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偽物の神子

 僕がこの世界に来てから凡そ一ヵ月が経とうとしていた。あの念話での話は中途半端なままで終わったけど、その後も何度かフリームトさんと会わされて、より詳しいこの世界と僕の役割についての説明を受けた。念話はやっぱりとんでもなく心身ともに疲れるもので、少しずつしか情報を得られないからもどかしいものがある。

 フリームトさんは僕と同じように念話してるはずなのに、全く疲れる様子を見せない。このよくわからない魔法みたいな力を使うことに慣れているからなのか、彼が“魔導士”って言われるすごい権威ある人らしいからなのか。


 この世界ではやっぱりみんなが魔法を使えるらしい。いや、魔法っていうと語弊があるのかもしれない。


 魔力というものを皆それぞれ量は違えど、体の中に保有しているらしい。それは大気やこの世界にある食物に含まれていて、自然と吸収して体に蓄積されていくものだという。ただ、ゲームや漫画であるような攻撃魔法なんかが使えるわけではなくて、例えば水やお湯を作り出したり、明かりを灯したり、火を起こしたり、生活を便利にするために使う程度のものらしい。

 浴室にある石には、お湯が出るように予め魔術文字を組み込んでいて、体の中の魔力を石に流し込めば、その石が作用してお湯が出てくるらしい。僕の世界で、電気やガスで動いていた仕組みが、この国では魔術文字と魔力で働くようになってるらしい。うん、理解できない。


 フリームトさんの職業である魔導士っていうのは、その便利な道具を作り出す人たちで、体内で保有している魔力量が多い人達だけが就けるらしい。道具を作るだけじゃなくて念話のような、他者にも影響するような魔法も使えるそうだ。ただやっぱり、会話をしたり、遠くの人物と情報共有した、電話やメールなんかの代わりになるようなものであって、基本的には日常生活を便利にする程度らしい。


 ただ、唯一、日常生活とは違う魔力の使い方をすることがあって、それが召喚の儀式らしい。神子を呼び出すための儀式で、召喚士と言われる人達で行われる。能力的には魔導士と大差ないが、召喚士になれるのは神職に就いている、魔導士と同等の魔力を持つ人だけらしい。


 とにかく、魔力は誰でも持っているものだから、この世界で生活している人達はそれが使えないことはほぼないらしい。ほぼ、というのも、まだ幼い子供は魔力の流し方が分からなくて使えないことがあるという。生活していくうちに自然と身に付けるものらしい。フリームトさんの話では僕にも魔力があるという事だ。


 他者に影響を与えられる最も高位の魔法が治癒魔法らしく、これは神子にしか扱えないものらしい。どんな瀕死の傷でも治すことができるという。生活を便利にする魔法しか使えないこの世界の人達と、異世界から来た選ばれた神子との絶対的な差はここにあるらしい。


 僕の前にいた先代の神子もその力を駆使していたと聞かされた。いずれ僕もその治癒魔法は使えるようになるだろうと思ってるようだ。

 魔力なんて絶対ないよ、そんなもの。と最初のうちは思ったけど、大気や食物から吸収するんであれば、知らない間に体の中に魔力自体は溜まってはいるのかもしれない。


 試しに浴室で石にお湯出ろと念じてみたけど、結局石と睨み合って時間だけが過ぎていった。仕方なく、浴室では予め、大きな桶にお湯を用意してもらって、それで頭や体を流すことにしている。ほかにも不便な点はあるけど、周りの人たちがサポートしてくれてなんとかまともに生活できている。

 僕の世界なら一人で出来てた事を、誰かに手伝ってもらわないといけないなんて情けないし、申し訳なさすぎる。


 この世界に来た時点では、僕は歓迎されていないような様子もあったけど、あの念話によって“神子”として扱うことが決められたらしい。その為、生活で不便なことは極力周りの人が対応してくれている。それもこれも僕が神子だからだそうだ。


 国の安寧の為に、異世界から呼ばれた神子は、その力で平和をもたらし、その代わりに国王と同等の地位を得るという。贅沢もできるし、法律を犯さない限りはある程度の望みも何でも叶えられるらしい。


