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#17 開店

 ハインミュラー少尉とエルミールは、司令部のあるビルの最上階にある、総司令官室にいた。


「結論から言おう。陛下のあの処刑命令書というものは、存在しない」


 そう断言するリーゼンフェルト大将だが、それにハインミュラー少尉は尋ねる。


「で、では、フォンティーヌ家当主がご覧になったという命令書というのは、何だったのですか?」

「レオナール殿に、その実物を見せてもらったよ。鑑定の結果、それが偽物であることが判明した。無論、陛下はその命令書など出していないし、そのことが公式の文書からも確認されたのだ」


 なんということか。偽物の命令書に、エルミールは今まで振り回されてきたというのか。


「ただ、その命令書だが、一点だけ不可解なことが分かった」

「不可解なこと、ですか?」

「押されていた玉璽、これだけが本物だったのだよ」


 玉璽とは、陛下の命令として出される書類に押される印鑑のことだ。命令書そのものは偽物でも、印鑑だけが本物だったという。


「あの、それは誰かが勝手に玉璽を持ち出して、それを押したということでしょうか?」

「そんな単純なものではない。玉璽はポンポンと押されるような、そんな場所には保管されていない。宮殿のある部屋にて厳重に管理されており、その部屋から持ち出せないように鎖付で保管されている。実際、今もその鎖が切られた様子はないとのことだ」


 そんな厳重に保管されている印鑑に触れられるとは、一体どこの誰が……深まる謎に、少尉は思わず面食らう。


「だが、これでいくつかのことが絞り込める。エルミール殿のあの人格が、陛下に迫る危険を防ぐために現れるのだとすれば、これはエルミール殿を貶め、あわよくば処刑せんがために仕組まれたものだということになる。そしてこの玉璽を用いて命令書を出せる人物は、二人しかいない」

「二人、ですか?」

「そうだ。摂政を務めるコンベール公爵と、宰相のダンピエール公爵。この二人しか、玉璽を扱えないことになっている」


 謎のままに終わると思われたこの話は、むしろその玉璽のおかげで真の犯人が絞り込むこととなる。


「と、いうことは、最近その玉璽を使った者が誰なのかを探れば、おのずと偽の命令書を作った者が特定できる、ということになりませんか?」

「いや、残念ながら、ならない」

「どうしてです? 玉璽を使った履歴は残されているのですよね」

「その通りだが、エルミール殿がこの街に来る前後の、ここひと月ほどの間にその玉璽は百回以上も使われている。使用者も、ほぼ摂政と宰相が半々づつだ。これでは、どちらが偽の命令書に印を押したのかが分からない」


 なんだ、ポンポンと押せるものではないと言いながら、ポンポンと押してるじゃないか。案外いい加減だなぁ、と少尉は思う。


「軍としても、この両者の動向を探ろうと思う。だが、この街の中であればよいが、相手は王都の中だ。こちらとしても、かなり制約がある。どこまで探ることができるのやら……」


 そんな大将閣下のぼやきを聞きながら、二人は司令官室を後にする。


「と、いうことは(わたくし)、王都トゥルーゼに戻っても断頭台の前に立たされることはないと、そういうことなのですね?」


 大罪人から、急に貴族令嬢としての地位を取り戻すことになったエルミール。いや、元々地位を失っていたわけではなかった、ということになる。実際、これを受けてフォンティーヌ家の勘当は解かれ、エルミールは侯爵令嬢に復帰することとなるだろう。

 だが、なればこそ王都には戻れない。黒幕の正体が分からぬ限り、エルミールの身は危険なままだ。

 それを言うなら、陛下も同様だ。エルミールのあの二重人格は、まさに陛下の危機と連動している。言い換えれば、エルミールを消そうとする者と、陛下を亡き者にしようとする者は同一である、ということはほぼ間違いない。しかもその犯人は、摂政か宰相のいずれかであると推察される。

