#16 来客
「へぇ~っ、いくら安価な惑星ものだからって、それをサクッと左手薬指にはめちゃうなんて、少尉殿も案外、大胆ですねぇ」
駆逐艦に戻り、ハルツハイム兵曹長からこれ見よがしにからかわれるハインミュラー少尉だが、少尉自身はその意味を知らずにやってしまった。が、青色ドレスのお嬢様は、もうすでにその気だ。
「ほんとだよ、大胆だよなぁ。俺もビビッちまったぜ。いきなり左手の指に指輪をはめてきたんだよ。ほれ、これが証拠だ、言い逃れはできねえぜ」
右手にはハンバーグを突き刺したフォーク、左手はあの指輪。それを見せびらかしながら、半ば脅しのように迫るオフィーリアに、少尉は困惑する。
「いや、もちろん、ふざけていたわけではないのだが……なんていうかな、あの時はそれほど深く考えてなくてだな」
「ああ? するとなにか、俺のことを軽い女だと、そう見てるって言いたいのかよ?」
「そうだそうだ! エルミールちゃん、もっと言ってやれ!」
ハルツハイム兵曹長の援護を受けながら、攻めるオフィーリア。しかしこいつ、人格が変わったというのに、やけに素のエルミールの味方をする。以前は互いに嫉妬し合ってたじゃないか。
「おいおい、ヴェルナーよ。おめえまさか、このお嬢様との将来も考えずに同居してたのかよ」
そこに新たにもう一人が加わる。ハインミュラー少尉と同期の、クレーマン少尉だ。
「人聞きの悪いことを言うやつだな、イザークよ。僕はそんなに薄情な男じゃないぞ」
「だったら認めてやれよ。カフェで永遠の愛を誓い、これから先もこのお嬢様を一生大事にするってよ」
「あ? 誰だおめえは」
「おっと、そういえば、お初にお目にかかります。俺、いや、小官は人型重機パイロットの、クレーマン少尉って言いますよ、お嬢様」
「そのクレーマンが、どうしてヴェルナーとため口なんだよ」
「こいつとは、同じ日にこの艦に配属された者同士、いわば同期ってやつなんですよ、エルミールお嬢様」
「へぇ、そうだったのかよ。そんなやつがこの船にいたのか」
それを聞いたオフィーリアは、フォークの先に刺さったハンバーグに食らいつくとそれをごくっと飲み込み、フォークを皿の上に置く。そして両手を揃えて軽く会釈しながら、その同期のパイロットにこう告げる。
「お初にお目にかかります、私はフォンティーヌ侯爵家が次女の、エルミール・ラ・フォンティーヌと申します。以後、お見知りおきを」
急に態度が180度変わったこのお嬢様に一瞬、圧倒されるクレーマン少尉。噂に聞いて知ってはいても、初見ではその実物の持つギャップの大きさに驚愕せざるを得ない。
「はぁ~、さすがは噂に聞く悪魔的女神様だぜ」
この悪魔的という言葉を聞いて、一瞬、眉をひそめるエルミールだが、この状態のエルミールは言い返すことはしない。ただ、少し鋭い目つきでこの失礼極まりない士官を睨み返すだけだ。
「っしゃあ! また勝ったぞ!」
そんな食堂のやり取りはあったが、部屋に戻ればいつも通りだ。新作のゲームに、すっかり虜になったオフィーリアが、ハインミュラー少尉を打ち負かして勝利の雄たけびを上げている。
「しかし、どうしてこんな複雑な動きのゲームなのに、これほど短時間の内に順応するんだよ」
「だから言ってるだろ、俺が天才だからだよ」
図々しさ極まりない回答だが、事実だから仕方がない。でもまあ、それでさっきの指輪の件を忘れてくれているのなら、その方が少尉にとって都合がいい。
「あーっ、よく遊んだぜぇ! 今日はこれぐらいで勘弁しといてやらぁな。さてと……」
かれこれ3時間くらいはプレイし続けて、さすがのオフィーリアも満足したようだ。コントローラーをベッドの脇へと置き、素のエルミールが姿を現す。
「で、もちろん、この指輪の誓いの通りになさるのですわよね」
ところが、今はオフィーリアよりもこちらの方が遥かに「悪魔的」だった。うっとりとした目で少尉を見つめ、左手薬指の上で輝く石を見せびらかしながら、少尉に迫る。
