#14 戦闘
『敵艦隊、さらに接近! 距離41万キロ、射程圏内まであと15分!』
すでに敵は目前まで迫っている。といっても、41万キロという距離は光でも1.4秒かかる距離だ。それが「目前」と言えるほど、この宇宙は広大だ。
もっとも、彼らの持つ砲も射程距離が30万キロある。両者互いに接近し、まさに戦闘が始まろうとしているところだ。
連盟と呼ばれる陣営の艦隊はおよそ一万。対する連合側の地球317艦隊は現在、八千。残り二千も急行しつつあるが、しばらくは数の上で不利な状態での戦いを強いられることになりそうだ。
すでに砲撃管制室には、5人の砲撃科の面々が持ち場に座って待機している。15分後に迫った戦闘に備えて、臨戦態勢でその時を待つ。
「あ、あの、私、このままの格好でいいんですか?」
なお、エルミールはまだ射撃レバーを握っていない。握った瞬間、主砲装填をやりかねないから、ぎりぎりまで素の状態でいてもらう。そうでなくても、一度オフィーリアになると叫び続けるから、体力を消耗する。この戦いがどれくらい続くのかは、まったく予想がつかない。それゆえの配慮だ。
が、今のエルミールの懸念はといえば、青色ドレスのまま来てしまったことだ。非番で、食事の最中に招集がかかってしまったために、着替える暇がなかった。というか、艦内はエルミール以外は普段から軍服で過ごすから、着替えの必要性などないのではあるが。
「構わない。軍服でなくても戦闘は可能だ。今はただ、戦闘開始の合図を待て」
砲撃長のゲルスター大尉が、エルミールにそう告げる。一人だけ場違いな姿をさらすこのご令嬢だが、であればどうして普段から軍服にしないのかと、周りは思う。
が、それもエルミールの時だけだ。ひと度、レバーを握れば、このお嬢様はそんな些細なことなど気にしなくなる。
『敵艦隊までの距離31万キロ! 戦闘開始まで、残り2分!』
『艦橋より砲撃管制! 操縦系を移行、砲撃準備!』
いよいよ、戦闘が目前に迫る。操縦系が艦橋の航海科から、砲撃管制室の砲撃科へと移管される。
「操縦系、受領! 回避運動を開始します!」
ハインミュラー少尉が、操縦レバーを握る。と同時に、この艦は敵の目標を絞らせないため、ランダム移動を開始する。それを見たエルミールは、射撃レバーを握る。
「っしゃあ! 敵どもめぇ、俺が血祭りにあげてやるぜぇ!」
予定通り、豹変したエルミールは、正面モニターを見ながら絶叫する。やがて、攻撃開始の指示が艦橋よりもたらされる。
『司令部より入電、全艦、砲撃開始!』
『艦橋より管制室! 主砲装填開始、撃ち―かた始め!』
「砲撃開始、撃ち―かた始め!」
この号令を待っていたオフィーリアは、目一杯装填レバーを引く。キィーンという甲高い装填音が、この室内に響き渡る。
「目標ナンバー、3133! 訓練通りやれ」
「はっ! 目標、ターゲットに捉えます!」
「っしゃあ、いいぞいいぞ、もうちょいだ」
ピーッという装填完了音が鳴り響く。と同時に、オフィーリアと化したエルミールは、射撃レバーを引いた。
ガガーンという砲撃音が、この管制室内に響き渡る。ちょっと早いんじゃないか? と思ったが、目前のモニターの光が消える頃に、それがジャストタイミングだったことを告げられる。
「目標、命中! ナンバー3133、撃沈!」
弾着観測員のオトマイヤー中尉が、弾着結果を報告する。初弾でいきなりの撃沈。訓練以上の快挙だ。相手もまさか初弾から当ててくるとは思っていなかったのだろう。シールド展開する余裕すらなかったようだ。
まだ実戦で3発しか撃っていないエルミールは、すでに撃沈3を記録した。実戦での撃沈率、100パーセント。驚異の数字である。
「おい、何ぼーっとしてやがる、次だ次!」
が、ゲーム感覚のエルミールにとっては、余韻に浸っている場合ではない。少尉を急かしてくる。
第2射が放たれる。当然これも命中、ただしシールドに阻まれる。すぐ脇の艦がいきなり撃沈され、警戒していたのかもしれない。続く第3射、第4射も、シールドで防がれてしまう。
この時点で、とんでもない砲撃手がいると敵は悟ったのかもしれない。
だがそれは、1203号艦の危機を招く。
「直撃、探知! 来ます!」
「砲撃中止、シールド展開!」
