#18 招待
「陛下からの、招待状ですか」
「そうだ。昨日、軍司令部に、エルミール殿宛に送られてきた」
「その、何の招待状でしょうか?」
「社交界だ。が、その前に、大広間にてエルミール殿に勲章の授与が行われることになっている」
「えっ、勲章の授与ですか?」
「艦隊一の撃沈率を記録し、地球1053を敵の魔の手が及ぶのを防いだ、しかも、この星の人間としての初の快挙、というのがその授与理由だそうだ」
つまり、エルミールは大罪人から一転、この星の英雄となったのである。もっとも、大罪人であるという事実そのものはなかったのだが、いずれにせよ快挙であることには変わりない。
「えーっ、俺が宮殿に? そりゃあ面倒臭えなぁ」
そんな栄誉ある式典に呼ばれている本人は、ご覧の通り乗り気ではない。
「なぜだ? 陛下直々の勲章授与だぞ、貴族にとっては、名誉なことじゃないのか」
「男ならな。俺は女だぞ、武勇伝を語るような立場じゃねえだろう」
エルミール、いや、オフィーリアはゲームを続けながらそう答える。が、今さら何を言ってるんだ。あれだけ派手に戦っておいて、武勇伝を語るのが恥ずかしいというのか?
それに、こういうのは男女問わず評価されるのが当然だと思うのが、少尉らの星の常識だ。
「それに、いまいち気がのらねえのは、他にも理由があってよ」
「なんだ、他にもあるのか」
「なんていうか、嫌な予感がしててよ。行けば多分、ろくなことにならない気がするんだよ」
なんだそりゃ、そんなことはないだろう。どうして勲章の授与が、ろくなことにならないのか。まったく想像できない。
「ともかくだ、式典に出るのにいつもの青ドレスじゃみっともないだろう。これを気に、礼服を準備しよう」
「えーっ、面倒くせえなぁ」
「今すぐ、ショッピングモールに行くぞ。ほら、早く」
ハインミュラー少尉が急かすと、オフィーリアは嫌々立ち上がる。すっと眉間のシワが消えて、エルミールに戻る。が、オフィーリアの時よりもすごく嫌そうな顔を見せる。そんなお嬢様を連れて、ショッピングモールへと急ぐ。
◇◇◇
「御館様」
王都の貴族街の、とあるお屋敷の中。年老いた侍従の頭らしき者が、暗がりの部屋でたたずむ老齢の男の元へ早歩きで来る。
「フォンティーヌ家の、娘のことであろう」
「は、はい、何でも、陛下より一等勲章の授与が決まったとか」
「まったく、あの星の国の者どもがおらなければ、今ごろは首尾よく娘を、そして陛下をも亡き者にできたであろうに」
「御館様、声が大き過ぎます」
「分かっておる。ここには今、誰もおらぬであろう。そなたと、わしだけだ」
何やら不穏な物言いのこの人物は、爪を噛みながら思考を巡らせている。が、急にハッと何かを思いついたようで、侍従の頭にこう告げる。
「だがこれは、良い機会やも知れぬぞ」
この言葉の意味を、侍従頭は汲み取れない。
「あの、御館様。私には何のことやら、見当もつきませぬが」
「何をいう。授与式となれば、陛下とその娘が一つの場に現れる、ということであろう。いや、それだけではない、あやつもいるはずだ。一網打尽に始末する、良い機会ではないか」
「で、ですが、式場であれば陛下の周りには近衛の者も多く、とても事をなせるとは思えませぬが」
「なあに、それこそ、星の国がもたらしたあれを使えば良いだけではないか。近衛兵など、ひとたまりもないないわ」
「親方様、それはあまりにも危険ではありませんか?」
「危険など承知しておる。が、絶好の機会であるぞ。その後のことなど、どうにでもなるわ」