 ここ、オストフリースラント国という国の神子は僕であり、他国でもそれぞれ神子を召喚し、その神子たちがその国を守っているのだという。その話を聞いたとき、僕と同じように異世界転移してきた人と、交流できるんじゃないかって期待してみたけど、神子は国外に出ることは絶対に許されないし、基本的に他国の神子に干渉することは禁忌とされているらしい。過去に他国の神子を奪おうとした国が、神の逆鱗に触れて滅びたと言い伝えられているからだという。


 当たり前のように出てくる神とか、魔法とかの話に僕はついていくのが精いっぱいだった。とりあえず、異世界転移者同士が会うことも話すこともできないんだ、という事は理解した。


 それに、僕自身は本当の神子じゃない。


 僕がこの世界に来た人の事を思い出せば、ここにいるべきだったのは違う人物だとすぐに直感した。あの黒いモヤが神子となる異世界人をこの世界に引き込もうとしていたのであれば、あれが最初に狙っていたのは僕じゃない。ここに来る直前に、僕が助けた誰かもわからない男の人だ。


 神が選んだっていうのは多分あの人の事で、たまたま事故みたいな感じで僕が吸い込まれてここに来てしまった。だからいくら待っても、きっと神子として僕は力を使うことは出来ない。

 はじめは、魔力があるって言われたから、練習すればもしかしたら僕でも使えるようになるのかもしれないって思って、必死で生活魔法から試してみたけど、シャワーすらこの一ヵ月使えないままでいる。本当の神子じゃないと、いくら頑張ったところで治癒魔法なんて絶対に使う事なんかできない。


 この一月でこの国の言葉を少しずつ覚えて理解できるようになってきた。まだまだまともには話せないけど、少しずつ意思疎通が図れるようになってきている。それでも、本当のことを話すのが怖くて、いまだに何も言えないままでいる。



 僕に与えられた神子の私室は、一人暮らしをしていたアパートの部屋をより遥かに広い。豪華すぎる立派な机と椅子が用意されて、そこに座って今日も羊皮紙みたいな紙に、慣れない文字を書き写していく。

 家庭教師のような人をつけてもらい、言語や歴史、地理やこの国の常識について教えられている。宿題として課せられている文字の書き写しの作業を黙々と続けながら、この先の事を考えては不安になる。


 本当のこと言ったら、僕は処刑されちゃうのかな…


 この国の基本的な法律を教えてもらっている中で、大体は僕が考える常識と相違ないことに安心してた。ただ一つ、僕に関わることで重大なことだからと教えられたことがあった。

 “神子”を偽ることだ。

 神子でないものが自分を神子として名乗ることは、この国で最も重い罪、死刑に当たるらしい。国王と同等の身分になるのであれば、やりたい放題出来てしまうからだ。それを聞いた瞬間、僕は体が固まって動けなくなった。


 フリームトさんと初めて念話したとき、自分は神子なんかじゃないと言ったし、ここに来た経緯を思えば、それは間違いないと思ってる。

 怯えて何も言えなくなっている僕を見て、フリームトさんは安心するように、と言ってくれた。あの召喚の儀式で呼ばれるのは神子であり、それ以外の者が召喚されたことはないらしい。その召喚の儀式で僕が現れたので間違いない、きっと能力は遅れて使えるようになると。

 それがいつになるのかは分からないけど、国王も神子として迎え入れることを決めたと言ってくれたから、いったん僕はホッとした。


 すぐには殺されない。

 でも、いつか僕が本当の神子じゃないとバレれば処刑される。


 考えて背筋がゾワッとした。


 本当のことを言えば、罪が軽くなるかもしれない。いや、そもそも偽る事自体が罪なんだから、刑が軽くなるとは思えない。今はただ、必死に言葉を覚えて、この国の事を知って、神子としての務めが出来るように頑張るしかない。出来なくてもやるしかない。本当に力が使えるようになるかもしれないって、思い込むしかない。

