表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3話 黒のスクルト

 剣は、両手でぶら下げるようにして握る。

 その重みは、身を引き締めさせる。


 普段、聞こえない音が聞こえる。

 駆けてる最中、足が大地に蹴るたびに、感覚が広がっていく気がした。


 あとは、

「ミネバ、ちからを貸してちょうだい!」


 フクロウの使い魔、ミネバは、少ない言葉で察してくれた。

 彼女は、上空へ、舞い上がる。


 ミネバとあたしは、つながっている。

 あたしの魔力を普段から注いでいるミネバ……


 ちょっと意識を集中すれば、上空から一望できる。


 でも、まぶたを閉じるひまはない。


 足の裏全体で大地をとらえ、つま先でそこをけずるようして、からだ全体を前へと押し出す。


 もっと速く。もっと、もっと速く。

 母さまのティアラが輝く。


 風も力を貸してくれた。


 女の子の魔法が完成する前に、そこへ。


 少し遠く、女の子は杖を……ぶらんとさせていた。

 詠唱も、していない……


 人間の魔法は、長い詠唱が必要なはず。

 彼女は、なにを考えているのかしら?


 ここは、開けた場所だから、女の子との間に障害物はない。真っ直ぐに駆け抜けるには好都合……


 木々の隙間にみえる兵士の影。

 ミネバの目をちょっと借りる。


 枝が邪魔だけど、奥にも、兵士がいるみたいね。


 距離が縮まる。


 風が、音を運んできた。

 ライフルを構えた音だ!


 兵士の持つライフルが、あたしをねらう。

 銃弾は、怖くない。きっと大丈夫。


 母さまのティアラが守ってくれる。

 大気の壁を貫通できないのは、もう、証明ずみ。


 上空を旋回しているミネバが教えてくれる。


 あたしの後ろから、トゥーレさん。

 あと、それと、ラーシュ……


 あの人、武器も持たないで……バカ……


 あたしをねらうライフル。もし、外れた弾が後ろへ流れたら……


 両手で握る剣の地面に触れている切っ先が、あたしの駆け抜ける奇跡を描く。


 進行方向に合わせて、ライフルのねらいが一斉に動いた。

 思ったより、撃ってくるのが遅い。


「ファイヤーボール」

 女の子の魔法、こっちは、あたしの想像を超えている。炎が燃えさかる火の玉が飛んでくる。


 それが、あたしのすぐそばではじけた。


 熱風と衝撃波。

 母さまのティアラが大気を固めて防いでくれた。


 それでも、頬に熱を感じる。

 彼女の魔法はかなりの威力。


 その熱量は凄まじい!


 燃え盛る暖炉の中に、放り投げられたみたいに、熱い。


 それにしても!

 詠唱もしないで、わざわざ魔法名だけ知らせてくるなんて!


 唇をキュッと結ぶ。


 止まるな!

 もっと、勢いをませ!


 足をあげ、大地を強く、強く、蹴る!


 女の子がご丁寧に魔法名を叫んでくる!

「ファイヤーボール!」


 火炎球が、すぐそばではじける。

 きぅも、それは、女の子の狙いどおり。


 灼熱地獄が、あたしを襲う。

 そして、視界がふさがった。


 ミネバの視点をもってしても、肝心な場所が覆い隠されている。


 発砲音を立て続けに響く。


「ちっ!」

 舌打ちなんて初めてした。


 銃弾は、大気の壁を、いともたやすく抜けたのだ。


 弾道が見えたわけでない。

 でも、あたしの肩には、銃弾に貫かれた感覚がある。


 その感覚は無視だ。


 トゥーレさんは「人間も進歩する」と言った。

 まったく、もって、野蛮な人たち……


 そして、あたしは、なんて無知なの!!


 なにも知らない!


 だから、前へ!


 熱の壁、舞い上がる土煙を抜ける。


 疾走、疾駆、あたしは、一陣の風となる。


 もう、熱くない!

 銃弾を防ぐ壁もない!


 だから何だ!


 魔法使い、女の子さえ。

 彼女さえ、何とかすれば、きっと……


 ライフルの次弾は、こなかった。


 目の前には、魔法使いの女の子。


「あらっ、エルフは、もう少し、温厚なイメージよ」

 彼女は、意地悪な笑みを浮かべている。


 あたしの剣先は、彼女に触れる寸前で止めているというのにだ……


「それは、ごめんなさい」

「あらやだ、そんなに、怖い顔をしちゃって、手加減をしてあげたのよ」


 この期に及んで、まだ、彼女は、強がりをいう。

 あたしが、ちょっと、その気になれば、剣先に喉元を貫かれるというのにだ!!