 そこまでわかれば、すぐにでも尻尾を掴めそうに思うのだが、ここからが難航する。当然だが、陛下の御身に危機が迫っているという兆候も証拠もない。ただ、エルミールに2つの人格が現れている、というだけに過ぎない。

 偽の命令書に本物の玉璽を用いてまで、エルミールを追い込もうとするなど、手の込んだ事をする相手だ。迂闊な行動をするとは思えない。

 ところで、この摂政と宰相だが、この2つの役職はいずれもこの王国における最高権力だ。

 摂政とは、国王陛下の代理として、国政を担う役割を持つ者である。これは、今の国王陛下が即位された際、まだ幼少であったことから設けられた役職だ。

 しかし陛下もすでに20歳を超えられ、そろそろこの役目も不要ではと言われ始めている。つまり、摂政を務めるコンベール公爵にとっては、その権威を失う時が迫っていると言える。

 もう一方の宰相だが、こちらは最高クラスの大臣であり、事実上の執政を仕切る役職だ。ここ10年はダンピエール公爵家がそれを担ってきたが、陛下の意向でその座をダンボワーズ公爵家に譲られようとしていた。

 このため、どちらにも国王陛下を暗殺する動機があるといえる。摂政のコンベール公爵にとっては、国王陛下亡き後にまだ1歳の王子を即位させれば、しばらくは摂政の座を確保できる。宰相のダンピエール公爵も、陛下がいなくなればその座を譲らずに済む。

 そういうわけで、再び事態は闇の中へと逆戻りとなる。ここまで来て進展もままならないとは、そう考える軍司令部だが、あちらの政治中枢まで捜索の手を伸ばすこともできず、暗礁に乗り上げたまま、手をこまねいて待つよりほかはない。


 が、この事実を受けて、ハインミュラー少尉とエルミールの行動が変わる。

 それまでは、暗殺を警戒してなるべく宿舎の外に出ないよう制限されていたが、逆に表へ出る事を推奨される。むしろこの二人が動き回ることで、その人物の行動を促そうという作戦だ。


(えっ、それって「おとり」をやれってことじゃないか)


 そう告げられた時、ハインミュラー少尉が密かにそう思ったのは内緒だ。

 もっとも、行動の自由とは言いつつも、行き先は事前に司令部へ連絡するように言われている。また、銃とシールドは常備携帯することになった。多少の不自由さは残る。

 ともかく、この方針の急転換により、二人は街中の至る場所に行けるようにはなった。

 それはちょうど、大型店舗のショッピングモール開店の時期に行われたため、その開店の日に合わせて、二人揃ってショッピングモールへと向かった。


 宮殿よりも、大きな建物だ。地上4階建ての、横広の箱状のそれは、この宇宙港併設の街中のどこからでも見えるほどの存在感がある。

 開店日はちょうど土曜日ということもあって、大勢の人々が詰めかける。ここもビルが立ち並び始め、民間人も増えてきた。先日の戦闘の結果、交易航路の要衝である牡丹星雲の制宙権を確保できたため、今後さらに民間人が増えると予想される。

 中に入ると、どでかい空間がお出迎えだ。4つの階層が丸見えで、それをつなぐエスカレーターが上まで伸びている。

 それを唖然とした表情で見上げる青ドレスのお嬢様。ちなみにこの青いドレスは、新しいものだ。正式に勘当が解かれ、侯爵令嬢に復帰したのに合わせて、送られてきたものである。

 もちろん、普通の青ドレスとは違う。強化繊維を用いており、クロスボウ程度の矢なら貫通できない。そういうドレスだ。

 この吹き抜けの上から狙い撃ち、という可能性を考えたが、さすがにそれは無理だと少尉は思う。人が多すぎるので、その中からエルミールだけを狙うのはまず不可能だ。

 となると、ナイフか何かで直接攻撃を仕掛けてくる可能性の方が高いが、それを事前に察知する仕掛けを、軍はすでに用意している。

 このショッピングモールには、いたるところに監視カメラがある。これらは店内すべての来客者、従業員を顔、服装などで個体識別をするために使われている。

 もしハインミュラー少尉とエルミールをつける輩がいれば、その動きはこの仕組みによって逐一把握される。が、少尉がスマホでその状況を確認するが、今のところ、誰かがつけ回している様子は認められない。