 もしかしたらいつまでたっても力が使えなくて、いつか神子じゃないとバレてしまうかもしれない。でも、それでも、その時までは神子として出来ることをやるしかない。


 そうしないと僕にはこの世界で生きていく術がない。


「神子様。そろそろ休憩をお取りになってはいかがですか?」


 部屋の隅に控えていたヘルマンさんが僕に声をかけてきた。余計な事を考えながらやっていたら、ずいぶん時間が経ってたらしい。時計に目をやれば、僕が机に向かってから3時間ほど経過していた。


「はい。やすみます」

「ではお茶の用意をさせます。少々お待ちください」

「ありがとうございます…」


 ヘルマンさんは微笑んで、ドア近くのベルを鳴らした。いつものメイドさんが来て、ヘルマンさんから申し付けられると去っていった。そう、言葉を覚え始めて、少しずつこの国の難しい発音も聞き取れるようになってきた。ただ、聞き取りは出来ても、自分が言うとなるとまだまだ難しい。


 最近、自分がヘルマンさんの名前を上手く言えてない事に気づいた。僕がヘルマンさんの名前を呼ぶと、周りの人がえっ、という表情で僕を見ることがあるのだ。確かに聞き取れるようになると、僕が喋る言葉と皆が喋る言葉が違うのは分かる。でも、どうにも上手く言えないんだ。


「ヘゥマンさん。いっしょ、やすみます」

「私はこちらで控えておりますので、お気遣いありがとうございます」

「…」


 ヘルマンさんは僕の護衛騎士らしい。神子を守るのは実力のある強い騎士が務めるものらしいから、国一番といわれるほどの実力を持つヘルマンさんが付くことになっているという。

 僕がここに来てから最初からずっと親切にしてくれてる人だ。僕の護衛騎士になってくれる人がヘルマンさんで本当に良かった。彼が傍にいてくれると凄く安心できる。

 でも、四六時中こうして一緒にいるけど、たまに休憩時間に他の騎士と交代になるとき以外ずっと傍で控えて立っていて、疲れないか心配になる。たまに、僕の言葉の練習に付き合ってくれることはあるけど、こうやってお茶に誘っても頷いてくれない。


 優しいけど、ちょっと距離があってさみしい。

 この人とはもっと仲良くなりたいと思うのに、上手くいかない。


 少ししたらメイドさんが、カートにお菓子とお茶のセットを乗せて運んできた。勉強用の机とは別のテーブルセットに移動して、そこに配膳してくれる。

 一通り配膳し終えるとメイドさんは一礼して再び出て行った。僕はソファに座って、お茶を一杯飲んでぼーっとする。


「お疲れのようですね」

「えっ…」


 いつもは必要なとき以外は話かけてこないヘルマンさんが、僕の方を心配そうな表情で見ていた。


「神子様はこの一月ほど、ずっと語学や歴史、この国の常識などのについて学ばれていて、ほとんどお休みになられていません。本来もっとゆとりのある生活をなさっても良い身分のお方です」

「え、えと…」

「何か希望があれば仰ってください。食べたいものでも、したいことでも、欲しいものでもなんでも用意させましょう。王城からお連れすることは出来ませんが、もっと我儘を仰って良いのです」


