#19 正体
光は一直線に、少尉のところへと向かう。
この光は、哨戒機や人型重機に搭載される、口径10センチの中型のビーム砲から発射されるものと同じだ。少尉は、そう察する。
もちろん、携帯シールドがこれを直に受け止めることなど不可能だが、少尉はそのシールドを斜めに傾けて受け止める。
するとビームは、この弱いシールドで方向を変えて弾かれる。装甲板を斜めに傾け、攻撃を受け流す「避弾経始」と呼ばれる防御法を用いたのだが、弾かれたビーム光は、玉座の直上辺りに着弾する。
「な、何ごとか!?」
倒された摂政殿が頭を上げつつ、辺りを見回す。すると、そばに立つ従臣を見て驚愕する。
従臣の首から上が、無くなっている。先ほどの弾かれたビームが、立っていた従臣の首を貫いた。すでに物言わぬその従臣の姿は、玉座の上にいる者たちをゾッとさせる。
「も、申し訳ありません! 陛下を押し倒すなど、なんという畏れ多きことを……」
「い、いや、案ずるな。そなたが余を押し倒さねば、余もああなっておった」
と、国王陛下は、頭が飛ばされた摂政殿の従臣を指差す。それはつまり、頭一つの高さ違いが生死を分けたことを意味している。。
この玉座で起きた想定外の出来事に、貴族らは騒然とする。周囲にいた衛兵らが、陛下とエルミールを取り囲む。
が、危機はまだ、去ってはいない。
天井がバリバリと音を立てて引き裂かれる音が響く。何かが飛び込んでくる。それは黒色に塗装された人型の機械。人型重機だということは、すぐに分かった。
といっても、現れたのは民間向けではない。右腕にビーム砲を備えた軍用のそれだ。降り立った人型重機はあたりを見渡すように少し左右に振れると、国王陛下を守る衛兵の集団を捉える。その集団にビーム砲を向ける。
あれが、さっき青い光を放ったものの正体であると知るが、それを至近距離で放とうとしている。まさに絶体絶命の危機。が、ここで、もう一つの「仕掛け」が発動する。
黒い重機によって開けられた天井の穴から、もう一体の人型重機が飛び込んできた。白っぽいその重機は、飛び込むなり黒い重機の持つビーム砲を、その手に持ったビーム・カッターで切り落とす。
『1203号艦所属、人型重機パイロット、クレーマン少尉!』
と、そこで白い重機は名乗りを上げると、黒い重機の背中に付いたバックパックにビーム・カッターを突き刺す。すると、黒い重機はたちまちのうちに、その活動を停止する。
実は、これらの出来事が起こるであろうことを、ハインミュラー少尉は予め「オフィーリア」より聞かされていた。
前日に、いつものようにゲームにうつつを抜かしていたオフィーリアが、急に手を止めて少尉の方を向く。
「どうした、エルミール」
いつものエルミール、いや、オフィーリアではない。こいつがゲームを中断するなど、あり得ないことだ。
「おいヴェルナー。明日の授与式だけどよ、多分俺は、国王陛下を押し倒すわ」
「はぁ!? 何言ってんだ、お前」
「何か知らねえけどよ、青白い光が飛んでくるんだよ。で、おめえにその光を弾き飛ばしてほしいんだが」
「何だそりゃ。弾き飛ばすって、どういうことだよ」
「でよ、まだそれじゃ終わらねえんだ。今度は、黒い巨人が飛び込んでくるみてえでさ」
「巨人って……この星には、そういう化け物がいるのか?」
「そんなんじゃねえよ。駆逐艦にもあっただろう、あのイザークとかいう男が操るっていう、あれが」
「ああ、人型重機のことか。で、それが授与式の会場に、飛び込んでくると?」
「そうなんだよ。俺はどうにか陛下を守るけどよ、おめえにはその青い光と黒い巨人を、どうにかしてもらいたいんだよ」
それを聞いた少尉は、起こるべき事態を察した。そこで総司令部に相談し、クレーマン少尉をも巻き込んでの陛下護衛作戦が開始された。
で、実際にそれが起きてしまった。オフィーリアの言う通りだった。が、問題はこれが誰の差し金なのか、ということだ。
しかし、この時点でハインミュラー少尉には、大体察しがついていた。というのも元々、容疑者は二人だった。が、そのうちの一人は今、まさに殺されかけたところだ。まさか自身の命を危うくするようなことを企むはずがない。となると、容疑者はあと一人しかいない。
だが、証拠はない。この事件を未然に防止する方法もあったが、その場合は真犯人は明らかにならず、次の手を打ってくる可能性がある。だから、危険を承知で敢えてこの事件を実行させた。
そして、その真犯人につながる証拠が、まさに目の前にある。