企みが、静かに進行しようとしている。白髪が目立つこの貴族の当主らしき者は、侍従頭に何かを告げる。それを聞いた侍従頭は、急いで部屋を出る。すでに日が暮れており、人の気配のないこの屋敷の一室で、白髪男は笑みを浮かべる。
◇◇◇
3日が経ち、いよいよ授与式の当日を迎える。タクシーで王都との境界である塀のそばまでやってきたハインミュラー少尉とエルミールは、迎えを待つ。
そういえば、エルミールが塀の外に出る事自体、実に2か月ぶりのことだ。大罪人にされていると思いこんでいたし、何よりも命を狙われていた。警戒心から、陛下の処刑命令書の嘘がバレた後も、塀の外に出ることはなかった。
が、此度はそういうわけには行かない。陛下直々の招待だ。それゆえに、エルミールは塀の外に出ることとなる。
それにしても、どうしてこれほど不便な移動手段に頼らざるを得ないのか。少尉は不満げだ。
此処から先の移動手段だが、それはなんと馬車。広場の方向から、石畳の路上を走る2頭立ての馬車が見えてきた。あれに乗って、宮殿へと向かうこととなる。
もちろん、車で移動することは可能ではあるが、王族、貴族の多くは車という無粋なものが宮殿に横付けするべきではないと、そういう考えがまだはびこっている。ゆえに、ここからは馬車に乗る羽目になる。
少尉とエルミールの前で停まった馬車から、御者が降りてきて馬車の扉を開ける。ひときわ豪華な青ドレスをまとい、青い扇子を持つエルミールが先に乗り込み、続いてハインミュラー少尉も乗り込む。
「やあ、エルミールにハインミュラー殿。久しいな」
中には、フォンティーヌ侯爵家当主であるレオナール殿が乗っていた。
二人が乗り込むと、馬車が走り始める。ガタガタと石畳の路面の凹凸がもろに響く車内では、エルミールが久しぶりに顔を合わせる父親に話しかける。
「お、おう、親父、久しぶりだな……」
あ、そうか、手に扇子を持っているから、今はオフィーリアなんだ。いや、これは敢えてそうしている、といったほうが正しい。もし気弱なエルミールのままで塀の外に出ようものなら、緊張と恐怖のあまり失神しかねない。
そんなオフィーリアなエルミールだが、いつもならばもっとうるさいくらいなのに、まるで貴族令嬢のように大人しい。いや、貴族令嬢だったな。
それほどまでに緊張しているエルミール、いや、オフィーリアだが、それにはいろいろと理由がある。同じ理由で、ハインミュラー少尉も緊張に包まれている。
ともかく、この先で何かが起きる。これだけは確かだ。そのための備えも万全だ。が、この先うまくやれるかどうかは、運次第だ。
「やはり、何が起きるのか?」
その二人の表情を見て、レオナール殿が尋ねる。
「はっ、おそらくは」
「そうか。ならば私も、覚悟するとしよう」
このご当主様は、ただ一言、そう答えるに留める。覚悟という言葉には、様々な意味が重なる。陛下の御身の行く末、そしてエルミールの命だ。前回は、身代わりに命落としたとされているから、今度も無事であるとは限らない。
重い空気に支配された馬車は、まさに宮殿に差し掛かろうとしていた。その宮殿へと続く道には、多くの馬車が並ぶ。皆、国王陛下の招待を受けて集められた貴族のものだ。
100はあるとされる貴族家の多くが、この度の授与式、そしてその後の社交界に出席する。特に後半の社交界は、貴族らにとっては陛下に取り入りアピールできる数少ない場である。武勇や文化的貢献を成せぬ多くの貴族にとって、自身の領地経営が王国にいかに貢献しているかを主張し、チャンスを得る。実際、稀にではあるが、社交界でのやり取りがきっかけで思わぬ貢献をすることになった貴族がおり、その後に高い位に上り詰めたという事例もある。そのわずかな望みに賭けて、王都にとどまる多くの貴族は千載一遇のアピール合戦の場に押し寄せる。