 そんなハイテク技術に支えられながらも、二人は揃って開店したばかりの巨大な市場を巡る。

 エルミールがまず目を留めたのは、紅茶を売る店だ。様々な茶葉が収められた缶や袋の並ぶそのお店に、エルミールが惹かれないはずがない。


「こちらはこの時期限定のお茶でして、バニラの香りにローズの花びら、ストロベリーの味が特徴のフレーバーに……」


 店員に説明を熱心に聞き入るエルミールには、かつてのあの暗いネガティブ雰囲気が消えている。このひと月ほどで、ずいぶんと変わったものだとハインミュラー少尉は思う。

 結局、そのお店では100種類ものティーパックが収められたセットを買うことになった。


「はぁ〜、考えてみれば100種類なんて(わたくし)、飲み比べられるのでしょうか……なぜ、このようにたくさんの紅茶を買ってしまったのでしょう」


 うーん、完全にネガティブ感情が消えたわけではないな。少尉はそんなエルミールに、スマホの画面を見せる。


「ねえ、今度はここ行ってみようよ」


 それは、ここの4階にあるというアミューズメント施設だ。エルミールが好きなゲームがたくさんあるそこを、行かないわけにはいくまい。


「ああ、このような場所があるのですね……」


 と言いながら画面を見入るエルミールは、スマホに触れる。


「グヘヘへ、面白そうだなぁ、おい。早速言ってみようぜぇ!」


 スマホに触れてしまったため、オフィーリアが現れた。態度が急変し、周囲にいた人々の視線が集まる。


「っしゃあ! 俺の勝ちだぁ!」


 さらにそのアミューズメント施設で、大勢の視線を集めることとなる。迫りくる無数のゾンビを倒すゲームの、その銃を片手に絶叫する青ドレスの令嬢は、ただでさえ目立つ格好だと言うのに、この雄叫びでより多くの人々から注目されることとなる。


「あら、やはりエルミールでしたのね」


 と、そこにさらなる注目を集める人物が現れた。シャルリーヌ嬢だ。真っ赤なドレス姿に、例の扇子。さらに一人のメイドを伴って、このアミューズメント場にやってきた。


「おう、やるか?」

「望むところよ」


 この公爵令嬢も、人格こそ変わらないが、見た目とは裏腹になかなかアグレッシブなお方だ。赤と青のドレスをまとった2人が、銃を握ってゾンビ集団を撃ちまくる姿は、なかなかにシュールだ。


「っしゃあ! 俺の勝ちだぁ!」

「ああ! なんであそこで撃てるのよ!」


 ドレス姿のご令嬢二人が、髪を振り乱してやるようなゲームじゃないんだけどなぁ。


「悔しいわね。そうだジョエル、あなた代わりにやりなさいよ」

「はい、お嬢様」


 前回同様、オフィーリアに敗北したシャルリーヌ嬢は、なんとそのゲームを付き添いのメイドに託す。いくらなんでも、無茶だろう。そう少尉は思うが、いざゲームが始まると、このメイドさんはとんでもなく強い。


「あ、おい、ちょっと待て! それは俺の獲物だぞ!」

「お諦め下さい、エルミール様。我が主人(あるじ)の命令ゆえに、譲るわけには参りませんので」


 なんと、オフィーリアよりも強い。あのオフィーリアが押されている。こんな光景は初めてだ。というか、このメイド、ゲームはこれが初めてじゃないのか? とんでもないハイレベルな戦いを見せつけられて、ハインミュラー少尉は唖然とする。


