#20 日常
何度聞いても、無謀過ぎる暗殺計画であった。その後の調べで、ダンピエール公爵の思惑が明らかとなる。
今度の暗殺は、国王陛下のみではなかった。その代理人である摂政のコンベール公爵も、そのターゲットであったことが分かる。
というのも、ダンピエール公爵の狙いは、まさにこの陛下の代理人の座であったからだ。
陛下を亡き者にすれば、王位は息子のエミリアン様に移ることとなる。だが、その際に邪魔となるのは、摂政殿だ。
国王が政務に耐えられぬ幼少の場合に設けられる摂政という役職は、国王陛下の代理人というだけあって絶大だ。つまりは、ダンピエール公爵の狙いとはこの摂政のもつ権力であった。
が、国王陛下が亡くなっても、摂政殿が生きていれば、自身にその摂政の役目は回ってこない。だからこそ、摂政であるコンベール公爵も同時に始末せねば、と考えた。
無論、フォンティーヌ侯爵家の二重人格の娘が、国王陛下の危機を防ぐ存在であることも知っていた。だからこそ、処刑命令書を偽造し、まずこの娘を片付けようと考えた。が、それがかわされると、今度は直接、その娘を消そうと企む。それがあの公園で起こった、エルミール暗殺未遂事件である。
で、今回、その娘と陛下、摂政の三人が同時に集う場面があると知る。そこで、予め訓練を受けさせておいた自身の侍従頭にあの黒塗りの人型重機を操縦させて、ビームを放たせた。
ダンピエール公爵の誤算は、あの攻撃を防がれてしまった、ということだ。まさかあれを防ぐ手段があろうなど、想像すらしなかったようだ。
その後、侍従頭の操る人型重機は、あっさりと活動停止される。にわか訓練を受けただけの侍従頭が、本業の重機パイロットにかなうわけもない。結果、侍従頭も取り押さえられる。
もっとも、この作戦はまさに紙一重だった。現に、避けられなかった者もいる。
にしても、だ。人型重機まで繰り出しての暗殺とは、いくらなんでも大胆過ぎはしないか? あれを持ち出した時点で、犯人が誰かバレそうなものである。ところがダンピエール公爵は、陛下暗殺のどさくさでごまかせるものと思っていたようだ。
最初は緻密に計画を進めていたようだが、最後はあまりにも雑過ぎた。ダンピエール公爵自身が高齢であり、それほど長く政務につける身ではないとの焦りから、拙速な手に出たものと考えられる。
が、この元宰相の最期は、実におぞましいものであった。
それこそ、駆逐艦1203号艦に来たばかりのエルミールが盛んに口にしていた「断頭台」に、その元宰相が上がることになったのである。
この王国での断頭台の処刑方法は、実に残虐だ。普通は処刑人に目隠しをした上で、下向きにして執行するものだが、ここは目隠しもせず、かつ断頭台の刃が処刑人にも見えるよう、上向きに据えられる。
つまり元宰相は、迫りくるギロチンの刃を眺めながら、その最期の時を迎えたということになる。その絶望感は、いかばかりのものか。
そんな元宰相の処刑から、3か月ほどが経過した。
国王陛下の危機は去り、ここロレーヌ王国の王都トゥルーゼには、平穏な日々が続いている。
そして、ハインミュラー少尉とエルミールにも、平穏な日が……
「おらおらぁ! そこだっ! っしゃあ、俺の勝ちだぁ!」
そうだった、そういえばそのエルミールだが、相変わらず二重人格のままである。ご覧の通り、オフィーリアは健在だ。
おかしいな、国王陛下の危機に対して現れるとされるはずのこの人格が消えない。これはどういうことなのか? まさか、まだ陛下の危機は消え去ってはいないということなのか、それとも単にこの人格は一度見についたら一生、離れられないというだけのことなのだろうか。
「ああ、もう、悔しいですわ! もう一回、やりますわよ」
「おう、望むところだぜ」
そんなオフィーリアの相手をしているのは、例の公爵令嬢、シャルリーヌ嬢だ。最近、エルミールのところにやってきては入り浸り、そしてオフィーリア相手に負け続けている。
その脇には、あのメイドが静かに立っている。聞けばこのメイド、ただのメイドではなく、相当な訓練を受けた人物とのことだ。元は貧民だったが、貧民街でスリを働いたところをこの令嬢に見られ、その素早く無駄のない動きに感銘を受けた令嬢がそのまま屋敷に連れ帰り、専属のメイドとしたとのことだ。どおりであの時、あれだけの動きができたのか。少尉は納得する。
「ああもう、こうなったらジョエル、仇を取って頂戴」
「はっ、シャルリーヌ様」
「ああーっ!? またメイドを使うのかよ」
「私とジョエルは異体同心、そのジョエルを相手にするということは、私を相手にすることなのですわよ」
「無茶苦茶言うなぁ、おい」
で、相手がメイドに変わった途端、オフィーリアは負け始める。それを見てほくそ笑む、性格の悪い公爵令嬢がいる。
ところで、ここはあの宿舎ではない。ここは貴族街の外れにある、小さなお屋敷だ。
実はあの後、ハインミュラー少尉は国王陛下の危機を救った者として、準男爵位を受けることになった。最下級とはいえ、貴族である。それゆえに貴族の屋敷をもらい受けて、そこに住んでいる。
小さな屋敷と言っても、6つの部屋を持つ二階建ての建物に、人型重機くらいなら楽に着地できるほどの中庭がある、そんなお屋敷だ。宿舎の部屋と比べたら、はるかに大きい。そこに小型の核融合発電機を置き、電化した屋敷の中で少尉とエルミールは住んでいる。
そんなエルミールだが、すでにハインミュラー少尉との婚約が決まっている。