まるで猫に睨まれたネズミのように、逃れる術を失うハインミュラー少尉。性格がポジティブ寄りになってきたのはいいが、むしろ素のエルミールの方が、危険度が増してるんじゃないか? そう感じる少尉だった。
その石の持つ価値以上の何かを得たエルミールを乗せて、駆逐艦1203号艦は一路、地球1053へ向かっていた。それから数時間後、この艦はトゥルーゼ港に着陸を果たす。
「ヴェルナー様、これも買っていきましょう」
宇宙港ロビーにある売店で、お土産をせがむエルミール。左手の指の上で光るその石を見せつけながら、ハインミュラー少尉に自身の欲求を迫る。
以前の素のエルミールならば、これほど積極的ではなかった。ハインミュラー少尉という存在によって、彼女は間違いなく前向きに変わり始めているのは確かだ。特に、左手薬指に光るあれを手に入れてからは。
それから、宇宙港のレストランに寄る、宿舎の1階にある仮設市場での買い物といういつものルーティンをこなす。
「おや、久しぶりだねぇ。やっと帰ってきたのかい」
「え、ええ、はい、まあ……」
「今度の戦いじゃ、大活躍だったそうじゃないか」
そしていつものように、ここのおばさん店員に話しかけられる。未だエルミールは、この人懐っこいおばさんには慣れないが、まあ、あと10日ほど会えば、馴染んでくるのではないか。そう少尉は考えていた。
が、そこまでの時間が残されていないことを、ハインミュラー少尉はこの店員から知る。
「えっ、あと3日でここ、閉店するんですか!?」
驚くべき事実を知る。ここはあと3日で、撤去されることに決まったそうだ。跡地には、コンビニが入るとも聞かされるが、規模はずっと縮小される。
「そうだよ。で、5日後には、いよいよショッピングモールが開店するのさ」
この街のど真ん中に、宮殿よりも遥かに大きな箱状の建物が建設されていた。それの正体がショッピングモールだ。もちろん、ここと宇宙港の仮設市場はその大型商業施設ができるまでのつなぎとして設けられていたのは知っていたが、予想以上に早くあれが開店することに驚く。
「そ、それでは、店員さんはどこに?」
「あたしゃそこの食料品売り場で働くことが決まってるんだよ。ま、そういうわけだから、顔を合わせる機会もあるだろうよ。でもねぇ、今のようにってのは、いかないだろうねぇ」
せっかく馴染みかけてきたというのに、エルミールはこの人とのお別れが迫っていることに驚く。いや、別れとまではいかないまでも、顔を合わせる機会が減るのは必然だ。
「明日も来るんだろ? それじゃ、待ってるからね」
明るく手を振って送り出すおばさん店員。たどたどしくも、手を振り返すエルミール。思えば、彼女が心通わせる人は少ない。その少ない人の一人とも、離れてしまう日が迫っていることを知らされる。
少し落ち込むエルミール。もう少し話せるようになれたらと、後悔しているようだ。しかし、会う機会はあるのだからとハインミュラー少尉は慰める。そして、宿舎へと向かった。
「あら、遅かったですわね」
ところがだ。その宿舎の前には、見知らぬ人物が立っている。赤いドレス、手には赤い羽根の扇子。見るからにそれは、王国貴族のご令嬢である。
「あ、しゃ、シャルリーヌ様」
「久しぶりね。思ったより、元気そうで何よりよ」
それは、本物の貴族令嬢特有の圧倒的な雰囲気というか、そんな威圧的な空気を感じる。
空気だけではない。言葉も態度も、貴族令嬢だ。
「ところでエルミール、あなた、平民軍人と同居しているというのは、本当でしたの?」
もちろん、平民軍人とはハインミュラー少尉のことだ。普通の貴族というものは、まあこんな感じだ。ましてや、侯爵家出身のエルミールを呼び捨てにする辺り、よほどのご身分に違いない。
「はい、この方は、私と共に、あの宇宙の船が持つ砲を操るハインミュラー様と申します」