そんな貴族らが、前半の授与式に抱く思いは複雑だ。言ってみればこの授与式とは、フォンティーヌ侯爵家の地位を持ち上げる場、とも映る。野心丸出しの貴族にとって、他家の栄誉など見て快く思うはずもないが、その受け止め方には大きく二つある。
一つは、ただの嫉妬だ。これはもう説明不要であろう。そのままだ。フォンティーヌ家め、上手いことやりやがって、という類いの妬みを抱く。
が、もう一つはこれを、自身のチャンスと見る向きだ。宇宙という得体のしれぬ場が、新たなる栄誉を生み出す開拓地と見る者も少なからずいるようだ。これを機に、宇宙進出に積極的に関わる貴族らも現れることだろう。
そんな様々な思惑を抱く貴族らを乗せた馬車は、次々と宮殿に向かう。
「さて、ここから先の娘の同行役は、ハインミュラー殿に任せるとしよう」
馬車が宮殿前に着くと、レオナール殿が少尉にそう告げる。てっきり父親がエスコートするものだと思っていた少尉は、この言葉に一瞬、面食らう。が、どのみち少尉も陛下の御前に出ることになっているからと、その役を受ける。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
扇子をその場に置き、エルミールに戻た彼女はそっと左手を差し出す。先に馬車を降りた少尉がその左手を取る。その手の薬指には、あのとき贈った「惑星もの」のダイヤの指輪が光る。
そんな二人は、授与式の行われる宮殿大広間へと向かう。
「フォンティーヌ侯爵家、エルミール嬢、並びにハインミュラー殿、ご入場!」
衛兵の叫び声と同時に、大きな扉が開く。赤い絨毯が敷かれたその両側には、貴族らが並ぶ。その合間を、ハインミュラー少尉とエルミールがゆっくりと歩みを進める。
絨毯は置くまで続き、数段高い場所にある玉座まで延びている。その玉座には国王陛下が座り、その左隣には一人の貴族が立っている。あれは摂政のコンベール公爵だ。
その陛下の代理人たる摂政殿の前まで、二人は進む。少尉は一歩下がり、エルミールはその場にてひざまずく。すると摂政殿は手に持った羊皮紙を開くと、それを読み上げる。
「フォンティーヌ侯爵家が次女、エルミールよ。貴殿は此度の星の海での戦いにおいて、多大なる戦果を上げ勝利をもたらし、この王国のみならず、他国をも含む我が大地を敵軍の魔の手より救ったこと、真に賞賛すべき所業であった。その戦果に報いるべく、一等勲章を授与するものとする。国王、ギヨーレム三世」
陛下の名が読み上げられると、貴族らが一斉に拍手が沸き起こる。その拍手の中、エルミールはゆっくりと立ち上がる。その胸に、金色の丸い勲章が摂政殿の手で付けられる。
続いて、摂政殿は小刀のようなものを従臣より受け取ると、それをエルミールに差し出す。勲章と合わせて贈られるそれは、刀というよりは一種の宝具であるのだが、それを両手で受け取るエルミール。
が、それを受け取った瞬間、エルミールは豹変する。
いきなり、摂政殿をバンッと押し倒す。そしてそのまま、国王陛下の座る玉座へと走る。慌てて衛兵らも動くが、エルミール、いやオフィーリアは陛下に取り付くと、その首根っこを掴んで玉座から引きずり落とす。
とんでもない事態が、貴族らの前で起きている。この蛮行を前に唖然とする貴族らをよそに、オフィーリアが叫ぶ。
「ヴェルナー、今だ!」
それを聞いたハインミュラー少尉は玉座の前に立つと、左手首を出す。それは、携帯シールドだ。そのスイッチを、少尉が押した。
その次の瞬間のことだ。
大広間の天井から、青白い光が貫いてきた。