#6 初陣
『敵艦隊、加速! 我が艦隊の後方に追随しつつあります』
『1210号艦より入電! 全艦、最大戦速! 制限解除!』
『機関室! リミッター解除だ!』
『機関室より艦橋! リミッター解除します、カウントダウン、3……2……1……今!』
猛烈な機関音が響き渡る。上限30分だけ通常の3倍もの推力を出せる制限解除モードを使って、後方にいる敵艦隊を振り切りその後方に回るべく加速を始める味方の艦隊10隻。
「敵艦隊、右側面へ移動中、まもなく後方を捉えます!」
「おそらくは、移動砲撃になるな……いつ砲撃指示があるか分からんぞ。砲撃に備えよ」
「はっ! 待機します!」
ビリビリと響く床と壁、そして座席。機関音などは、大気圏離脱時など比にならないほどの轟音を響かせている。
が、砲撃席に座るエルミールは、正面のモニター一点のみを見つめている。
「くそっ! まだかよ、まだその敵ってのは捉えられねえのかよ!」
ゲーム機のコントローラーから射撃レバーに握り替えたエルミールが、まるで獲物に飢えた猟犬のごとく叫ぶ。
「待て、もうすぐだ、嫌でも出番は来る」
猛犬と化した青色ドレスのお嬢様をなだめつつも、ハインミュラー少尉も自身の担当である操舵レバーを握りつつその攻撃の瞬間を待つ。が、相手もこちらも全力運転。この状態での砲撃など、訓練ですらほとんど経験がない。
射程距離は30万キロ。これほど離れた場所から、しかも光速の数パーセントもの速力で動く相手を射抜くなど、ほとんど不可能に近い。高速道路を全速で走る車の上から細い糸を投げて、側道に立てられた針の穴に通すようなものだ。
だがそれは、牽制にはなる。星系に侵入した敵艦隊を追い払い、二度と近づけないことがこの作戦行動の目的だ。当たる当たらないよりは、敵に驚異を植え付けるための行動、つまり「しつけ」だ。
そのしつけの瞬間が、ついにやってくる。
『艦橋より砲撃管制室! 操縦系を120秒間、管制室へ移す! 移動砲撃、用意!』
「砲撃管制室より艦橋! 砲撃準備よし!」
この砲撃長の返答に、艦橋からは操縦系移行のカウントダウンが始められる。
『操縦系移行3秒前、2……1……今!』
その瞬間、この全長300メートルの艦の動きがハインミュラー少尉の右腕に委ねられる。正面モニター上に映る10個の光点を外すまいと、少尉は揺れるモニター越しに必死にそれを狙い続ける。
「っしゃあ、主砲装填っ!」
横ではエルミールが装填レバーを引く。機関の爆音に混じって、キィーンという装填音が響く。砲撃手のモニター上には、敵艦後方で青白く光る4つの噴出口が映っているが、それが一瞬見えたかと思うと、すぐに外れる。敵が的を絞らせまいと、ランダムな動きでかわしているからだ。やがて9秒が経過しピーッという装填完了音が鳴り、砲撃可能状態になったことを知らせる。
「おいヴェルナー、もうちょい右だ右!」
が、ジグザグに逃げる敵はなかなかモニター上に捉えられない。ハインミュラー少尉は揺れと轟音に集中力をかき消されそうになりながらも、どうにか敵艦を捉えようとしている。
一瞬、敵の艦影が、正面モニターを過る。その瞬間、エルミールが叫ぶ。
「よし、上手えぞヴェルナー!」
この叫び声と共に、エルミールが射撃レバーを引く。機関音よりも大きな爆音が、管制室内に響き渡る。訓練時の砲撃音など問題にならないほどの大きな音。エルミールと少尉の目の前のモニターは、発射されたビーム光にさえぎられて真っ白に変わる。
発射した砲撃は、およそ3秒ほど光り続ける。この間、敵艦を狙おうにも前が全く見えない。当たったのか、それとも派手にかわされたのかどうかすらも見えない。わずか3秒が、長く感じられる。その長い一瞬を超えて、ようやく視界を取り戻す。
「観測員!」
「はっ、待機を!」
普通に考えて、当たるわけがない。それよりも今、この艦のどちらに敵の艦隊がいるのかが問題だ。すぐに艦の向きを変えて、続けて砲撃を撃たなくてはならない。
が、思わぬ報告を、弾着観測員のオトマイヤー中尉から発せられる。
「た、ターゲットの、撃沈確認!」
ほぼゼロパーセントと言われる命中率の移動砲撃にて、何と初弾で命中させてしまった。これは砲撃管制室一同、放心せざるを得ない。