「ふうん、てことはあなた、この男とあの手柄を挙げたと、そうおっしゃるのかしら?」
「左様にございます、シャルリーヌ様」
となると、ハインミュラー少尉としては挨拶しないわけにはいかず、この高飛車な雰囲気の令嬢にこう告げる。
「小官は、地球317遠征艦隊、駆逐艦1203号艦所属の、ハインミュラー少尉と申します」
「ふうん、平民風情でも、挨拶はできるのね。いいわ、その名前、覚えておきましょう」
息をするように平民階級を見下すこの貴族令嬢、にしても、なぜわざわざこんな宿舎にまかりこしたというのか。
「名乗られたからには、私も名乗るべきでしょうね。私、ダンボワーズ公爵家が長女、シャルリーヌ・ダンボワーズと申しますわ。以後、お見知りおきを」
それを聞いたハインミュラー少尉は、エルミールとの関係を察する。やはり、侯爵より上の身分、公爵家の令嬢であった。ゆえに、エルミールの方が下手の態度に出ているのも納得がいく。
が、そうなるとやはり、なぜエルミールの元にやってきたのか。まさか見知らぬハインミュラー少尉のところに来るはずもないし、先ほどの言動からしてエルミールの元にやってきたことは間違いない。
「エルミール!」
「は、はい!」
「あなたが、こんなチーズの貯蔵庫のような小部屋だらけの住処に甘んじていられるなど、考えられませんわ。ここにはきっと、あなたを引き寄せる何かがあるのでございましょう?」
その赤ドレスの公爵令嬢だが、急に口調を荒げ、手に持った扇子でエルミールを指しながら迫る。まさかとは思うが、このシャルリーヌ嬢はエルミールのあの人格を知らないのだろうか。知っていて、これほどの口調で迫れる者など、貴族令嬢といえどもいるのだろうか。
「そ、その通りでございます。シャルリーヌ様」
「そう、やっぱりね。ではエルミール、私にそれをお見せなさい」
「ええーっ、い、今すぐにでございますか!?」
「当然でしょう。私を誰だと思っているのですか」
「はい、た、ただいま」
そういうと、エルミールは宿舎の扉を開く。おい、まさかこの高飛車令嬢を、部屋の中に入れるのか? 焦る少尉をよそに、中へと通すエルミール、そんな彼女に導かれて中へと進む、赤ドレスで赤い扇子を持った公爵令嬢。
もしかして、壮絶な嫌がらせを受けているのではあるまいな。ただでさえエルミールは、陛下より処刑命令が出されている大罪人、しかも身分はこのお嬢様より下であり、平民軍人と蔑視する男と同居している。その様を暴いて、笑いものにしようとしているのではあるまいか。
と、思ったのだが、それから先は予想を超えた展開が待っていた。
「へっへっへっ、やっぱり俺の勝ちだな」
「くっ! なかなかやりますわね」
何を思ったのかこのお嬢様、エルミールからゲーム機の存在を聞かされる。それを聞くや、いきなり二人でとあるシューティング系のゲームを始めてしまう。かれこれ3戦目だが、ゲーム機そのものに触れるのが初めてというこの公爵令嬢が、豹変したエルミール、すなわちオフィーリアにかなうわけがない。
「うむむ、これは確かにエルミールがハマるわけですわね。しかし、私とて公爵家の娘、そう易々と負けるわけには参りませぬわ」
しかしこの公爵令嬢様、なかなかどうして筋がいい。まだ3度目だというのに、オフィーリアと張り合うまでにコツをつかみ始めていた。ハインミュラー少尉などは、未だに桁違いのスコアを見せつけられているというのに、シャルリーヌ嬢は一時的ながらもオフィーリアに追いついているほどだ。
「し、しかし、ゲーム機などというものがあったなど、私としたことが存じ上げなかったとは……なかなかやりますわね、この平民軍人は」
プレイしながらも、平民マウントを忘れないこのお嬢様だが、見たところエルミール、いやオフィーリアを拒絶する様子はない。それどころか、意気投合している。
「っしゃあ! また俺の勝ちだぁ!」
「ああーっ、なんということですの! もう一回、もう一回だけやりますわよ!」