 ヘルマンさんからの思わぬ言葉に何も言えなくなる。知らない単語もあったからすべてを聞き取って理解できたわけじゃないけど、もっと我儘を言えって言ってる。

 言葉を覚えるのも、この国の事を学ぶのも、ただ僕が生き抜くためにやってることだ。神子としての力が使えない中で、他にできることを増やすためにやっている。

 純粋にこの国のためにやってるわけじゃない。こんなに良くしてくれるヘルマンさんの事もずっと騙し続けてる。

 考えて胸がぎゅっと苦しくなる。


「…失礼しました。出しゃばった真似を致しました」


 僕が何も言えずにいると、ヘルマンさんは申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。

 違うんです。そうじゃなくて、そんなに気を使っていただいて、僕の方が申し訳なくて…。


「あ、あの!」


 せっかく気を使ってくれたヘルマンさんの厚意だ。せっかくならちょっとだけお願いしてもいいかな。


「いっしょ、おちゃ、のんでください」


 自分の座っているソファの空いたスペースをポンポンと叩いてアピールする。

 僕の言葉にヘルマンさんはちょっとだけ目を見開いた。


「わたし、わがまま、いいですか?」


 我儘を言っていいのなら、これなら許されるかな。偽物の身で何かを強請れるわけがない。ただちょっと、一緒にお話ししてお茶する時間を貰うくらいなら、いいよね。

 これくらいなら許可してもらえると思ったのに、ヘルマンさんは僕を見たまま何も答えないで固まっている。返答のないヘルマンさんに、やっぱりダメかと諦めて視線をテーブルに戻した。真面目な人だから、きっと僕のお願いに困ってるのかもしれない。


「ごめんなさい。わがまま、ダメでした…。ヘルマンさん、おしごと」

「い、いえ!そうではありません!失礼いたしました」


 普段よりもちょっと力強くて大きい声で否定されて驚いた。壁際にいたヘルマンさんは大股であっという間に僕の近くに来ると、一度立ち止まった。


「お隣に座ってもよろしいですか?」

「えっ…!」


 ヘルマンさんの言葉に思わず肩が跳ねた。


「ヘゥマンさん、おちゃ、いいです?」


 駄目だと思ったのに、思わぬ展開に喜びが抑えられない。顔がにやけそうだ。


「…っ。私で宜しければ、ご一緒させてください」

「はい!おねがいします」


 やった!ヘルマンさんとお茶だ!

 嬉しくなって慌てて横へズレて、ここどうぞ、と隣をポンポンと叩く。きっと行儀が悪いかもしれないけど、今はそんなことはどうでもいい。

 この一か月の間で、食事の時も何度か一緒に食べないかと誘ったことはあったけど、すべて断られてたし、このお茶の時間だってそうだった。ここに来た直後の時はお姫様抱っこされたり、抱えあげられたりでヘルマンさんと距離が近かったけど、それ以降は少し離れたところにいて、雑談をするわけでもなく、ただ傍で警護をしている。

 会話はあるけど、必要な会話だけって感じだった。たまに僕の事を気遣ってくれる言葉をかけてくれるけど、優しいのにどこか距離を置かれてる感じがあったからすごく嬉しい。


 予備のティーカップをカートからテーブルに移して、ティーポットのお茶を注ごうとすると慌てて横から大きな手に止められた。


「神子様、自分でやりますので大丈夫です」

「わたし、やる、です。わたし、いま、うれしいです」


 止めるヘルマンさんの手を避けて、持ち上げたティーポットからカップにお茶を注いだ。こぼれないように注意する。注ぎ終えるとティーポットを置いて、カップ指して、どうぞと合図した。


「ありがとうございます…」


 またちょっと目を見開いて、でもすぐにいつもの落ち着いた表情に戻ったヘルマンさん。

 カップを持ってお茶を飲む姿も絵になるくらいイケメンだ。思わずぼーっと見てしまったが、ハッとする。

 このせっかくのお喋りチャンスを逃す手はない。


「ヘゥマンさん、きょうだい、いますか?」


 今まで全くと言っていいほど雑談もしてなかったから、ヘルマンさんの事を何も知らない。

 何を話そうか色々迷って、とりあえず当たり障りのない話題を選んでみた。実際に家族構成とかも気になる。

 それにこんなにイケメンで優しい人なんだし、きっと結婚もしてるかもしれない。いやでもそれだと、ここ一月ずっと僕のそばについててくれるけど、大丈夫なのかな。家に帰ってる様子もないし、丸一日以上、僕から離れてることもなかった。僕が色々考えていると、ヘルマンさんは、ああ、と何か思い出したようだ。


「?」

「そういえば、神子様にはお話ししていなかったですね」


 何のことかと思って見つめると、とんでもない爆弾がヘルマンさんから投下された。


「私には兄が一人おりますが、神子様もお会いした国王陛下です」

「……。えっ!!」


 情報が一気に流れてくるけど、異世界語なので一度頭の中でかみ砕いて遅れて理解する。頭の中で整理出来たら、一拍おいて驚きの声を上げてしまった。


 ヘルマンさんにお兄さんがいて、そのお兄さんはあの王様だって。

 ええ!いや、確かに二人ともものすごいイケメンだけど、似てないし。それに優しいヘルマンさんが、あのちょっと怖い王様と兄弟なんて…信じられない。ヘルマンさんが高い身分の方ってのは、前にフリームトさんに教えてもらっていたけど、まさか王様の弟とは思わなかった。

 ってことは王族ってこと!?そんな人に僕の警護なんてさせてるの?大丈夫なの?