「グハァッ、負けたぁ!」

「オホホホホッ! どうです、我がメイドは?」

「いやおめえ、メイドを使って勝って、どうするんだよ!」


 仁義なき戦いが繰り広げられる。というか、僕ってそんなに弱いのか? レベルが違い過ぎるこの星の人間を前に、自信を失いかける少尉だった。


「さて、平民軍人」

「あの、僕には一応、ヴェルナー・ハインミュラーって名前があるんですが」

「ではハインミュラー、ゲーム機とやらを売っている店に、(わたくし)を案内するのです」


 ひと通り戦い、じゃなくてゲームが終わったところで、ハインミュラー少尉はこの高飛車令嬢に、店内の案内を命じられる。


「っしゃあ! やるぜ!」

「今度こそ、負けませんわよ!」


 ところがこのお嬢様方、そのゲーム機の売り場でも、展示機でバトルを始めてしまう。

 例のメイドは、冷めた目でその様子を伺う。周囲はその姿からは想像もつかない熱狂ぶりにドン引きする。


「ああ、また負けましたわ!」

「だから、言っただろう。俺に勝てるわけねえって」


 そこで3戦ほどしたところで、ようやく 両者は矛を収める。で、シャルリーヌ嬢は目的のゲーム機をゲットして、この4人は揃って近くのカフェに入る。


「ああ、これはローズの香りを基調としつつ、南国の茶葉のような濃厚な味の……」


 さっきまで、ゲームで激戦を繰り広げていた者とは思えないほど、落ち着きのある優雅な態度を見せる。


「ふうん、南国の茶葉かしら? どちらかというと、東方産に近いと思うわよ。ねえ、ジョエル」

「はい、お嬢様」


 この両者の言い分は、どちらが正しいかなど知るはずもない少尉は、ただ手放しに公爵令嬢の言うことに相鎚を打つメイドの存在に少し、不公平感を覚える。

 かといって、少尉が反論したところで、この令嬢は否定するだけだろう。そう思った少尉は、エルミールにスッとフォークを握らせる。


「はぁ!? おめえの舌は革製かよ。東方のものが、こんなに芳醇なわけねえだろ」

「な、なんですって!?」

「俺んとこの親父の領地でも茶葉を作ってるからわかるんだよ。こいつは、南方の味だぜ」

「ぐぬぬ……」


 オフィーリアにすれば、なぜかこの公爵令嬢相手に無敵モードに変わる。さすがのあのメイドも、茶葉に関してはそれほど知識があるわけではなく、ただ黙ってそのやり取りを見守るばかりだ。


「そ、そんなことより、エルミール、あなたその侯爵家には、いつ戻るつもりなのよ。いつまで、この平民と一緒に暮らすおつもり?」


 なので、シャルリーヌ嬢は話をそらすべく、こう切り替えしてきた。少尉はそこでふと、エルミールの勘当が解かれたことを思い出す。

 そうだった、エルミールはもはやここで暮らさなくてはならない理由はないんだ。今は見えない事件を解決したら、エルミールは実家に戻ることになるのだろうか。

 それはエルミールも同じ思いだろうが、オフィーリアの口を利用して、その場はこう答えるにとどめた。


「さあな、まあ、そん時はそん時だ」


 いつまで僕は、エルミールと一緒にいられるのだろう。そもそも、エルミールの命、そして陛下すらも狙っている黒幕が動き出すのは一体、いつのことだろうか。見えない未来に、ハインミュラー少尉は不安ともどかしさを覚えつつも、その日が訪れた時の覚悟をしたほうが良いと考え始めていた。

 だがその時が、意外と早くやってくる。

 きっかけは、エルミール宛に届いた、一通の招待状だった。

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[良い点] 摂政と宰相、そんな露骨にバレバレなこと、…権力絡むとやりかねんな(;´∀`) [気になる点] ジョエルさん、何者?!貴族令嬢のお付きだから只者ではないのだろうが… まさか“フローレンシアの…
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