「いいぜ、シャルリーヌ。何度でも相手してやらぁな」
こうしてみると、この二人は以前からこんな関係だったと見える。しかし、このロレーヌ王国の貴族令嬢が、ゲーム機並みに熱中するような娯楽なんてあるのか? 熱心にゲームに没頭する二人のドレス姿の令嬢を眺めながら、少尉は思う。
「かぁーっ、勝てませんでしたわ!」
「へっへーっ! ざまあみろってんだ!」
「にしても、このゲーム機とやらはなかなか楽しきものでございますわね。ねえ、そこの平民軍人、これ、いくらなら譲っていただけます?」
「おい待て、これ持ってかれたら、俺が遊べねえじゃねえか!」
まったく、ナチュラルにこちら側の人間から搾取するんじゃない。少尉はムッとする。が、そんな公爵令嬢にこう答える。
「あと5日後に、ショッピングモールが開店します。そこで手に入るはずですよ」
「ああ、あの大きな宮殿のような建物のことね。あそこでも手に入るというなら、それまで待つとしましょうか」
案外、このお嬢様は聞き分けがいいな。思えば、あの状態のエルミールと普通に会話できている。並みの神経では不可能だ。
「えっ、競馬をやっていたのですか?」
「そうですわよ。エルミールと私は、競馬で争っていた仲ですの」
「それって、走る馬に掛け金をかけるという……」
「なんのことですの。自分で乗って走るに決まってますわ」
なんとこの2人、自ら馬にまたがり競走していたのだという。想像以上のおてんば娘だな、この公爵令嬢。少尉はこのお嬢様の意外な一面を知って驚く。
「それで、私は何度かシャルリーヌ様に挑まれましたけど、まだ負けたことはございませんでしたね」
「そうですわよ。で、今度こそ私が勝つと決めて楽しみにしておりましたのに、姿を消したというではありませんか。それで私、エルミールを探していたのですわよ」
うーん、そんな仲だったのか。意外にも、エルミールの理解者が貴族令嬢にもいたということになる。想像以上に、エルミールの周囲は寛容なのだな。そう少尉は知ることになる。
が、そんな事実が些末に思えるほどの衝撃的事実を、ハインミュラー少尉は知ることとなる。
それは、エルミールのこの一言がきっかけだ。
「姿を消したのではありません、シャルリーヌ様。私、大罪人になってしまったのでございます。それで私はここに身を寄せているのでございます」
それを聞いたシャルリーヌ嬢が、聞き返す。
「大罪人? 何のことです」
「先日の競馬の際、私は王族のエティエンヌ様に接触してしまったのです」
「そうだったわね。でも、それがどうしたというの?」
「そのことで陛下の怒りを買い、私は陛下より処刑命令書を授かってしまいました。そこで、こちらの星の将軍様の計らいで、この街の中でのみ生きることを赦される身となったのでございます」
どうやらシャルリーヌ嬢は、エルミールの処刑命令書が出ているのことは知らなかったようだ。と思っていたが、意外なことをシャルリーヌ嬢が口にする。
「そんなはずはありませんわ! エティエンヌ様の件は不問に処すと、陛下御自身が申しておりましたというのに」
少尉たちが知っている事実とは異なる証言が飛び出す。それを聞いた少尉がシャルリーヌ嬢に尋ねる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。エルミールは確かにこのままでは処刑されるのだと、フォンティーヌ家の当主レオナール様より直接、お聞きしたのですよ」
「私は次期宰相と目されるダンボワーズ公爵家が娘ですわよ。その私が、陛下がエルミールを処断せよと申していることを、知らぬはずがありませぬ。それは何かの間違いに決まってます」
赤い扇子を振りかざしながら、そうシャルリーヌ嬢は断言する。もしや、本当にエルミールには、処刑命令など出ていないのか?
それからわずか2日後に、このシャルリーヌ嬢の言葉が真実であると判明する。