ガリガリと音を立てて、クレーマン少尉の重機によって黒い重機のコックピットのハッチが開かれる。中からは、白髪交じりの男が姿を表す。
それを見たフォンティーヌ家当主のレオナール殿が叫ぶ。
「こやつは、ダンピエール公爵家の侍従頭ではないか!」
これが、決定的な証拠となる。それは宰相であるダンピエール公爵が、陛下暗殺の黒幕であると判明した瞬間だった。黒い重機の中の男は叫ぶ。
「お、御館様、お逃げください!」
すると、その場から走り去ろうとする貴族が一人、この大広間の奥の扉へと向かっているのが見える。だが、その貴族の前に立ちはだかる者がいる。
「おや、ダンピエール公爵様、どこへ参られるのですか?」
赤い扇子に、赤ドレスの令嬢が、逃亡を図るダンピエール公爵を足止めする。
「ええい、どけっ!」
公爵はその令嬢を押しのけて、扉へと向かおうとする。が、この令嬢はその腕をつかむ。
「ジョエル!」
「はっ、シャルリーヌ様!」
するとその令嬢のメイドが背後から現れて、ダンピエール公爵のもう一方の腕をつかむと、それを背中に回しつつのしかかる。
「ぐはっ!」
シャルリーヌ嬢とそのメイドによって、陛下暗殺を企む犯人は捕まった。衛兵に引き渡されたダンピエール公爵は、大広間より連れ出される。
こうして、国王陛下の危機は去った。
「いや、あの伝説は真であったな」
その後に行われた社交界で、国王陛下であるギヨーレム三世がレオナール殿とエルミール、そしてハインミュラー少尉にこう告げる。
この社交界も中止が検討されたが、危機は去り、さらにここで社交界まで中止をすれば、暗殺犯の思うつぼである。ということで、社交界はそのまま行われた。
が、摂政のコンベール公爵は社交界の出席を辞退する。唯一の犠牲者となった忠臣の死にショックを受けて、喪に服するとのことであった。こればかりは、オフィーリアは救えなかった。
逆に言えば、あれだけの攻撃でよく犠牲者が一人で済んだものだ。大勢の貴族も、崩れた天井の破片で数人が軽いけがをして事以外は、特に犠牲者は出ていない。
「はい、おかげさまで今度も、陛下の危機を防ぐことができたこと、フォンティーヌ家の名誉にございます」
「うむ、そうであるな。それにハインミュラー殿よ」
「はっ」
「そなたにも、何らかの礼をせねばならぬな」
「いえ、小官は軍人として、するべきことをしただけです」
謙遜するハインミュラー少尉だが、その様子を見る他の貴族は、陛下の関心を独占されていることが面白くないようで、それに配慮しての言葉でもあった。
しかし、だ。他の貴族らに、ハインミュラー少尉を妬む理由はない。というのも、彼ら自身、あの輪の中に入るべき絶好のチャンスを逃したのだから。
「これは陛下。無事に難を逃れたこと、お慶び申し上げますわ」
その輪の中には、あの高飛車な公爵令嬢、シャルリーヌ嬢もいた。
「うむ、此度のそなたの迅速なる働きで、真の犯人を捕らえることができた。礼を申すぞ」
「もったいないお言葉、ダンボワーズ公爵家の娘として、過分なる名誉にございます」
と、ちゃっかりダンボワーズ公爵家の名前を陛下の記憶に刻む。これで、ダンボワーズ公爵の宰相の座は確実だろう。
犯行を計画し指揮したとされるダンピエール公爵が逃げ出したとき、他の貴族は何もしなかった。唯一、シャルリーヌ嬢のみが宰相殿に立ちはだかった。もし彼女があの場で立ちふさがなくては、宰相殿に逃げられていたかもしれない。
これはいいかえれば、他の貴族にも等しく「英雄」になれるチャンスがあったというのに、みすみすそれを逃してしまったということでもある。それを逃しておいて、功績を成したものをうらやむ資格などあろうはずもない。
「ねえ、ヴェルナー様。こちらなど、とても美味しそうでございますよ」
そんな陛下の労いを受けた後に、並ぶ料理に舌鼓を打つ二人。その場に並ぶのは、ピザやフライドポテト、フライドチキン……なんだ、宇宙からもたらされたものばかりじゃないか。
どうやら国王陛下は、いわゆる「ジャンクフード」にご執心とのことだ。陛下とはいえ、まだ二十歳そこそこの若者だ。こういうものを好むのは、若さゆえであろう。とはいえ、こんな食事にハマって大丈夫かな。少尉は心配になる。
フライドチキンを美味しそうに食べるエルミールを見て、少尉はふと思う。
国王陛下の危機は、去った。が、同時に「オフィーリア」はどうなるのか?
あの二つめの人格は、陛下の危機を救うために生み出されるものだと、そうレオナール殿は話していた。
ということは、危機が去った今、オフィーリアはもう二度と、少尉の前には現れないのだろうか?