第5射を放とうとしたその時、いきなりロックオンを受ける。と同時に、モニターは真っ白に変わる。
ギギギギッという耳障りで不快な音が、砲撃管制室内に響き渡る。訓練中には聞いたことのない音だ。
「な、なんだこの音は!?」
さすがのオフィーリア状態のエルミールでも、初めて聞くこの音に驚いたようだ。が、それはすぐに消えて、再びモニター上に敵艦を捉える。
が、続けざまにまた、攻撃を受ける。
「再度、直撃! 回避を!」
「シールド展開だ、急げ!」
再びシールド担当のエッゲリング中尉が、シールド展開ボタンを押す。とほぼ同時に、ギギギギッというまたあの不快音が響く。
「あーっ、うるせえなぁ、何だよこの音は!」
砲撃音ですら平気なオフィーリアでも、この音は気に障るらしい。二度続けての命中に、この砲撃管制室内に不穏な空気が流れる。
「おりゃあ、返り撃ちだ!」
ようやく放った第5射。だが再び、続けざまに直撃弾を受ける。立て続けに3発。装填レバーを引き忘れるほどの苛烈な攻撃を受け、砲撃長が命じる。
「一旦、装填中止。ハインミュラー少尉、回避運動を続けよ。エッゲリング中尉はシールドを展開だ」
「はっ!」
「おい、何で装填止めるんだよ!」
「続けざますぎる、もしかすると、マークされたのかもしれん」
「まーく? なんだそりゃ」
オフィーリア以外には、その意味を察する。つまり、あまりに命中精度の高いこの艦を狙い撃ちしてきた、そういうことを砲撃長は言っている。
「と、いうことは、こちらに撃たせまいと?」
「いや、それどころか沈めるつもりだろう。オトマイヤー中尉、何隻からロックされているか、分かるか?」
「はっ、しばし待機を!」
その間にも、立て続けに3発、命中する。その度にあのグラインダーでさび付いた鉄を削るようなあの音が響き渡る。オフィーリアなエルミールは、それが鳴り響く度に叫ぶ。
「あーもう、なんでもいいから撃たせろっ!」
たまらず、両手で耳をふさぐオフィーリア。いや、その瞬間に素のエルミールに戻ってしまうから、ますます騒音への耐性が落ちる。耳をふさいだまま、射撃レバーの前でふさぎ込んでしまった。
『艦橋より管制室! 主砲の装填が止まってるぞ、何をしている!』
「砲撃管制室より艦橋、現在、敵の集中砲火を受けている。状況確認中のため、砲撃を中断中」
おまけに、副長が砲撃科に攻撃が滞っていると苦情を言ってくる。まずい、このままでは、機能不全に陥るぞ。
「砲撃長! この艦を狙う敵艦は、およそ10隻!」
「な、なんだと!? 10隻もいるのか!」
とどめはこれだ。この1203号艦を狙う敵の艦艇は10隻。敵側は一万、味方は八千。この数の差を利用し、立て続けに当ててくる1203号艦に狙いを定め、10隻も割り振ってきたようだ。
それを聞いたハインミュラー少尉が叫ぶ。
「砲撃長、ハインミュラー少尉、意見具申!」
このままではらちが明かないと、少尉は回避操作をしながら、砲撃長に意見具申を求める。
「具申、許可する。なんだ?」
「当艦を大きく迂回移動させ、敵の視野から一時、離れてはいかがでしょうか?」
「それはつまり、『モス戦術』か」
モス戦術とは、コウモリの超音波を察知した蛾が、落下するように大きくコウモリの索敵範囲から逃れる回避行動に倣った戦術のことを言う。稀に艦隊戦で、今回のような集中砲火を受けることがあるが、その場合は数百キロ、数千キロほどその地点から移動し、味方の艦影に紛れながら敵艦隊のロックオンから逃れるというものである。
この戦術自体は、ごく最近になってマニュアル化されたものであるため、比較的最近に軍大学を出た少尉以外はあまり知られていない。その新たな戦術を思い出した砲撃長は、この意見具申を受けて行動を開始する。
「よし、それで行こう。だが、司令部の許可がいる。砲撃管制室より艦長へ!」
砲撃長は直接、艦長を呼び出す。
『アーべラインだ。なんだ?』
「敵10隻から集中砲火を受けております。一時、その攻撃を逃れるため、モス戦術を行うべきと具申します」
それを聞いた艦長は、すぐに答える。
『分かった。司令部に打電する。待機せよ』
このやり取りの間も、敵の砲火が1203号艦を狙う。時折、あのギギギッというグラインダー音が響く。