駆逐艦1203号艦の砲撃科の相棒であること、先の陛下暗殺未遂事件の解決をエルミールと共に行ったことももちろんだが、あのエルミールとまともに話ができる相手というのが、その婚約者としての資格を得たもっとも大きな理由だ。
こんな両極端な性格を持ち合わせた令嬢など、並みの貴族ではもてあます。そんなところに、都合よく貴族となった相性のいい男がいる。
「がーっ、負けたぁ!」
「まだまだ、始まったばかりでございますよ、エルミール様」
「おいメイド、まだやるつもりかよ」
ということで、このままエルミールと共に暮らすこととなった。運がいいのか、悪いのか。ゲームに没頭するオフィーリアを眺めながら、ハインミュラー少尉は思う。
「ところで、ザントライユ准男爵殿」
不意にシャルリーヌ嬢がハインミュラー少尉に声をかける。この「ザントライユ」とは、ハインミュラー少尉の準男爵の位と同時に賜った姓である。
「は、はい、なんでしょう?」
「あなた、分かってるんでしょうね」
「は?」
まるで脅しのような一言を投げかけるこのお嬢様。だが、ハインミュラー少尉は何のことだか分かっていない。
「何をとぼけているのです! 私、先日あなたにお願いしたではありませんか!」
「ああ、あれのことですか。なんだ、それならそうと……」
「何を言い訳しているのです、それでも陛下を御守りした英雄の端くれですか!」
いちいち手厳しいお嬢様だ。そんな曖昧な物言いで察するやつはいないだろう。などと思いながら、ハインミュラー少尉は別の部屋へ行き、ある袋を持ち込む。
「はい、これですよ」
「ふむ、ちゃんと用意しているではありませんか。どれどれ……」
などとほくそ笑みつつ袋を覗く赤ドレスの公爵令嬢は、その中身に満足したのか、その笑みをさらに増す。
「さすがは英雄の端くれですわね。次も、頼みますわね」
まるで怪しいモノの取引でもしているかのようであるが、何のことはない、中身はただのゲームソフトだ。
ここのショッピングモールでは、最新版のソフトが手に入るようになるまで時間がかかる。が、戦艦レオポルド・プリムスの中の街なら、ここよりは早く手に入れることができる。つまり、この袋の中身とは、この星ではまだ手に入れることができないゲームソフトである。
レアモノを好むというのは、貴族特有の感情だろうか。どうやらこの令嬢、取り巻きの貴族令嬢にもゲームを勧めており、彼女らを屋敷の招いては、最新版のゲームを見せびらかすこともしているらしい。いかにも貴族らしい、いやらしい趣味だ。
そんな公爵令嬢が帰ると、屋敷はただ二人だけになる。侍従やメイドを雇うほどの財力もなく、また理由もない。掃除は自動掃除機が行い、洗濯も洗濯ロボットが、そして調理は調理ロボットがやってくれる。6つもある部屋も、その多くは持て余しているのが現状だ。
そんな中で、ぼーっと二人、テレビを眺める。王国でようやく始まったローカル番組を、二人は眺めていた。そこには、宰相になったばかりのダンボワーズ公爵が、宇宙艦隊総司令官であるリーゼンフェルト大将と並んでいる姿が映る。
が、特に大きな事件などは起きていない。貧民街の再開発、全長10キロの大型民間船の入港の様子、隣国との同盟交渉の成立など、この星の変わりゆく様を報じる内容のニュースがほとんどだ。
そんなニュースを眺めながら、ハインミュラー少尉はふと思う。
エルミールとの出会いは、唐突だった。その後のオフィーリアとしての戦果、そしてあの授与式の出来事、今思えば、あの一連の流れはすべて、つながっている。
ということは、だ。エルミール、オフィーリアは、このすべての出来事を予め知りえた上で駆逐艦1203号艦に現れ、そして陛下をお守りしたのではないか?
だいたい、授与式などは艦隊戦での勝利があってのことだ。あれがなければ、陛下との接触などあり得なかった。にしても、陛下を守るにしてはあまりにも遠回り過ぎる方法ではないか?
ここに至るまで、行き当たりばったり、運任せな要素が多過ぎる気がする。だが、あらかじめ決められた道を知っていれば、この大回りな手段も納得である。もちろんエルミール本人にはその自覚はないものの、無意識のうちにその「決められた」未来に従って動いていたのではないか、と。
そして少尉までもが、その一つの流れの中に組み込まれていた。少尉がいなければ、陛下を撃ったあのビーム攻撃を避けることはできなかったことは間違いない。ますますもって、このオフィーリアの持つ先読みの力は侮れない。そう少尉は感じる。
もっとも、当のオフィーリアはといえばゲーム好きの、しかし砲撃の才のあるガサツな性格の令嬢にしか見えない。そして、何も握っていないときは、エルミールという気弱でややネガティブな人格、いや、こちらの方が本来の人格なのだが、そんないかにも貴族令嬢といった風格の人物が姿を現す。
そんなエルミールはといえば、テレビを眺めつつも、なぜか心ここに在らずといった感じで、頬を赤く染めながらもじもじとしている。控えめ過ぎて、何か言いたいことがあってもなかなか口に出さないエルミールは、時としてオフィーリアの力を借りて、自身の主張をすることがある。
が、この時は敢えて、オフィーリアの力を借りず、勇気を出してきた。
「ヴェ、ヴェルナー様」
まあ、この時点でだいたい、何を求めているか少尉にも分かっていた。が、少尉は敢えてじらすようにこう聞き返す。
「どうしたんだい、エルミール?」
するとエルミールは、ますます赤く染まる頬を手で覆い隠しながら、言葉を絞り出す。
「わ、私を、寝台につれてって……」