が、その中で一人だけ、殺意をむき出しにしたままの者がいる。
「おいヴェルナー! もっと左に寄せろ!」
まだ戦闘は終わっていない。暴走中のお嬢様の一言にハッとしたハインミュラー少尉は、レバーを大きく左に倒す。
装填レバーを引いて、次弾に備えるエルミールだが、今度もなかなか捉えられない。完了音が鳴り響いた後も、的の中心に敵艦がなかなか入ろうとしない。
思わぬ撃沈で、敵も逃げるのに必死だ。さっきよりも回避運動が激しくなってきた。この一撃ですでに目的は果たされているだろうと思うが、こっちの猟犬はまだ撃ち足りないらしい。次の獲物を捕らえることに躍起だ。
「ああ、クソッ! とろくせえなぁ! もっと右だよ右!」
ただでさえ集中したいところなのに、脇にいる砲撃手がバンバンと叩いてくる。少し静かにしていてくれないかなぁと思うハインミュラー少尉は、どうにか2隻目を捉えた。
「よし、いいぜぇ、来たぁーっ!」
絶叫したまま、青ドレスのエルミールは射撃レバーを引いた。再び、落雷のような音がガガーンと砲撃管制室内にこだまする。モニターは真っ白に染まる。
この白い闇が晴れると、再び弾着観測がもたらされる。
「2隻目の、撃沈を確認!」
わずか2発の内に、2隻を葬ってしまった。これはシールドが効かない後方への砲撃ということもあるが、それにしても、命中率がゼロと言われる移動砲撃で当てることそのものが脅威だ。この二度続けての奇跡の到来に、再び管制室内は歓喜よりも放心の方が勝る。
が、気を取り直して、再び狙いを定める。が、第3射の前に、制限時間の120秒が来てしまう。と同時に、制限を超えて回されていた機関もその制限時間が訪れ、出力が下がる。
『敵艦隊、離れていきます! 距離、33万キロ!』
『1210号艦より入電、このまま敵後方を追撃しつつ、第4戦隊に追い込む、以上です』
敵艦隊発見の報を受けて、第6惑星で合流予定だった第4戦隊およそ300隻がこちらに急行してくる。砲撃開始からおよそ1時間後、残った8隻の敵は、異様な射撃能力を持つ10隻と正面に現れた300隻に阻まれて、ついに降伏する。
「っしゃあ! やったぜぇ!」
作戦終了指示を受けて、ようやくこの管制室内にも歓喜が湧き起こる。たった2隻ではあるが、連合側の星系に懐深く入り込んできた連盟軍を驚愕させるまでに追い込んだこの2発は、彼らに必要以上のトラウマを植え付けたことは間違いない。
「やったな! まさか移動砲撃で敵を、それも2隻も沈めるなんて考えもしなかったぞ」
「へっへぇ、俺にかかりゃ、楽勝だぜこんなもん……」
得意げに語りながら、エルミールはつい射撃レバーから手を離してしまう。すると、あのネガティブな方の性格が顔を出す。
「あ、あわわわわっ、わ、私、本来ならば断頭台送りのはずのこの私が、あろうことか敵の船を、殺めてしまいました……」
ドレスと同様、顔まで真っ青に染めてしまうエルミールに、皆がこう言う。
「大丈夫だって、あっちだってそれを覚悟でやってきてるんだ。気にすることはない」
「それよりもこの後、皆で祝杯と行こうじゃないか」
駆逐艦内には、お酒はない。祝杯と言ってもリンゴやオレンジジュースでの話だが、有頂天な砲撃科の面々はすでにアルコールがもたらす以上のハイな気分に酔いしれている。
「エルミール上等兵」
「は、はい……なんでしょうか」
「これ」
「はい?」
「いいから」
そんなエルミールに、とあるものを手渡すハインミュラー少尉。それを握ったお嬢様は、みるみるうちに顔が紅潮する。
「おっしゃぁ、祝杯だぜ! 飲むぞ飲むぞぉっ!」
「おおーっ!」
少尉が手渡したのは、ここに来るまでずっと持っていたゲーム機のコントローラーだ。こういうものでも握らせておけば、このお嬢様は「豹変」する。今、正気に戻してしまうと反動が大きすぎるため、ともかくこの場はこれで乗り切ろう。そう少尉は考えての行動だ。
少尉にとっても、この二重人格のお嬢様にとっても初陣となったこの戦い。
だが、この報が地上にもたらされることで、少尉はとある人物からの呼び出しを喰らう羽目になる。が、この時の少尉はまだ、それを知らない。今はただ、勝利の喜びに酔いしれるばかりだった。