「ヴェ、ヴェルナー様、どうなったので、ございますか?」
少しだけ、慣れてきたのだろうか。あるいは、命の危険にまで及ばないことを悟ったからなのか、エルミールが顔を上げ、ハインミュラー少尉に状況を伺う。
「この集中砲火を避けるべく、作戦を提案している。許可がおり次第、反撃に出るぞ」
この一言を聞いたエルミールは、奮起して射撃レバーを握る。
「っしゃあ! 反撃だ!」
急にやる気になった。これで砲撃手も復活し、負の連鎖が断ち切られつつある。あとはモス戦術の許可が下りれば、反転攻勢だ。
そして、待ちわびた回避戦術の許可が、司令部から下りる。
『艦橋より管制室! モス戦術、開始せよ!』
「管制室より艦橋! 了解、モス戦術、開始します!」
それを聞いたハインミュラー少尉は復唱する。
「モス戦術、開始!」
操舵レバーを、ありえないほど倒す。正面のモニターから、艦影が消える。その間に、艦は大きく移動し、艦隊右翼方向から中央寄りに位置を変える。
これだけ動けば、1203号艦を捉えていた10隻の敵は完全に見失ったことだろう。新たな場所で、新たな目標の指示を受け、再びこの艦は攻勢に出る。
「目標ナンバー6712、ロックオン」
「了解、ナンバー6712、ロックオンします」
「主砲装填開始、攻勢に出るぞ」
「っしゃあ、装填開始ぃ!」
オフィーリアはまるで水を得た魚のように元気を取り戻す。新たなるターゲットが、モニター上に映る。と、同時に、ピーッという装填完了音が響く。
「仕切り直しの一発だ、喰らえ!」
鬱屈していたオフィーリアは、それを一度に晴らさんとばかりに、射撃レバーを引く。けたたましい砲撃音が響き、モニターは真っ白に染まる。
やがて、弾着観測の結果が、オトマイヤー中尉からもたらされる。
「ナンバー6712、撃沈!」
この戦闘での2隻目、通算4隻目となる戦果が報告される。同時にそれは、100人もの人命が一瞬にしてこの世から消滅したことを示すのだが、30万キロ離れたこの場所からは、一つの光点がレーダーから消えたとしか見えない。
「目標変更、ナンバー6733!」
「おっしゃあ、次行くぞ、次」
この人格が、魔女と呼ばれるだけのことはある。続けざまに、獲物を欲する。これは実戦でも訓練でも、ゲームでも同じだ。
それから続けて10発ほど当てて、内、2隻を撃沈する。するとまたマークされて集中砲火を浴びるが、その度に「モス戦術」で仕切り直し、また敵を撃つ。これを7度ほど繰り返す。
数の上では不利なままだが、オフィーリアの活躍で撃沈数はこちら側が上回る。わずか30分の戦闘で、味方の士気は上がり、敵のそれは下がることになる。
敵にしてみれば、悪夢以外の何ものでもない。たった一隻、必中のやつがいる。そいつと当たったら最後、消滅するまで撃たれ続ける。
この潜在的恐怖のほうが、効果は大きかったようだ。数が有利なはずの敵が後退を始めたのは、戦闘開始から40分後のことだ。通常の艦隊戦としては、異例の短さだ。ましてや数の多い方が先に後退するなど、前代未聞なことである。
『敵艦隊、後退を開始。司令部より入電、追撃戦は不要、現地点にて待機せよ、以上です』
通常ならそのまま追撃戦に移行するが、元々、数で劣るこちら側にとって、敵の撤退行動を刺激する余裕はない。このまま連盟艦隊が逃げてくれれば、それでこちら側の目的が達成される。
「あーっ! おい、敵が逃げちまうぞ! おい、俺達だけでも追うぞ!」
が、それでは物足りないやつが一人だけいる。砲撃長権限で無効化された装填、射撃レバーをガチャガチャと倒しながら叫んでいる。
「エルミール!」
そんなエルミール、いや、オフィーリアの手を握るハインミュラー少尉。レバーから手が離れ、見た目の通りの青色ドレスな貴族令嬢に戻ったエルミールは、目に大粒の涙を浮かべながら、ハインミュラー少尉の胸元に抱きつく。
「ヴェ、ヴェルナー様、怖かったです……」
めそめそと涙を浮かべつつ少尉に慰められるエルミールだが、少尉を始めこの砲撃科の一同は、心の中でこう叫ぶ。
天地天命に誓って、断言する。敵味方一万八千隻の中で最も恐怖を与えた存在は、今ハインミュラー少尉にしがみついて涙を流すこの悪魔的女神様だ、と。