 あたしの剣先は、彼女の喉元寸前で止めていた。

 いや、それ以上は、進まないと、まるで知っていたかのよう。


 魔法使いの女の子は、平然としている。

 とんがり帽子の長いつばに隠れていた表情もよく見える。


 喉元にある剣先のせいか、あごを前に突き出し、すごく偉そう。

 目を細め、意地悪そうな顔をしていても、全体的には幼い印象を受ける。


 いたずらの加減を知らない子供みたい……

 だからこそ、どこまでも残酷になれるような……


 あたしの握る剣の先がゆれた。


「もう、そんなに怖がらないで」

 女の子は、あたしの剣先を指でつまむ。


 剣のゆれがおさまる。


「あなたのことは、魔王さまから聞かされてるわ」

「魔王?」


「ほんとっ、無知は罪よ! この世界、最高の魔法使い、スヴァルトさまを知らないなんて!」


「それは、人間なの?」


「ええ、そうよ。あなたたちが、見下してきた人間」


「見下してなんかない! あたしたちは、あなたたちを理解しようとして言葉だって」


 そうよ、あたしたちは、人間の言葉を、ずっと前から使ってるのよ! それを、見下してだなんて!


「あなた、ほほに血がついてるわよ」

 いったん剣を収めようと引くも……微動だにしない!


「剣なら、持っててあげるわ。不恰好な剣ね。あなたに、似合わなくてよ。最後のエルフ、いいえ、最後の姫君、ソフィアさま」


 いけない!

 ミネバの視野を通して、トゥーレさんとラーシュが近いのが分かった。


 フクロウの使い魔、ミネバの声を借りる。

 彼女は急降下して、彼らに「来るな!」と伝えた。ラーシュは、それでも来そう……もうっ! あなたの相手なんか!!


「あなたには手を出すなって言われてるから引いてあげるわ」


 なにそれ……


「エルフは人間世界には無関心でしょ? お人好しの偽善者だからけが人が完治するまでは、待ってあげるわ」

「どういう意味?」

「魔王さまは、こんな森には興味ないの。学ぶべき知識もない」

「バカにしないで!」

 自らの魔力が高まるのを感じる。「強者の誓い」という言葉が頭の中に響く。


 今の強者は、彼女よ!


「にらまないでよ! エルフご自慢の美しい容姿が台無しよ」

 魔法使いの女の子は、ゆっくりと剣を離した。


 直ぐにでも斬りかからないといけない。なのに、そうしない。いや、できなかった……


「そうそう、あたしの名前を教えてあげる。世界一の魔法使い、そして魔王と呼ばれるのにふさわしいスヴァルトさまの弟子、スクルト、そうね、黒のスクルトといえば、大抵の人は震えるわ」

「黒のスクルト……ククルース神話の……」

「あら、さすが、エルフの姫君、博識じゃない。失われた原典にしか登場しない名前だそうよ」


 なんで?

 原典は、エルフしか知らないのに!!


「王子さまが駆けてくるわ。でも、今は、見逃してあげる。スヴァルトさまたらっ面白いことを思いついたみたいよ」


 魔法使い女の子、スクルトが杖をかざす。あふれでる彼女の魔力に、長い黒髪が踊るように流された。


「ソフィア! 大丈夫か!」

 ラーシュの声。彼は、強いのかもしれないけど、素手じゃどうしようもないじゃない。


 彼は、後ろから、あたしの両肩に手をかけた。


 呼び捨てに馴れ馴れしい態度。

 そして、痛い!


 ライフルで撃たれた肩に激痛がはしる。

 心が落ち着くと忘れてた痛覚が仕事をはじめた。


 スクルトがかざした杖で宙に円を描くと、どこからか吹いてきてつむじ風が彼女たちを消し去った。


 あたしが、ラーシュたちを助ける時に使った魔法、それと、ほぼ同じ魔法を、彼女は杖を回すだけで、詠唱もなく、やってのけた。


「皆のケガが治る頃、また来るわ」

 スクルトの声が最後に響いた。


「ソフィアさま!!」

 ミネバが飛んできた。彼女の心配が伝わってくる。さっきまでの、ミネバとの超感覚は、時間が経つにつれ薄くなっても、彼女とはいつも通じあっている。そう、いつも思う。


 ラーシュが、自らの服の袖を破った。


「え! なになに!!」

 ついに、ラーシュがご乱心だ!

 トゥーレさん、なんとかして!!


「バカなことをするな!」

 ラーシュが、また、あたしのことをバカって言った!


 口げんかをする元気はないので、言い返したいことば、ほほの中にためて我慢する。


 彼は、破った布を、あたしの肩に巻いた。

 それが、彼なりの手当てらしい。


「君はバカだ。自分を盾にして戦うような真似はするな」

「なによ! あたしだって……」


 今は、ケンカするのはよそう。そう、思ってしまう。


 ラーシュたら、そんな、顔をしないで……


「心配かけて、ごめんなさい」

 あなたが、そんな顔をするから、思わず謝罪をしてしまう。


 あたしって、もしかしたら、本当にバカかもしれない。

 そう思える今が、なんだか、嬉しい。

黒のスクルトは、このイメージで書いてます。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