後悔は役立たず
よろしくお願いします
王国の中心部にある王城。威厳をもって聳える外見に反して、中は意外と閑散としていた。人がいないというか、寂れている。王が住まう場所にしては質素とも言う。
理由はいくつかあるが、最たるものは皆が知っている。
ある者は怒り、ある者は嘆き、ある者は匙を投げた。その結果が今である。
ザワザワと執務室の外が騒がしくなり、王太子であるグオルは顔を上げた。視界は白いままだったが。
「やってもやっても終わらない書類の山は、いつになったら消えるのか」
思わず呟いたが、羽根ペンからインクが落ちそうになって、慌てて書類にサインする。
「やれば消えますよ。次の書類がくるまでなら」
「前はこんなになかっただろう!?」
「そりゃ、ユリアナさまがほとんどやって下さいましたからね。殿下はサインだけでよかったわけです」
「ぐ……」
反論はできない。遠慮も情けもなくぶった切る部下は、乳兄弟でもある幼なじみだ。その分容赦もない。
「休憩してる暇はありませんよ、続きを早くお願いします」
「うう……せめてお茶を」
「零したらやり直しですがよろしいので?」
「よ、よろしくない」
第一王子なのに、王太子なのに、とは思っても言わない。てか、すでに数え切れない回数やり取りしたあとなので。
「やらかし王太子には後がありませんから」
「…………はい」
沈黙で反抗もできなかった。
半分泣きながら書類と戦う、一応王太子。隣で逃げないように監視する部下の方がよほど威厳がある。
そこに、バターン! と扉を壊しかねない勢いで開けて入ってきたのは、彼の妻たる王太子妃だった。淡いピンクのドレスはシワがよっていて、チェリーピンクの髪も肌もハリもツヤもないが、れっきとした王太子妃なのである。
「ミリー、どうかした……」
「グオル!! どうして!?」
どうしてとはこれ如何に。てかきちんと説明してくれないとわからないが、王太子妃はこれがデフォルトである。
根気強くグオルが尋ねると、ようやくどうしての意味が知れるのだ。いつも。つまりこれが日常である。
今回のどうしてはつまり。
今度のパーティーに着るためのドレスを発注しようと、業者を呼んだのに断られた。髪飾りやアクセサリーの業者もだ。どうして!? と。
「そりゃ、慰謝料の支払いが優先ですからねぇ」
「ドレスなら、母上の若い頃のものをいくつか残してくださるそうだ。アクセサリーも、御実家の公爵家由来のもの以外は譲ってくださると仰っていたから、アポをとって伺うといい」
さっくりすっぱりとぶった斬る部下の呆れ声と、優しい夫の説明にどうしてわかってくれないの!! とミリーは癇癪を破裂させる。
「私は! 自分のドレスが欲しいのよ!! 私に似合うとっても素敵なものが!! なんでお古なんかもらわなきゃいけないの!?」
「慰謝料の支払いでお金がないからです」
スッパーン! と感情の全ての叫びは即行で返り討ちに合った。部下はいつでも鋭い言葉の刀をお持ちのようだ。
「王太子殿下、並びに王太子妃の年間予算はほぼ全てが慰謝料の支払いに充てられておりますので。王妃殿下も衣装やアクセサリーなど、手放せるものは全て慰謝料に充てよ、と御実家縁の宝石類以外は手放すおつもりだと伺っております。当事者であるおふたりはそれ以上の覚悟をお持ちください、と前にも申し上げましたよね」
長いセリフをカミもせずさらりと宣う部下は、上司に対する尊厳はどこかに捨て去ったようだった。
「そう、それよ!」
「え、どれ?」
「それ!!」
王太子妃は、あれこれそれで生きてらっしゃるお方だ。
「慰謝料とかいうのよ! なんで払わないといけないの!? ちゃんと謝ったじゃない!!」
「ごめんですむならこんなことになってませんよ」
これまたスッパーン! とぶった斬られた王太子妃。
部下の苦労の日々は毎日これ闘いである。
悪役令嬢しか名前ないな、そういや。