 しかも一緒にお茶してなんて我儘、そんな偉い人に…。僕、どうしよう、とんでもないことをしてる。

 さっきまで浮かれてた気持ちが、一気に急降下した。


「だいぶ驚かれていますね」

「…わたし、わがまま、ダメでした…」

「えっ」

「ヘゥマンさん、とても、えらいひと。わたし、わがまま、ダメ。ごめんなさい」

「神子様、そんなことは…」

「すみません。べんきょう、します…」

「神子様!」


 思わず立ち上がって勉強用の机に戻ろうとすると、大きな手に手首を掴まれた。驚いて振り返るとちょっと焦った様子のヘルマンさんも少し腰を浮かせている。


「失礼致しました…」


 僕が掴まれた手首に視線を向けると、ヘルマンさんも視線を向け、ハッとしたように手を放して謝ってきた。別に謝られるようなことはされてないのに。


「座っていただけませんか?まだお伝えできていないことがあります」

「…?…はい」


 言われて座りなおすと、ヘルマンさんも腰を下ろした。


「私は確かに王弟ですが、王族の籍からは抜けております。今は公爵位を賜り臣下となっているのです」

「…え、えっと…」


 知らない単語が沢山出てきて、ヘルマンさんの話が理解しきれない。王様の弟というのは間違いないらしいけど、王族じゃない…?らしい。どういうことなんだ。


 僕が首を傾けてわからないとアピールしてみると、ヘルマンさんも少し考えて言葉を選んで説明してくれた。


「国王陛下とは血の繋がった兄弟ですが、私の身分は王族ではありません。今は部下として働いています」

「…、はい」


 多分僕がまだ理解しきれていないとわかったらしい。少し困ったように微笑んだヘルマンさんは、もっとわかりやすい言葉で僕の心配を払拭してくれた。


「あなたは何も心配せず、我儘を仰ってください。あなたはそれを言って良い立場のお方です。むしろあなたは無欲すぎます」

「“ムヨク”?」

「欲がない、という事です」

「そ、そうですか」


 ヘルマンさんの言葉にうーんと首を傾げる。衣食住が提供されて、身の回りの世話をしてもらって、家庭教師のような人もつけてくれている。神子としての務めらしい務めはいまだ出来てないのに、こんな立派な部屋を貰って、こんなすごい人を護衛につけてもらっている。十分いろいろしてもらってるのに、何かを望めるはずがない。だいたい偽物なんだし…、むしろ詐欺してこんな暮らしをさせてもらってるのに。


「あなたがこうして初めて仰った我儘が、私とお茶をしたいという願いでとても驚きました」

「う、…はい」

「それが最初のお願いで、それに喜んでいるあなたを見て、私は嬉しかったのです」

「ヘゥマンさん…」

「遠慮せずにもっとなんでも仰ってください」


 とんでもなく魅力的な笑顔で甘いことを言ってくれる。こんな僕に、本当に良くしてくれる。どうしよう、ちょっと泣きそうだ。


「…わがまま、いいですか?」

「ええ」

「…たまに、おちゃ、いっしょしてください」


 本人が良いと言ってるんだから、約束を取り付けておこう。今日だけじゃなくて、時々でいいから、こうしてヘルマンさんと他愛無い話がしたい。

 こうして隣で話してくれるだけで、ちょっと気持ちが楽になるから。


「神子様は本当に、欲がないですね」


 そう言ってヘルマンさんは優しく目を細めて言った。


読みづらいですが主人公の喋っている異世界語は、舌ったらずなのでひらがな表記にしています。上手く発音できているものは漢字表記という設定です。

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