聞き出す。さらにケーキを食べる時は再び荒々しい口調に変わり、ハインミュラー少尉にこの後に向かう娯楽施設の話で盛り上がる。極端な2面性を周りに見せつけた後に、再び二人は街へと戻っていく。

 同じ人物が、自身のもう一方の人格を妬むという前代未聞のこの出来事は、ひとまず落ち着いた。しかしこの心情の変化をもたらした少尉は、このお嬢様の両方の人格に根付いたある特別な感情に、まだ気づいてはいない。

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